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「で、これからどうするんですか?」
私は優雅にコーヒーを啜る御神さんに問いかけた。理解が追い付かない事の連続で忘れがちだが、改めて見ると御神さんの見映えの良さはそんじょそこらにはないものだ。ただコーヒーを飲んでいるだけの姿がここまで映える人間もそういない。思わずその姿に見惚れていたが、
「ゆとり君ってちゃんと脳みそを使おうって意思はあるかい?」
と割と強烈な毒舌を吐かれてこんな奴に見惚れてしまった自分を恥じた。
出勤場所が怪しい地下施設になってからまだ一週間も経っていないが、事件解決への進展はない。常識が通用しないのだから仕方がないし、こんなもの解けるわけがないという考えが、自分の中で大きな割合を占めていた。
“次沢兼人を殺害した人物を捕まえるのは、不可能かもしれない”
白鞘さんの検死結果の説明に立ち会えなかった私は、後に御神さんから全てを聞かされた。正直、聞いた瞬間は言葉も出なかった。頭がおかしいんじゃないかとさえ思った。
だが大真面目に説明する御神さんの様子に、決してこれは冗談でも何でもなく、どれだけ不思議で異常で訳の分からかない事だとしても、実際に現実に起きている事だという事実は、少なくとも認識せざるをえなかった。
“彼を殺した人物は、既に死んでいる”
*
「はぁ?」
ようやく出たのはあまりにも間抜けな声だった。
「ゆとり君、君目上に向かってその反応はいかがなものかと思うよ」
「いやちょっと、マジで何言ってんのかわかんないっす」
やれやれといった様子で御神さんはため息をついた。
「日本語ぐらいは分かると思ってたんだけどね。まさか君がここまでチンパンとは」
「ちょっと御神さん、最近辛辣すぎません?」
「ん? あ、僕今口に出して喋ってた?」
「もういいっす……」
彼を殺した人物は既に死んでいる。御神さんがそう口にした時、じゃあもう事件解決だから今日で影裏の仕事はおさらば。と、なるかと思ったがもちろんそんなに簡単なものではなかった。
『死人の犯行』
白鞘さんが検死の際にそう口にしたそうだ。
次沢兼人の死体には決定的な証拠が残っていた。しかしそれがイコール犯人逮捕という点では絶望的なものとなる。そのなぞなぞの答えがこれだ。
決定的な証拠とは指紋だ。しかし彼のうなじあたりに残っていたその指紋には生きているものの温度がまるでなかった。氷のように冷え切った指先。残されていた唯一の痕跡が示したものは、次沢兼人に触れた人物は死人だという事だ。
「詰んでるじゃないっすか。相手が死人なんてどう太刀打ちするってんですかい」
「なんだいその口調は。ツッコむの馬鹿らしくなるね」
「いちいちひどすぎるわ」
「死人だろうがなんだろうが、そいつは人を殺してる可能性がある。だから警察は諦めずに僕らを頼るんだ。本当にお手上げなら、もうとっくにこの事件は闇の中に沈められている」
「つまり無理難題を押し付けられるド級のブラック部署って事っすね」
「言っただろ。掃除屋だって」
恐ろしい場所に来てしまった。扱う事件ももちろん、それを解決してきた先代含めた影裏も。
「痕跡があるならヒントも必ずあるさ。意外にこの事件、起きている事は奇妙奇天烈だけど、そもそもの根底は至極単純なもののかもしれない」
ジリリリリリリリリ。
その時、部屋に唐突に古い電話機のような音が鳴り響いた。
「もしもし」
御神さんはポケットからガラケーを取りだした。
「……分かりました」
それだけ言うと、すっと携帯を切った。
「行くよ、ゆとり君」
「へ? どこへ?」
「白鞘さんの所だ」
「え、それって……」
御神さんは無言で頷いた。
「これで三人目だ」
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