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「うっぷ、もう、動けないでごわす」
「女子が人前でお腹をぽんぽんしないでくれよ、みっともない。針で刺すよ」
「女子に対して針を刺さないでくれでごわす」
「その力士みたいな語尾もやめるんだ。身体中の穴に塩を塗り込むよ」
「発想がことごどく怖ぇ」
腹を満たした私達は、タクシーに乗り次なる目的地である猪下小学校に向かっていた。被害者三人の出身校。ここに何の意味もないと考える方が難しい。この事実から推測出来る事の一つとして、犯人も猪下小に関係しているのではないか、という事だ。
ここでもう一つ絡んでくる要素として、神山という少年の死についてだ。彼の死は今回の事件と関係してくるのか。だとすればどういった理由からなのか。依然として分からない事だらけではあるが、少しずつ事件に迫れているという実感はあった。
だが最大の謎、死人の犯行という点に関してはどう解釈すればいいのか。例え関係性を導きだせたとしても、どうやって三人を殺したのか。方法が先か、犯人が先か。いずれにせよ、出来る事を進めていくしかない。
「なかなか綺麗ですね」
「そうだね」
たどり着いた校舎は存外に綺麗だった。もっと年季を感じさせるような佇まいかと勝手に想像していたのだが、今目の前にある校舎は新入生のような輝きとさわやかさすら感じさせる、溌剌とした白さで彩られたものだった。
校門のインターホンを鳴らし名前と用件を告げると、少々お待ちくださいと若い男性の声が返ってきた。ほどなくして、私達のもとにスーツ姿の男性がこちらへ足早にやってきた。
「お待たせたしました。教頭の茅ヶ崎です。さ、どうぞお入りください」
細身でぬぼーっと高い身長、そして少し黒めの肌と長めの顔を見て、まるでごぼうみたいだなと失礼な感想を心の中で呟いた。もう五十は過ぎているだろうが、なかなかに人懐っこい顔を浮かべながら私達を出迎え、校舎の中へと案内してくれた。授業中のようで子供達の騒ぐ声は少なく、学校内は静かった。
「綺麗な校舎ですね。最近改装でもされたのですか?」
御神さんが尋ねると、茅ヶ崎教頭は嬉しそうに頷いた。
「ええ、ええ、そうなんですよ。もうかなりの年数にはなりますからね。さすがにいろいろとボロも出始めて。かわいそうだなと思いましてね。思い切って綺麗にしてあげませんかと進言しましたら、皆も同じ気持ちだったようでね。おかげさまでこんなに綺麗になりましたよ」
茅ヶ崎教頭はまるで我が子の事のように笑顔で語ってくれた。この人は心底学校が、いや猪下小学校の事が好きなんだろうなと思った。会って僅かな時間ながらも、彼の学校への愛情は十分に感じられた。
「さ、どうぞどうぞ」
茅ヶ崎教頭に通され校長室に入る。客人と向き合うように並べられた重厚な黒いソファー。その奥に威厳に溢れた机がどっしりと鎮座している。自分が小学生だった頃、校長室に訪れた事など数えるほどもなかったが、どこの学校も似たようなものだと懐かしく思いながらソファーに腰掛けた。対面に同じく茅ヶ崎教頭も座る。
「さて、何からお話しましょうか」
おや、と思った。
「校長先生はいらっしゃらないのですか?」
御神さんは私の疑問を口に出した。てっきり校長室に来たのだから、校長から話を聞く事になるのかと思っていた。
「ああ、すみません。今日は別件がありましてね。それに、彼より私の方が今回の事についてはお話出来る事が多いと思いますので、私が対応させて頂きます」
頭を下げながら彼はそう答えた。
「なるほど、分かりました。という事は、茅ヶ崎教頭はこの学校に長くいらっしゃるのですか?」
「トータルで言えば、十年程にはなりますか。担任教師として数年ここにいました。その後いろんな学校を渡り歩いた後に、三年程前に教頭としてまた戻ってきました。古巣に帰ってきたような感覚ですね」
「そうなんですね。では、担任をされていた時期に彼らの事を?」
御神さんがそこまで言うと、茅ヶ崎教頭の顔は沈痛な面持ちへと変わった。
「本当に驚きました。次沢君の事を見た瞬間にまさかと思い確認したら、やはりあの頃の生徒だと思い出し衝撃でしたよ。でも、その後立て続けにこの学校の卒業生が亡くなって……一体どういう事なんだと」
彼らを知るものであれば、すぐにその結びつきに気付くだろう。彼ならば自分なりに何かを調べたりといった行動も起こしているかもしれない。
「当時の彼らについて知っている限りの事を教えて頂きたいんですが」
「まああれから十年以上は経っていますが、それなりに記憶力はいい方なんです。というかご覧の通りそこまで大きくもない片田舎の学校です。一学年につき二クラスほどしかない生徒数の少なさなのでね、他で受け持った学校の生徒達に比べれば、生徒達の印象は残りやすかったですよ」
「では、実際に担任として彼らを受け持った事も?」
「ええ。全員ではないですけどね。次沢君と、畑中さんを小学校高学年の頃に。内原君は受け持った事はないですが、言っても隣のクラスの子ですし、それに次沢君達とも仲が良くて一緒にいる所はよく見ていましたよ」
「そうですか。ところで、神山君という生徒については何か覚えていらっしゃいますか?」
その瞬間、明らかに茅ヶ崎教頭の顔が強張った。先程までの悲痛さとはまた違った表情に見えた。
「長く教職についていますが、学校内であんなふうに生徒が亡くなるといった出来事は後にも先にもないでしょうね……」
「どういった状況だったんですか?」
「私は実際その現場を目撃したわけではありません。私が教室に入った時には、既に彼は死んでいたようでした」
「詳しくお話してもらってもいいですか。その時の事を」
「……どうしてですか? 今回の事に、何か関係しているのですか?」
「分かりません。ですが、無関係だとは言い切れません。あまりにも集中的にこの学校の生徒は死に過ぎています。それに、話に聞けば神山君の死については、少し不可解な点もあります」
「不可解……ですか」
「思い出すのも辛い出来事かとは思います。ただ、正直私達も今必死です。少しでも手がかりになるのであれば、その可能性をこぼしたくないのです。例えそれが、現実とは思えないような、不可思議なものであったとしても」
御神さんが言い終えた瞬間、茅ヶ崎教頭の目が御神さんの方に向いた。まるで、自分の心を見透かされた事に驚いたような表情だった。だがそれも一瞬で、茅ヶ崎教頭は顔を下げ口ごもった。
何があった? 彼は一体何を見た?
彼の反応は私から見ても明らかにおかしい。
「かまいませんよ。当時話せなかった事でも、今なら話せる事もあるでしょう」
御神さんの言葉はまるで自供を促すようなものにも聞こえたが、茅ヶ崎教頭の心にはしっかりとしみ込んだようだ。
「……わかりました」
そして茅ヶ崎教頭は話し始めた。
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