第5話 伊勢海老のエイリアン、撃退

 彗星は、例の京大の問題を凄い勢いで解いていく。

 火円には到底理解できないような、数式を駆使して解いているようだ。

 その火円の前に、問題が現れた。

「英文を訳せ・『What could be better?』

 灘高校より出題

 A・調子が悪い  B・最高  C・ベストを尽くしたい D・頑張れ」

 火円は頭を抱え込んだ。

 灘高校、下手な大学よりも難しい問題を出すことで有名な高校だ。

 あまりの難関っぷりに、灘に入学したはいいが、その後勉強についていけず、社会からもドロップアウトしてしまう子供もいるという。

「B・最高、に決まってるでしょ?」

 隣の心美がそう言った。

「分かるのか!?」

「直訳してみなよ。『これ以上に、いい状態になるのか?』って意味、つまり『最高』ってことよ!」

 心美の性格の悪さは有名だが、駄目なヤツと思ったことは一度もない。

「よし」

 火円は『B・最高』に〇をつけた。

「グレイト!」

 問題が炸裂し、赤い矢となって“伊勢海老のエイリアン”に当たる。

 ダメージはほとんど無いようだが、当たった瞬間は微妙に前進が止むようだ。

「やったな」

「この程度もできないで、リーダーヅラしないでよね~なあーにがファイアーよ、笑わせないでよね」

「リーダーヅラしてないし、そのヘンなあだ名はお前がつけたんだろ?」

 スレンダーな肢体で、一見すると清純派の美少女に映る顔立ち。

 そして頭もいいのだ。

(これで、イジメ癖が無ければな)

 火円は内心でそう考える。

 しかし、“伊勢海老のエイリアン”は尚も海をざんぶざんぶと泳いで進行してくる。

 “伊勢海老のエイリアン”は、周囲の海のオーラをかき集めているようだ。

「奴から途方もない『心学力』を感じます! そもそも、学問を究めれば、良い人格や心を持つようになる、という信念から心学魔法は生まれているのです! みんな、純粋な心を持って挑んでください!」

 彗星の言葉には一点の迷いもない。

「そう言うあんたは、京大の問題は解けてるの? 私なんか、もう英語を五問も正解してるんだけドオ? 足手まといだったら、帰ったらドオなの? オバハンの代わりなんか、いくらでもいるんだからサア?」

 心美は斜め上から見下ろすように言う。

 何処までいっても、“良い人格”とは程遠い心美である。

「こいつ・・・スプーン曲げのマジシャンから生まれたんかっちゅうレベルでねじ曲がっとるな」

 ナダリアは嘆息していた。

「ええ、今解けました。なかなか歯ごたえがありましたね」

 彗星は額に汗を浮かべながら、『解答』のボタンを押した。

 火円たちには、何を書いているのかさえ分からないような証明が一気に、白く集約されていき、それは今まで見た中で一番大きい矢となって、“伊勢海老のエイリアン”を突き刺した。

「コアアアアアア!!」

“伊勢海老のエイリアン”は、かすれ声の悲鳴を上げていた。

「やったか!?」

 波瑠は快哉を上げていた。

「やから、フラグ立てるなって! ほら見てみい、ほぼ無傷やんけ!」

「波瑠ってそーいうトコあるよねえ」

「ええ? なんで私がバッシング受けるの?」

 火円は、

「波瑠ちゃん、あれは有名なエイリアンで、過去に何度も軍人さんらと戦ってるんだよ」

 う、火円からまで呆れられている。

「けれど、かなりダメージがいってますよ! 彗星さん、このまま押しきりましょう」

 火円は相変わらず熱血漢だ。

 けれど、火円がいうと自然にみんな「そっち方向」に進むだけの力があるのだ。

「火つけ役」を常にやってくれるのが火円だ。文化祭に体育祭にと、「みんなどうでもいいと言いながら、内心は本気でやりたいこと」に次々に火をつけて回ってくれるので、おかげで火円と九年間同じクラスの波瑠は、体育祭の時毎回表彰台に登っている。

 ファイアーのあだ名は伊達じゃない。

「火円くん、やはり君をここに残して良かった。実は君の心学偏差値は、この中では最も低いものだけど、キミにはリーダーとなる資質があると踏んだので残しました。しかし・・・」

 彗星は、静かに“伊勢海老のエイリアン”を指さした。

「時として、引くことも覚えねばなりません」

“伊勢海老のエイリアン”は、わずかに体から紫色の体液を流しながらも、やはりざんぶざんぶと海を泳いでくるようだった。

「クソっ・・・?」

「“伊勢海老のエイリアン”は、今までに推定2000平方キロメートルを消滅させてきている、超大型エイリアン・・・神奈川県くらいの面積をヤツ一匹で消滅させてきているのです。今の我々の偏差値では、討伐は不可能」

「じゃあ、どうするのよ!?」

 心美が怒鳴っていた。

「あんたの言う通り、問題を解いて、魔法で攻撃しても何にもならないじゃない!」

「けれど、被害を少なくすることはできています」

 彗星は、後ろを見やった。

 リュケイオンのある都市、神木涯町の所々で、爆発と火災が発生しており、消防車が走り回っている。

「キミたちが、問題を弾き返したおかげで、あの程度の被害で済んでいます」

 そうだ。

 あの青い問題は、それぞれが巨大な爆弾に等しいのだった。

 十年前、海に突如現れたエイリアン。

 奴らからの高難易度の問題のせいで、この世界は崩壊していったのだ。

 空から降ってくる、

『円周率が絶対に3.14以上になることを証明せよ』

『大陸棚とは、何メートルのことか』

『四面楚歌で、歌を歌っていたのは何処の国の人間か?』

などの問題に、手も足も出ずに次々に世界は爆破されていったのだ。

 彗星は、

「さあ、キミたちは十分にやりました! しかし、ここからの問題は、今のキミたちの偏差値では不可能! もう、逃げなさい! 今は、遠征部隊の方に大勢行ってしまっているので、軍には余力がない! ここは私が引き受けます!」

彗星の言う通り、“伊勢海老のエイリアン”から飛ばされてくる問題は、どんどん高難易度になっていっているようだ。

 今の火円たちでは、解くのは無理そうだ。

「火円くん、逃げようよ!」

 波瑠はそう言った。

「・・・そうだよ、ファイアー、もうあたしら十分にやったじゃん」

「あんな難問、到底無理やぞ!」

 火円は、後ろの光景を見つめていた。

「俺たちが、逃した問題が爆発するんだよな?」

 飛んでくる問題には『出題・開成高校より』と書かれている。

 実際、不可能だろう。

「じゃあ、みんなは先に行ってろ」

 火円は問題に取り掛かった。

「ちょ、火円くん!?」

 波瑠は驚いていた。

 火円はもちろん、なんでも率先してやるタイプだが、こういうムチャをやることは無かったはずだから。

「正気!? 開成の数学の問題よ!?」

 心美も驚いている。


『9998分の1の、小数点99位を求めよ・制限時間十分』


 火円は、少し苦笑していた。

 一体、こんなのを解かせて何の役に立つというんだろうか?

 そもそも、エイリアン云々という以前に、昔の学校の問題を作っていた人たちは、何を考えていたんだろうか?

「火円くん! それは、今のキミでは到底不可能です! 間違えれば、ダメージを負うのはキミなのよ!? パスしなさい!」

 彗星は自分の所まで来た問題を必死で解きながら叫んでいる。

「その問題をミスってダメージを受ければ、死んでしまいます!」

「・・・別に構わない」

「火円くん! キミにリーダーの資質があると思ったのは間違いでしたか!?」

 彗星も驚きを隠せない。

「彗星さんが何に失望しようが勝手です。俺はこの問題を解きたいんだ」

 火円も、馬鹿な意地を張っているのは分かっていた。

 それでも、どうしてもこの問題からは逃げれないのだ。

 ここで引いたら、何のためにリュケイオンを目指したのか。

 こんなもん、とりあえず割り算していけばいいだけだ。

 もちろん、本当の解法は他にもあるんだろう。

 けど、まるで思いつかない。

 ともかく、割り算して出した答えを書く。

 よし、7だ。

 ペンで書き込み、『解答』を押す。

 周囲が、真っ赤に光る。

「ブブー!」

 低い音が鳴る。

 ハズレだ。

 失敗したのだ。

“伊勢海老のエイリアン”は無表情だが、残酷に笑っているようにも感じる。

 赤い光が、火円の周囲を包んでくる。

 これから、罰を受けるようだ。

「火円くん!」

「ファイアー、このバカっ!」

 はは、俺はやっちまったみたいだ。

 彗星が駆け寄ってくるけど、どう考えても無事で済むはずがない。

 けれど、何処か満足だ。

 実は、俺は死にたかったのかもしれない。

 彗星が、何か懐から取り出しながら駆け寄ってきて・・・

 そして、火円は体中の骨がばらばらに砕けるような衝撃を受けて、意識を失った。

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