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「あれは午前の休み時間でした。私は少し早めに教室に来て授業内容の確認をしていました。いつも通り楽しく騒がしい子供達の声に囲まれながら、今日も平和だなんて暢気な事を考えていました。しかし急に隣の教室から女子の悲鳴が聞こえてきたんです。なんだと思って私は慌てて教室へ向かいました。教室に入ると、妹尾せのお先生がうずくまっている姿が見えました」


「妹尾先生というのは?」


「妹尾恭子先生。隣のクラスの当時の担任です。うずくまっている彼女を中心にして、周りを生徒達が取り囲んでいました。全員が何かに怯えるような異様な空気でした。近づいてみると、そこには倒れている神山君と、彼に人工呼吸をしている妹尾先生がいました」


「でも、その時点で神山君は……」


「ええ。まもなくして救急隊員が来て神山君は運ばれていきました。妹尾先生も付き添いで教室を出ていき、残された生徒達はしんと静まり返っていました。こんな状態で授業も出来るわけがなく、生徒達は帰らせる事になりました。その後妹尾先生から連絡が入り、神山君が死んだ事を聞きました」


「神山君は、何故死んでしまったのですか?」




 御神さんが尋ねると、茅ヶ崎教頭が苦々しいものを思い出すように表情が歪んだ。そして何度も首を横に振った。




「今思い出しても納得がいきませんよ。警察の調べで聞かされたのは、彼の死因は窒息死だったと言うんですよ」




 その瞬間私は同じ過ちを犯しかけた。でも今回はなんとか寸での所で声を出さずになんとか堪えた。




“直前まで元気だったのに、急に動かなくなったと。まるで固まったみたいに”




 喜代美さんの言葉を聞いた瞬間、まさかと思った。そしてそれは今、茅ヶ崎教頭の証言によって確たるものへと変わった。


 繋がっている、全て。神山君の死は、おそらく無関係ではない。




「あの結論に納得がいった者は一人もいなかったんではないでしょうか。私も、妹尾先生も。生徒達も。釈然としない思いでしたが、一番可哀そうだったのは彼のご両親です。訳も分からず急に息子を失ってしまって。葬式でのお二人の顔は未だに忘れられませんよ」




 話を聞きながら、私は喜代美さんの事を思い出した。穏やかに私達を迎えてくれた彼女の心境も、おそらくは神山君の両親と似たような状況にあるのだろう。納得のできない死。向けどころのないやるせなさ。そんな気持ちを抱えながら生きていく辛さを想像するだけでも、胸が張り裂けそうになった。




「何があったんですか? その日教室で」


「彼が死ぬ直前、どうやら教室内で少し喧嘩というか、もめ事があったようなんです」


「もめ事?」


「ええ。武市たけいち君という生徒がいまして、彼はどうやら次沢君達によくからかわれていたそうなんです」


「それは、所謂いじめというものですか?」


「どうでしょう。武市君にとってはそうだったのかもしれません。そうだとすれば、そこには我々教師の責任もあるのですが……ともかく、その日武市君が珍しく怒ったそうなんです。からかわれていたにしても、本人はやはり嫌だったのかもしれません。我慢の限界といった所でしょうか。目の前にいた神山君を両手で強く押したそうなんです」


「初めての反抗、という感じでしょうか」


「そんな所ですかね。そしたら急に神山君が苦しみ始めたそうなんです。胸を抑えてその場に倒れ込んでしまい、そして、それっきり動かなくなってしまったと」


「その時点で、窒息状態にあったのでしょう」


「ですが、やっぱりおかしいですよ。今こうして話していても、そんな事があり得るとは思えない。窒息死ですよ? 昨日まで元気だった男の子が突然。彼が何か重い持病を患っていたのならば、そういった事が起き得る可能性はあったかもしれません。ですが、彼は特に健康状態にも問題のない生徒でしたし……」


「なるほど」




 御神さんは顎に手を当て思考のポーズに入った。彼の頭の中では、今一体どんな推理が組み立てられているのだろうか。


 私も考えてみるが、さっぱり分からなかった。茅ヶ崎教頭の言うように、神山君が窒息死に至る状況がまるで理解できなかった。ただ漠然と、今起きている事件と過去に起きた神山君の死の一件が似ているようには感じた。今日聞けた話は意味のあるものだと思う。少しかもしれないが、前進は出来ている気がする。




「参考になりました。本当にありがとうございます」




 御神さんはどうだろう。私の至っていない事に、彼ならもっと気付いている事があるかもしれない。

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