第五章

「まあ、軍隊も悪いもんやないですよ」

 そのメガネの男は、なんとも不思議な兵隊だった。

 大柄で、筋肉質である。

 故郷の鳥取では、ガキ大将だったらしい。

 そのくせ、異様なまでに悠長な雰囲気がある。少年時代からは関西で過ごしたとい、妙に洒脱で文化的な気配もあった。

 夢は東京美術学校を出て、画家になることだという。そのために夜間中学に通っていたところを兵隊に取られて、仕方なく兵隊をやりながら、ヒマがあれば絵を書いている。

 その絵も、現地の風俗や妖怪といった、誰も興味がないものばかり描く。たまに頼まれて美人画や花札を描いていることもあったが、どちらかといえば現地人が畑を耕しているところだの、祭の準備をしているところだのを描くほうが楽しいということだった。

 しまいには現地人の祭に招かれて、山のようなタロイモをもらってきたりする始末で、もうこうなるとこの男が兵隊なのか、それともラバウルの人間なのかわからぬ、という風情。

 およそ軍隊という場所には不似合いな、そういう男が、神谷新八郎の従兵であった。

「そうかね。こう毎日工事ばかりでは嫌にならんか」

「まあ、もちろんイヤですねえ」

 そういうことをしれっ、と言った。

 イヤミで言っているのではないらしい。

 単に思ったことを口に出しているのである。

 そういう“地方”――陸軍では民間をそう呼ぶ――らしさが嫌がられ、伽藍人形部隊の従兵などという面倒な仕事に飛ばされてきたらしい。

 これは元の上官たちもたまらなかっただろう、と神谷は苦笑するのだが、不思議とウマがあった。

 神谷自身は生真面目な人間だが、同じように生真面目な人間が従兵としてついてくると、さすがに気が詰まる。

 この男の能天気さのようなものが、むしろ良かった。

 神谷は軍隊を愛しているのではない。

 国を愛しているのである。

 だから、こういう男が、ノンキに生きられる真国であって欲しい、と思う。

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