第2話 ”伊勢海老のエイリアン”の襲来
波瑠は、少し長すぎる黒髪を切ろうかと迷っていた。
ここは、列車の中。
それも、リュケイオン心学魔法学校まで続く一本道の列車。
波瑠は窓に映る、自分の少し面長な顔と、ロングヘアーを見つめる。
心学兵といっても、要は軍人だ。
長すぎるのはよくないんじゃないのか。
「綺麗な御髪ですね」
軍服を着た女性が、声をかけてきた。
かなりの美形で、外国の人なのか、赤い髪をショートカットで揃えているけれど、軍帽と軍服によく似合っている。
「おぐし?」
波瑠はすっとんきょうな声をあげていた。
ああ、御髪というのは髪という意味だっけ。
私が言うと、食べ物の名前みたいになったけど、この人だと古風な雰囲気だ。
波瑠の容姿が、窓ガラスに映る。
少し面長で、髪だけは一時間くらいかけて枝毛を取り除いているので綺麗だと思う。
けれど、「要は私の褒める箇所って、髪だけなんじゃない?」と思うほど特徴の無い見た目である。
波瑠は、フレデリックの新曲のMVとか武井壮の切り抜き動画とか、そういうのを楽しみにしているごく普通の女子である。
今から、軍人になるための学校に入ることになるのだけど、大丈夫だろうか?
毎朝一時間くらい手入れしている髪だけが自慢の私で。
「別に構うことはありません。別に五十キロの背嚢を背負って百キロ走とか、そんなのはありませんので。今まで通り、勉強が中心ですよ。綺麗な御髪は大事になさってください」
「はあ……」
あれ? ちょっと待ってよ、どうして私が髪を切ろうとしてるって分かったの?
まさか・・・
「はい、心学兵の中でも精神系なので、あなたが考えていることは、多少は見て取れます」
「うわっ、おわっ」
波瑠は思わず両手を頭の上で交差させた。
女性はクスクスと笑って、
「大丈夫です。断片的にしか見て取れてませんので。別に『考えが全部分かる』とかじゃないです。例えば今、あなたは『この人ヤバイ』『逃げよう』とかって思っているでしょう?
私に読み取れるのはそこまでです」
「い、いえ・・・そのすいません」
「ごめんなさい、少しからかってしまって。私は鈴木彗星(すずきすいせい)、心軍曹(しんぐんそう)であります」
「は、はい。浜辺波瑠です」
なんとなく波瑠は謝っていた。
この京都風のたおやかな感じが少し苦手である。
「心学をさらに鍛えれば、私くらいのが頭の中を読もうとしてもシャットダウンできますよ。貴方には、才能があると存じます」
そう言われても、今現在心の中を読み取られている私はどうすりゃいいのよ?
「ふーん、おばさんも嫌味ねえ。そうやって、まず新入りの頭を押さえつけようってんだ?」
わわ。
不味い時に、最悪な友達がきた。
優張心美。
女優のような名前、アイドルのような顔立ち、声優のような可愛らしい声。
少しばかり茶色に染めた、完璧にお姫様カットで整えられた髪。
清純派のようでいて、きっちり出るべき所は出ている肢体。
しかし、その口からは、
「どこの世界でも、先輩のオバハンの考えは同じねえ。あっ、私もあんたの頭ん中読み取れるようになっちゃったかも、キャハハハ! 底意地の悪い感じで、新入生をからかおうとしてるオバハンのね。ねえ、波瑠。なんなの、このオバハンは」
信じられない程流ちょうに、相手をコケにする言葉が飛び出てくるのである。
「ちょ、ちょっと心美!? 駄目よ、すいません、私の友達なんです。悪気は・・・悪気はありまくりだし、どうにもならないほど性格が悪いし、外見が可愛くなかったら何度か逮捕されてるくらいだけど、実はいい面もあるんです。許してあげてください」
波瑠は、その人生の半分くらいを心美の代わりに頭を下げるということに費やしていた。
「ちょっとオ? 波瑠ウ? あんたじゃなきゃ、イジメ三か月の刑よ?」
「あ、あんただと冗談じゃすまないって!」
「もうー、ジョークよ! 波瑠にだけはそんなことしないから」
けれど、波瑠は内心で「今のは本当なのか?」と疑ってしまうのだ。
本当に、この親友心美の”イジメ癖”だけは、エイリアンが世界を滅ぼしても治らないのだから。
心美はにやりと笑っているが、
「仲のよろしいことで、羨ましいことです。ただ、おばさん、オバハンというのは訂正していただきたい。というより、心学魔法は19歳以下でないと使えませんし、私もまだ十九歳です」
「だから、何ヨ? 十五歳の私からしたら、あんたのそのしゃべり方だけでオバハンよ!」
心美は止まらない。
「ちょっと、いい加減にしなさいってば!」
波瑠はため息をついた。
心美の考えは単純である。
『私に逆らう者は厳罰を加える』
そういうシンプルな考えの元に、これまでにイジメ、恐喝、万引きの強要に、自分に言い寄ってきた体育教師を家庭ごと破滅させたり、と酷いものだ。
彗星は、まんじりともせず、
「あれまあ、見た所、夕張心美さんには少々偏った思想がおありのようですね。ナルホド、
『逆らえばイジメ』『みんな奴隷で下僕』『波瑠だけは他のブタよりも上』と、ふむふむ、いやはや若干十五歳にして、どうしてそのような思想に至ったのか。ハテサテ」
彗星は首を傾げているようだ。
「それがどオしたの? それが読み取られたからって、私のイジメを防げるとでも思うの?」
心美の「いじめ心」に火がついているようだ。
「もう、心美! そんな必殺技を使う悪役みたいに、イジメを言わないでよ」
私はなんで、心美の友人なんだろうか?
「心学がどうしたって? こっちゃ、奇襲型イジメ、いい人と見せかけてイジメ、恋愛ドッキリイジメに、机にラクガキ百回イジメにカップル寝取りイジメと、ありとあらゆるイジメをしてきたんだよ・・・・! 私の人生は、イジメのためにあるんだヨオ! その辺のいじめっ子とは年季が違うんだよ! あんたの学園ライフを闇の色に変えようカア?」
折角の美貌なのに、顔をあり得ないくらいに歪ませて、本当に私の親友はどうしてこんな子に育ったんだろうか? 普通の公務員の娘、しかも美形でスタイルもよく、本人がいじめに遭った経験もなく、ただただ純粋極まりない“いじめっ子”それが心美なのだ。
けれど、相手の彗星もなんだか並ではなさそうだ。
これは不味そうだ。
波瑠には、「心美が負けるかも」という想像はつかないが、とはいえ相手は心学、つまり魔法が使えるのだ。
「十分に発達した科学技術は、魔法と区別がつかない」とかいう昔の作家の格言じゃなく、本当に『魔法』が使えるのが彗星なのだ。
とはいえ、この子は夕張心美。
間違っても、自分から謝罪するような子じゃないのだ。
「ううむ、この鈴木彗星・・・ここまでの侮辱を受けて黙っていれるほどには・・・」
彗星は、ピンと帽子を弾いた。
「人間はできておりませぬ」
すう、っと立ち上がる。
その瞬間、波瑠は確かに見た。
無敵の心美が、少しばかりたじろぐ様子を。
(へー、あの心美でも、おびえることがあるんだ)
波瑠はそう考えていた。
後で聞くと、心美は「あんとき、まずやられてから、後で軍部のエライさんに、『いきなり彗星さんが襲い掛かってきたんです! きっと錯乱してるんです』って泣きつけば終わりだと思っててね、本当にエイリアンどもめ」とのことだった。
心美はよくそう言う手で、おじさんとか教頭とかを騙して、相手を陥れる。
波瑠は何度もそれを見てきた。
しかし、この時ばかりはそうはいかなかった。
なんせ、巨大エイリアンが海の中から出現してきたんだから。
「わわっ、心美、彗星さん・・・・エイリアンですよ!さあ、逃げないと」
波瑠は心の中で「ナイスタイミング!」と思いながら、巨大エイリアンが海の底から上がってくるのを見ていた。
それは、伊勢海老を機械化させたような巨大エイリアンで、私たちの世界を何度も何度もサンドバックのように痛めつけては宇宙へと帰っていくバケモノであった。
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