第3話 ”伊勢海老のエイリアン”の襲来 その二

「エイリアンや! みんな隠れろっ!」

 大きな関西弁の声があった。

 色黒で長髪で、野球バットを持っている男の子が、おびえる生徒たちをなんとかまとめようとしている。いや、色黒じゃなくて黒人系なんだ。今だとアフリカ系というらしい。

 そこから、

「でっかいエビやでえ、きっと心学軍の人らが救助に来てくれるから、それまでの辛抱や。ほら、そこそんなに慌てんな。窓からなんか逃げれるかい、ほら落ち着け!」

 滑らかな関西弁で、一見すると怒鳴っているようだが、実はかなり色んなことに気配りをしているようだ。

「まず、列車を止めないと!」

 ばかでかい男の子が言った。

「あ、火円くん」

と波瑠はなんとなく暢気な声を出していた。

 それは、近所づきあいのある火円だ。サッカー部でエースでキャプテンで、学校でも学年委員長。それが火円だった。

 なんとなく、火円がいるというだけで、安心してしまう。

「あ、なーんだファイアーがいるじゃん、ねえ波瑠、さっさと逃げようよ。ファイアーが勝手にまとめてくれるって」

 火円に「ファイアー」というシンプル過ぎるあだ名をつけたのは、心美だった。

 実直な火円にぴったりなので、すぐに浸透していた。

 列車の緊急停止のボタンを作動しようとしているのを、関西弁の少年が止めている。

「アホウ! なんで止めるねん、死にたいか!?」

 関西弁の少年が言うが、

「今、攻撃食らったら脱線して全滅だぞ!」

「何イ・・・」

「止めれば、各自バラバラで逃げれる!」

「じゃあ、何人かは死ぬっちゅうことか!?」

「今はそんな場合じゃない!」

 火円は緊急停止のボタンを押した。

 彗星が、

「みんな、私が起こす心学力に掴まれ!」と怒鳴った。

 急ブレーキ。

 エネルギー保存の法則に従って、とんでもない圧力が横からかかってくる。

 そのままだと、みんな転倒したり椅子に頭をぶつけたりで大怪我だったろうけど、彗星さんの体から発せられる圧力で、なんだか空気が布団みたいに柔らかくなっているので、波瑠たちはどこもぶつけずに済んだ。

「いい判断ですねえ、火円くん。あの強力な個体では、どの道何人かは死ぬので、まず全滅を防ぐというのはいい判断です」

 彗星は、たおやかに言った。

「よろしい、みんな窓から外に出なさい!」

 心美も「はいはい、サイナラ」と窓を開けようとする。

「ただし、藤間火円! 浜辺波瑠! 優張心美! ナダリア・ジェイ! 以上の四名は、ここで待機!」

 火円、波瑠、心美は顔を見合わせ、そして関西弁の黒人の男子はナダリア・ジェイという名前だったようだが、少し訝っているようだ。

「な、なんでよ!? さっきの仕返しで殺す気!?」

 心美の言葉に、波瑠も少し賛同だった。

「ど、どういうことですか!? どうして私たちが・・・」

「あなたたちにも、解ける問題がある! 貴方たちは、心学偏差値で65を超えている! 伊勢海老のエイリアンからも、簡単な数式の問題や、漢字の書き取りの問題は来る。それを解いてもらいます!」

「そ、そんな……」

 波瑠はおびえていた。

「ちょっと待ってください、軍曹さん」

 火円は、相手の軍服から階級を読み取ったようだ。

「鈴木彗星です」

「彗星さん・・・俺たちはまだ生徒にもなってないんだぜ? それをあんなエイリアンと戦わせるなんて」

「あなたたち四人が、選ばれた戦士だからよ。運命によって繋がれた、世界を守る四人の戦士・・・というのは冗談で、実の所、猫の手でも借りたいのよ」

「おいおい、ふざけてるんですか? 俺は真面目に・・・」

 しかし、彗星はあの気ままさではなく、深刻さを持って

「ふざけているのは君の側、私は一人でも人命を救助したいのよ」

と言った。

 その静かな迫力に、四人は押し黙った。

「私も軍人、民間人を一人でも救うために、君たちに助力を乞う。それが不思議だというなら去りなさい」

「・・・」

“伊勢海老のエイリアン”は、海の中からシャボン玉のような泡を吹きだしつつある。

 それぞれの泡に、細かく文字や数字が書かれているようだ。

「あの“伊勢海老のエイリアン”からは、これから千近くの問題が出題される。高難易度のは私が解くけど、私も腕が四本に増えるワケじゃない。簡単なあなたたちでも解けるものを解いてくれればいい」

 そんなのメチャクチャすぎる!

「要するに、あんただけじゃエビに勝てないから、私の力が必要ってことね? なら、そう言いなさいよ。この偏差値68の私のね」

 心美の悪い癖が出た。

 相手が少しでも弱っている素振りを見せると、とことんまでつけ込むのだ。

 彗星はにんまりと笑い、

「ゴチャゴチャうるさい」

「ゴっ・・・!?」

「ほら、特別に少し手助けして、【異星問題】に直接書き込めるようにしてあげましょう」

 彗星は、指で印を切った。

 彼女の指から青い光がペンライトのように漏れて、空中で「心学印」と描く。

 まず、火円の日に焼けた腕に、『心』と青い文字が刻まれた。

「うわっ、これって・・・?」

「これで、答えを書き込めます」

 さらに、波瑠、心美、カダリアの腕にも次々に書き込まれていく。

「やった! これで、私らも心学兵?」

 波瑠は自分の胸元に「心」と青く光る文字が書かれているのに喜んだ。

「うげー、だっさあ。フランス語かドイツ語にしてよね~」

 心美は、太ももの文字に嘆いた。

「なんやこれ? 訳分からんで」

 ナダリアの逞しい腕に、「心」の文字が描かれている。

#伊勢海老のエイリアン“は、全長100メートルはあろうかという巨体を闊歩していた。

 海をのんびりと泳ぎながら、こっちに来るようだ。

「さあ、各自問題を解く用意はできましたか?」

 彗星は、それぞれを見やる。

“海老のエイリアン”は、大きく呼吸をした。

 海水が“伊勢海老のエイリアン”の周囲に集まっていく。

「来ます。各々の創意工夫を持って!」

 彗星が怒鳴る。

 次の瞬間、“伊勢海老のエイリアン”から、「キュウオオオオオオオ!」という物凄い悲鳴のような声が聞こえてきた。

 続いて、どん、という爆音と共に、【異星問題】が出題され、火円たちに放たれた。


『Pが素数ならばP⁴+14が素数ではないことを証明せよ・時間30分』 出題・京都大学2021

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