鬼の始まり

 ――懐かしいな。




 一年ぶりに訪れた故郷は、少しばかり建物が変わったりなどの変化はあるが、概ねそのままの形を残している。そんな景色に感慨に耽ったが、決して故郷を懐かしむ為に帰ってきたわけではない。長居もしていられないので、早速目的の場所へと足早に向かった。




 帰省する場所はもうここにはないが、それでもここには毎年必ず帰ってきた。




  ――今年も無事だろうか。




 謂わば安否確認に近い行為だった。


 頭から離れる事などない。自分が咄嗟に思い付いた行動が、まさかここまで自分を縛り付ける事になるとは思っていなかった。


 この世に生きている限り、自分という存在が他人を介して映し出される度、憎悪に似た黒い感情が蠢き身体の中を掻き毟られるような感覚に襲われる。




 誰にも分からない。誰にも理解されない。


 理解されるわけもない。信じるものなど誰もいない。




 もうこの先一生救われることのない思いを抱えて、自分は生きていくのだと思った。いや、生きてなどいない。とっくに自分はもう死んでいるようなものだ。全てを諦めて、今の生き方に没頭するべきではないか。そう思ってきた。




 だが、もしかしたら解放される時が来るのかもしれない。期待と希望。その可能性に思い当たった時、久しぶりに生きている感覚がした。




 目的の場所に辿り着いた。誰も寄り付かない廃屋の中、まるで家に帰ってきたかのようにするりと身体を入りこませる。部屋の隅にかぶされたシートを捲った下にある木箱。箱を開け中身を確認する。




 なくなったらそれまでだとも思ってきた。ここにこれがある事は自分しか知らない。だが、誰かに見つかったり、何らかの自然災害やらで消失する可能性だって十分にあり得る。持ち帰ろうかと考えた時もあった。だが、自分の傍に置いておく事は出来なかった。単純に怖かったからだ。


 大事に思いながら、さっさと消えて欲しいと思っている自分もいる。それは自分にとって想い出と呼べるほどに綺麗なものではない。


 懺悔。憎悪。罪と罰。様々な感情が渦巻く。


 ここにそれがある限り、自分のした事を忘れる事はない。いや、忘れさせてはくれない。




 いつ見ても不思議だ。とてもではないが現実では考えられない存在だ。あの日以来触れもしてこなかったが。毎年ただここにまだあるかどうか、何も変わっていないかどうかを確認しに来ていた。




 だが、今日は違う。箱に手を伸ばす。


手が震えている。触れるのはもう十年以上ぶりだ。




「終わらせよう。全部」




 決めてきた。全てを始め、終わらせると。


 復讐と、懺悔と。


 そして、自分のわがままな証明の為に。

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