最終章 氷解

1

「同じだ」




 私達は久しぶりに白鞘さんのもとに訪れていた。初めてここに来た時、私は耐えきれずこの場から逃げた。でも今日は違う。私はしっかりと、目の前に横たわる死体と向き合っていた。




「まさかマジで死人の手だとはな」




 眠ったように横たわる梅崎先輩の姿。だが白くなった肌が、彼がもう死人である事を証明していた。




 あの日、梅崎先輩は妹尾恭子によって殺された。あの手に触れられた瞬間、梅崎先輩はその場でまるで石にされたかのように固まり動かなくなった。


 妹尾は一切抵抗しなかった。何も言わず静かに連行され、今は刑務所の中に入れられている。




 梅崎先輩の死因は筋肉硬直による窒息死。そして首元に残された指紋は、これまで死んだ三人のものと一致した。


 白鞘さんはモルモットでの実験も試みた。活発に動いていたモルモットが触れられた瞬間微動だにしなくなり、絶命したという。




「おい、これどうんすんだよ」




 白鞘さんは心底嫌そうな目で武市君の手首を見た。


 間近で見ると一見精巧な作り物のようだ。全く温度のない真っ白な手首。これがもともと生きていた人間の手首だとは思えないほど恐ろしい程に神秘的だった。




 今の今まで仮説に過ぎなかった。目の前で梅崎先輩が死んだ時すら、まだ私は信じきれなかった。だが、死人の手は証明された。


 触れた者を氷漬けにする。まるで氷鬼に捕まった人間のように。かつて氷鬼によるイジメを受けていた武市君の怨念を感じるようだった。死んだ人間達は全て武市君に関わっている。何度か行き着いた答えの一つ。全ては武市君の復讐だったのか。


 だが、武市君は死んでいる。人を殺す力を持っていても彼が殺したわけじゃない。実際に行動していたのは妹尾恭子だった。彼女は何故今回の事件を起こしたのか。




“先生。悪かったな。もうこれで終わりだからよ”




 梅崎先輩の言葉も気になるものばかりだった。一方的ではあったが、彼と妹尾が教え子と教師という関係性だけではなく、今回の事件においても何らかの繋がりがあった事は間違いない。




“オチを教えないなんて意地悪はしねえよ”




「……嘘つき」




 全てを教えると言った梅崎先輩は死んでしまった。残ったのは妹尾だけだ。しかしその妹尾は一切の口を開いていない。




 私達のしてきた事はなんだったのか。


 おそらくもう死者は出ない。梅崎先輩の言葉通り、おそらく彼で最後だった。だが、全ては迷宮入りしてしまった。何とも言えないやるせなさにここ数日ずっと苛まれ、何もやり遂げていないのに燃え尽き症候群のような無力感に身体も心も支配されていた。




「元気ないね、ゆとり君」


「元気出るわけないじゃないっすか……」




 それなのに、御神さんは腹が立つ程いつも通りだった。




「納得いかないかい?」


「当たり前ですよ。結局、誰も救えなかった。真相も闇の中。私達、ほんとに負けたんですね」




 こんな事件早く終わってくれ。そう思い続けていた。初めはめんどくさいから。でも、事件を追うごとに気持ちは変わっていった。真相を突き止めて、犯人を捕まえる。そして事件を終わらせる。そんな気持ちに。




 僕達の負け。御神さんは、おそらく私より早くに負けを覚悟していた。それも悔しかった。毅然と、いつでも冷静に事件に向き合ってきた人間の敗北を認める瞬間。これほど絶望的なものはなかった。




「負けだね。完全にしてやられた」




 御神さんの言葉に悔しさは感じられない。むしろあっさりしたものだ。


 こんなものなのだろうか。多くの事件に遭遇してきた者からすれば、今回の一件程度に固執はしないというのか。


 でも、納得いかない。あれだけ武市君の事件が未解決だった事に憤りを見せた御神さんが、この結末に素直に納得し、あっさり負けを認めるなんて、あまりにも釈然としない。




「でも、真相は決して闇の中なんかじゃないよ」




 ――え?




 私は思わず顔を上げた。


 今、なんて言った?




「いるじゃないか、まだ生きて話せる人間が一人」


「え、それって……」


「行こう。きっと待ってるはずだから。僕達が来る事を」

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