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『おせーよ』




 開口一番そう言われた。いつも通りの不機嫌な声。血液が沸騰するような怒りが一気に込み上げた。




「どういうつもりっすか」




 恫喝するような声を出したつもりだったが、梅崎先輩は乾いた笑いで私の怒りをあしらった。




『潮時だ。こっちに戻ってきてるんだろ?』


「答えてください。どういうつもりですか?」


『質問が漠然としすぎてて何を知りたいかがよく分からんな。そんなんじゃ犯人は落ちねえぞ』


「全てですよ。どうしてこんな事したんですか?」


『話聞いてたか? ちゃんと質問をしろよ、ちゃんと』


「……なんなんすか、その反応」


『あ?』


「何の事だ、とか。何言ってんだお前、とか。いつもみたいに、言ってくださいよ」


『何言ってんだお前』


「そうじゃなくて!」




 ふざけている。ふざけ過ぎだ。


 否定してよ。全部、全部。違うって一言、そう言ってよ。


 先輩の話し方は、まるで……。




「……分かりました。質問を変えます」


『どうぞ』




 言いたくなかった。認めたくなかった。


 どうしてここに繋がるんだ。こんなの、あんまりだ。




「あなたの名前を教えてください」


『はあ? なんだそれ』


「いいから!」


『でけぇ声出すな。鼓膜が壊れる』


「言ってくださいよ」


『梅崎栄治。これでいいか?』


「そうです……でも、もう一つ別の名前がありますよね?」


『……』


「否定、しないんですね」


『……』


「言ってください。あなたは、誰ですか?」


『……ミハラエイジ。俺の旧姓だ』




“おせーよ”




 私が電話して来た時点で、まるでこうなる事を予想していたような反応だった。




「冗談、きついっすわ」




“梅崎栄治。名前が変わっとるようだね、この子”




 猪下南中の事務員からの電話。


 耳を疑った。あまりに聞き馴染みのある名前に何かの間違いかと思った。同姓同名の別人かとも疑った。改めてアルバムの写真を見直した。




 ――ああ、だからか。




 三原英治は確かにそこにいた。初めてアルバムを見た時、誰かに似ているなと思ったその生徒こそ、梅崎先輩の幼少期の写真だったのだ。




“梅崎先輩の学歴は猪下小学校、猪下南中学校――”




 千紗に確認してもらった梅崎先輩の履歴書。


 最後の一人、ミハラエイジ。彼は最初から私のすぐ近くにいたのだ。




『これが冗談だと思うか?』




 梅崎先輩の声音が、低く冷たいものに変わった。聞いた事のない声に背筋が粟立った。




『GPS、助かったよ。ちゃんと言いつけを守ってくれて』




 私達の動向はずっと先輩に監視されていた。もっと疑うべきだった。何が捜査の基本だ。何も知らない私は何も考えずにその言葉に従ってしまった。今更遅いが私はGPSをオフにした。




『妹尾先生の事は心配するな。もうすぐ全てが分かる』


「どういう意味ですか? それってやっぱり妹尾先生が――」


『焦るなよ。俺で最後なんだ』


「最後……?」




 ずっと何を言ってるんだ。梅崎先輩は何をしようとしてるのか。




『安心しろよ。ここまでやってもらって、オチを教えないなんて意地悪はしねえよ』




 そう言って電話は唐突に切れた。そしてすぐに今度はメッセージが届いた。言葉はなく、リンクが一つ貼られているだけだ。開くと地図が表示され、ある地点にピンが立っている。


 場所は、江戸川区? これは確か次沢の死んだ場所の近くじゃないか。これが最後の場所という事か?




「御神さん。三原英治の正体が分かりました」




 私は御神さんに電話の内容を全て伝えた。

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