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「気分はどうですか、妹尾恭子さん」




 取調室という場所に初めて入った。ドラマでよく見るような、机とパイプ椅子だけの殺風景な部屋。御神さんと私、机を挟んだ向かい側に妹尾恭子が座っている。


 瘦せこけた不健康そうな顔。手入れされていないバサバサの髪。無表情で机を見つめる彼女は、あの日捕まってからいまだ一言も発していないと聞いている。




「色々と聞かれたでしょうが、改めて確認させて下さい。喋りたくなければ黙秘権があるので黙っていても構いませんが、出来るなら協力して頂けるとありがたいです」




 無言の妹尾に対して、御神さんは話しかける。




「まずあなたは、次沢兼人、内原直樹、畑山怜美、梅崎栄治、以上四名を殺害。この点は間違いありませんか?」




 妹尾はこくりと頷いた。彼女は実行犯である事をあっさりと認めた。




「ありがとうございます。ただ、今回のあなたの殺人行為についてそのまま世間に発表するわけにはいきません。あなたの殺害方法はこの国では、いやこの世界ではあり得てはならない非科学的な手段です。しかし、だからと言ってあなたが無実になる事はない。殺人は殺人です。表向きはこちらが創った世間が納得するストーリーにした上で裁かれる事になります。四人も殺害しているとなれば、それなりの処罰を受ける事は覚悟しておいて下さい」




 妹尾は何の反応も見せない。全てを受け入れているのか、もしくは全てを成し遂げた後の事など、どうでもいいという事なのだろうか。




「だから正直言って、これから私達がする事は蛇足かもしれません。あなたの罪は確定している。罰も下る。しかしそちらの勝ち逃げで終わるような結末は、個人的に納得がいかないのでね」




 今から御神さんが何を話すのかは私も知らない。ついて来ればいい、ただそれだけを言われここに同席している。




「まず、あなたが四人を殺害するきっかけについてです。あなたの部屋からこんなものが見つかっています」




 そう言って御神さんは机の上に何枚かの便箋を置いた。そしてその中から紙を取り出し、それを広げて妹尾の前に置いていく。




『せのお先生へ』




 拙く幼い字で書かれた数枚の手紙。そして手紙の差出人には全て同じ名前が書かれていた。




『たけいちまさひこ』




「手首は彼から送られてきたんですね。手紙と一緒に」




 彼女はまたこくり頷いた。


 手紙の内容は自分が武市昌彦である事。ずっと魂は解放されず、未だにこの世に留まっている事。そしてそれは自分をイジメた四人にあるという事。だから僕の”お願い”を聞いて欲しい。四人を殺して欲しいというものだ。


 手紙は数枚あった。最初の一枚の後は、一人一人の今現在の生活や暮らしや行動パターンなどが書かれていた。つまり殺すタイミングを示唆するような内容になっている。




 もちろんこんな手紙はあり得ない。


 確かに武市君の手首は死して尚人を殺す力を宿していた。だが、間違いなく武市君本人は死んでいるのだ。そんな彼が手紙を書いて妹尾恭子に送るなんて芸当は不可能だ。つまりこの手紙は、武市君の名前を騙った何者かが書いている事になる。その事を妹尾恭子は認識出来ていたのだろうか。




「あなたはまだ何も話していないですね。自分の口で。でも全てを認めている。抵抗もしていない。なら、そろそろ話してくれてもいいんじゃないですか?」




 妹尾は机をじっと見つめたままだ。一体何を考えているのか、彼女がどんな気持ちで四人を殺害したのか、全く私には見えてこない。




「……た」




 しばらくの間。一瞬それが彼女の声かどうか定かではなかった。蚊の鳴くような声というが、それよりもか細い空気のような声。




「……ました」




 でもそれは確かに、初めて聞いた彼女の声だった。掠れた、声の出し方も忘れてしまったような不器用なものだったが、間違いなく妹尾恭子の声だった。




「分かって、いました」




 私達は語り始めた彼女の声に耳を傾けた。




「彼が死んだ事ぐらい、もちろん分かっていました。質の悪いイタズラ、だとも思いました。生きていて、手紙を書く。そんな事、あり得ない。でも、書かれていた内容はどこまでも武市君でしかあり得ないものでした。何度も泣きました。最後まで読み切る事が出来ず、呼吸も出来なくなるほど苦しくなりながら、手紙に向き合いました。彼を死なせてしまった事は、教師人生で最も後悔している事です。耐えきれず新潟を離れ、違う土地で教師を再開しました。でも、もう私には昔ほどの情熱はなかった。生徒達に向き合うだけの精神は、もう私の中には残っていなかった。でも、それでも教師でい続けたのは、罪滅ぼしのような気持ちだったのかもしれません。私に出来る事はこの仕事しかない。私が教職を捨てたら、まるで武市君のせいで教師を続けられなくなった。死んだ彼にそんなふうに思われるかもしれない。そんな気持ちだったと思います。そんな私のもとに彼からの手紙が届いた。そしてもう一つ。手首の入った包みと共に」




 話始めれば、彼女の言葉は淀みなかった。教師という職業柄、人前で理路整然と話す事には慣れているのだろう。




「すぐに全てが結びつきました。彼が猪下小で首を吊り死んだ時、手首がなくなっていた事は私も耳にしていました。これは彼の手だと。手紙にはこの手があれば自分の願いを叶えられると書いていました。おそるおそる私は蟻を使って手の力を試しました。さっきまで活発だった蟻の動きが、彼の手に触れた瞬間に動きを止めました。何度も試しましたが、結果は同じ。手は本物でした。そして私は、彼の願いを叶えるべく動き始めました」




 そして彼女は次沢達を殺してまわった。




「誰も私を見てすぐに私だとは気付かなかった。年月のせいもあるでしょうが、それも許せなかった。私はずっとあいつらの事を忘れた事などなかった。私も未熟だったかもしれない。でも、あいつらが武市君を追い込んだせいで、全てがおかしくなってしまった」


「それが、動機ですか?」


「そうです」




 彼女の証言からすれば、これは償いと復讐になるのか。


 武市君を追いつめたクラスメイトへの復讐。教師である自分が武市君を守り切れなかった償い、といった所だろうか。動機と行動に矛盾はないように思える。




「なるほど。でも、この手紙の主が武市君ではない事を、あなたも分かってはいたんですよね?」


「はい。彼の手首が本物だと分かった瞬間は、本当に彼かもしれないとも思いました。でもさすがにそれは考えにくい。もし仮に彼が生きているにしても死んでいるにしてもそんな事が出来るなら、私にわざわざこんな回りくどい事を頼む理由が分かりません。自分で復讐も実行できるはずです」


「確かにそうかもしれません。なら、それも分かった上であなたは犯行に及んだ」


「そうです」


「それは、どうしてですか?」


「……気にならなかった、と言えば嘘になります。誰がこんな事をしているのか。調べれば分かったかもしれません。これだけ詳しく当時の事を知っている人間で、なおかつあいつらを殺せだなんて事を武市君の願いだとして書ける人間なんて相当に限られている」


「でも、そこまでは追わなかった」


「別に必要のない事だと思いました。そこまで知った上で私に当時の復讐を依頼する。その気持ちは少なからず私の気持ちと共鳴する部分がありました。彼らを憎んでいたのは私だって同じでしたから」




 彼女は追求しなかった。だがこれは私達にとっては見過ごすことのない出来ない点だ。


 実行犯である妹尾恭子。そして彼女を犯行へと導いた実質的には主犯格の人物。この二人によって今回の事件は引き起こされている。


 じゃあ、その主犯格は誰か。




「追求はしなかった、と言いましたが。あなたも気付いてはいるでしょう。それが誰なのかを」




 彼女は否定も肯定もせず、何も言わなかった。でも、そんな事をする人物は一人しか考えられない。






“先生。悪かったな。もうこれで終わりだからよ”




“あなたが憎んだ人間は、これで全て、この世から消え去る”




「梅崎栄治。いや、三原栄治と言った方が正しいですね」




 私達に今回の事件を依頼し、そして最後の犠牲者となった梅崎先輩。彼こそ、この事件の始まりだったのだ。

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