第12話 婚約者との仲が深まりました
「クロード、お話ししておかなければならないことがあるのです。」
私は意を決し、手のひらをギュッと握り込むとクロードの瞳を見つめた。
馬車の外の景色は緩やかに移ろい、夕日が差し込んでいた。
クロードは、私の真剣な様子に一瞬目を見張ったが、何かを察したのだろう。
真摯な眼差しで私を見つめ返して言った。
「ああ、何でも話してほしい。どんなことでも受け止めてみせるから。」
私は、一連の出来事を全て語った。
階段を踏み外した衝撃で前世の記憶が戻ったこと、前世は理亜という名前で理亜が持っていた記憶のこと、アメリアの記憶はちゃんと残っていること・・・
すぐには受け入れられない話だろう。
転生ものの小説を読んで、僅かながら耐性があった私でも目を疑う出来事だったのだから。
私は一息つくと、クロードの様子を伺った。
クロードは一言も発さず、難しい顔をしてずっと俯いたままである。
まあ、当然の反応だ。
「あの、クロード?きっと簡単には信じてもらえないと思うのです。」
「いや、もちろん信じるさ。アメリアが嘘をつくとは思っていない。まあ、にわかには信じがたい話ではあるが、そういうこともあるのだろう。」
え?
そんな簡単に私の話を信じてくれるの?
クロードが信じてくれる。
それだけでたくさんの味方を得たような、大きな安心感に包まれた。
前世の記憶を一人で抱えていることに、思っていた以上に寂しさと不安を感じていたらしい。
理解者が側に居てくれることが泣きそうな位嬉しく思えた。
でも私にはまだ心配事が残っている。
勇気を振り絞って訊いてみた。
「私のこと、気持ち悪くないですか?それに、今の私は理亜の意識が強いみたいで。こんなのアメリアじゃないって嫌いになりませんか?」
それがずっと心に重くのしかかっていたのだ。
理亜の記憶が戻ったアメリアを、クロードは今までと同じように愛してくれるのだろうか。
「嫌いになどなるはずがないだろう。前世の記憶が戻ろうと、アメリアはアメリアだ。理亜の記憶ごと愛すよ。」
私の杞憂だったようで、当然のことのように受け入れられてしまった。
嬉しさと安堵で、涙が溢れてくる。
「僕の方こそ心配だ。前世の理亜の世界は、ここより栄えているようだし、理亜は知識も経験も豊富みたいだ。僕のようなつまらない男は、すぐ飽きられて捨てられてしまいそうだ。」
「そんなわけないよ!クロードはめっちゃカッコいいもん!」
言ってしまってからハッとする。
否定の思いが強すぎて、つい思いっきり理亜の言葉で喋ってしまった。
「いえ、クロードは素敵な人なので・・・」
赤くなりながら、慌てて誤魔化すように言い直そうとしたが、大笑いにかき消されてしまった。
「あははははははは!!」
クロードがお腹を抱えて笑っている。
こんな彼は見たことがない。
ポカンとしている私に、クロードはなおも笑いながら、
「なるほどな。最近口数が減ったのはその口調を隠す為だったんだな。僕は気にしないよ。むしろ砕けた話し方の君は可愛い。」
可愛いって・・・
ますますアメリアは赤くなった。
「これからは何でも話してほしい。嫌われたのではなくて良かった。」
「じゃあ何でも話します。クロードがイケメン過ぎて近寄れなかっただけで、今、もっとクロードのことが大好きになりました。」
私だけ照れていることが悔しくなり、少しヤケになりながら言うと、クロードも顔を赤く染め、私をそっと抱き寄せた。
「アメリア、『めっちゃ』ってどういう意味?」
「えっと、とてもという意味で・・・」
おでこにキスをされる。
「じゃあ、『いけめん』は?」
今度は頬にキスをされた。
「えっと、顔が整っていて・・・って、もう無理!!こんなの恥ずかしい!!」
思わず手のひらで顔を隠した。
アメリアの叫び声と、クロードの楽しそうな笑い声が馬車に響き渡り、御者は今日も平和だと微笑んだ。
結局、周りを混乱させない為に私の口調は変えないことに決めた。
でも秘密を共有しているからか、クロードとの仲は更に深まった気がする。
二人きりになると、クロードが私に砕けた口調を求めて、甘い空気を出してくるのが困る
だなんて、我ながら幸せな悩みだと思う。
婚約破棄されてしまう可哀想な悪役令嬢の私は、劇の中にしか存在しない。
私は幸せだった。
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