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「ところで一つ気になった事があるんですけど」


「なんだい?」


「この事件が超常的なものだったとして、そのカラクリを全て解決したとします」


「うん」


「その時、内原さん達にはなんて伝えるんですか?」




 それはあの偽の名刺を目にした時に思った事だった。


 私達は身分を偽って内原さんに接した。影裏の名を無暗に語れない故、事件解決の為の名目ではあるが、語れない理由は常識を超えているせいだ。ならば事件の結末も同様。そうなった時、そんな話を彼女達が信じてくれるのか。それで遺族が納得するのか。ふとそんな事が気になった。




「そこはもう僕達の仕事じゃない」


「え? どういう事っすか?」


「僕らは真相を追求する。あり得ない方法であり得ない事件を起こした犯人を捕まえる。そこまでだ。それから先の事は、通常の警察の仕事だ。後は彼らがうまく説明してくれる」


「えぇーそういう仕組みなんですかぁ……」


「そもそもこちらは押し付けられてる側だ。僕らがそのまま真実を伝えれば、彼女達は混乱する。押し付けておいて警察としても面子を保てなくなるからなんて平気で言ってくる。面子なんて僕は知った事ではないけど、とにかくそんな所まで僕らは役割を請け負ってはいない。その点は安心してくれていいよ」




 御神さんの声はどこか憎々し気にも聞こえた。今の発言の中には、警察という組織の中で影裏の扱いがぞんざいに扱われている事を匂わせた。




「あの名刺も本当であれば使いたくないよ。これが警察の面子どうこうの為にあると思うと反吐が出るよ。でも、これが被害者を守っているとも思えばようやくそこに意味を見出せる。真実を伝える事が、人を救う事になるとは限らないからね」




 初めて私は御神さんの思いを見た気がした。御神さんの心にあるものは、まさに正義そのものだ。


 正義にも様々な形がある。正義という言葉を聞けば、真っ当で真っ直ぐなものを想像する。でもそれは、振りかざすものによって全く意味が異なる事もある。誰かの振るう正義が、誰かにとっては悪かもしれない。


 御神さんは自分の中に確固たる正義を持っていた。そしてそれを全力で人の為に行使しようとしている。




 果たして自分の中にはそんな正義があるだろうか。


 あの日痴漢を突き出した時の私。あれは正義から来るものだったか。今の私に正義はあるのか。


 ないとは言わない。しかし、人の為に行使するほどの正義かと言われれば甚だ疑問だ。面倒でやる気のない自分が、人の為に何かを行使する。そんな高尚な考えは持てていない。




 私は変わらなければいけない。漠然とだがそう思った。




 ぐう。




「あっ」




 私のお腹がみっともない音を鳴らした。御神さんの硬い表情が柔らかく崩れた。




「食事にしようか。確かに、お腹はすいた」

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