第二章「ハワイ・マレー沖海戦」②

 第二波までの攻撃で焼き尽くされたハワイの抵抗は、それでも苛烈だった。

 生き残った兵たちが、寄せ集めの火器で作った対空陣地が、上陸してきた伽藍人形目がけて撃ちまくってくるのである。

「ぐおおっ……!」

 通信機ごしに、龍造寺の唸る声がした。

「龍造寺! 伽藍人形を信じろ! こいつの装甲は、たかが機関砲では抜けん!」

「わかっとります……!」

 戦車兵である龍造寺が、それを信じられないのは当然のことだ。

 伽藍人形の装甲は、薄い。

 戦車の装甲板とは比較にならぬ。戦車砲どころか、当たり所がよければライフル弾でも貫通できるだろう。実際、狙撃手である新見は、「自分なら100メートルもあれば、関節を撃ち抜いてご覧にいれます」と言った。

 その装甲をして、砲弾や爆弾に耐えさせてみせるのは、恐るべきことに操縦士の“信念”である。

 伽藍人形の産み出す不可視の力場を操縦士の信念が形として、物理的な防御力として機能させ、装甲の強度そのものを高めるのである。

 この力場の作用は機体の隅々まで及んでおり、そもそも脚部が伽藍人形の重量に耐えられるのも、高加速をかけても腕や足が吹き飛ばぬのも、すべては力場の作用なのだという。

 これが意味する所は、“動く”と信じなければ、死ぬ、ということである。

 が、眼前に迫る曳光弾の弾幕は、凄い!

 戦闘機ならばそれは横をかすめていくもので、直撃すれば死んでいるのだが、伽藍人形の場合はそうも行かぬ。

 砲撃は機体の全身に着弾し、すさまじい衝撃と轟音が炸裂する。

 巨大な人型の機械が、地震にでもあったかのように、揺れる。

 その激震の中で、操縦桿を操り、照準をつけるのである。テレビジョンに映された映像の中で、視野と連動した仮想の照準を動かして狙いをつける、というのにはえらく面食らったのを覚えている。“大佐”が

「そうか、インベーダーゲームすらないとこういうことになるのか。うちの爺さんにマウスを教えたときと同じだな」

 と言っていた意味はわからなかったが、どうやらアメリカあたりでは普通に出来ることであるらしい。が、米国人に出来ることが真国男児に出来ないはずもないのだから、神谷も龍造寺たちも、修練で出来るようになった。

 が、それを戦場でやるのは、違う。

 龍造寺が手にした巨大な銃を構えて、撃った。

 ドイツ製の高射砲を改造したそれは、人間でいう対戦車ライフルのように見える。

 榴弾が燃料タンクのすぐ側に着弾して、燃えた。

 直撃ではない。

 かすめただけだ。

「落ち着け! 龍造寺! 敵の火線は我々の装甲を抜けない! よく狙って当てればいい!」

「わかっとります! 初弾は、弾着を見ただけです!」

 龍造寺が次弾を装填した。

(戦車兵は、打たれ強い)

 むしろ、自分のほうが慌てているのではないか? と神谷は思い直した。これは空戦とは違う。

(いよいよとなれば……伽藍を飛ばして見せる。が、使わずに済むなら……)

 それは“大佐”からの特命であった。ハワイでは、伽藍をあくまで陸戦兵器として用いる。そういう考え方なのである。

 だからこそなおさら、僚機を信じて見せねばならない。

「その意気だ! 新見、援護を頼む!」

 神谷は伽藍を加速させた。

 弾雨が、横を抜ける。

 飛べる、とは見せない。跳躍して見せたのである。

 が、その跳躍は音速を超えていたから、その衝撃波だけで、防衛陣地を構成していた米兵たちが、赤い霧のように、四散をする。

(南無八幡!)

 心の中で、祈る。

 尊厳のない死を与えた罰は、いくさが終わった後に受けよう、と覚悟をするし、その覚悟は独りよがりなものであろう、と思う。

 が、そうであっても、互いに銃を構えて戦場に出てきたのだ。理不尽な殺し方ではない、と思う。

 こちらとて、死にたくはないのだから……。

 ガウウンッ!

 どこから出てきたのか、米軍の戦車がその主砲を撃った。

 超音速で走る鋼鉄の兵器を狙う胆力は、敵ながら凄いものだ。

 伽藍の突き出した手に力場を集中させ、弾く!

 ビリビリと衝撃が来たが、それだけのことで、神谷は止まることをしない。止まれば、死ぬのだ。

 伽藍の腰に差した巨大な刀を、抜く。

 巨大な人型の兵器に、巨大な刀を持たせる、というのは正気ではない、という考え方もあるだろう。が、これまでの演習でわかったのは、超音速戦闘を行なう鋼鉄の兵器が振るう武器としては、力場によって威力を増した刀剣がもっとも安定する、ということであったのだ。

 超音速で叩き付ける超重量の金属塊が、戦車の装甲に、当たる。

 単なる刃で、戦車の特殊鋼を切れるか。

 切れるはずがない。

 否。

「真国魂が、ある!」

 それは迷信ではない。

 力だ。

 故に、切れる。

 切り伏せる。

 物理法則をねじ伏せるのが、伽藍人形であり、愛国心だ。

「そうでなければ、真国は護れぬ!」

 正気にては、大業ならず。

 狂え。

 狂え。

 狂え!

 その意志のままに、鉄の獅子が走る。

 三機の鉄神が暴れ回った後には、廃墟のみが残った。

 ハワイ攻略作戦は、このようにして終結したのである。

 米太平洋艦隊はすべての戦艦と備蓄の燃料・弾薬のほとんどを失い、わずかな空母を残して、作戦能力を喪失した。

 

 *


 その翌日。

 神谷はひとり、伊四○○を離れ、ベトナム中南部カムラン湾にいた。

 フランスの植民地であったこの港は、開戦前から真国軍によって制圧されており、東南アジア方面における真国海軍の根拠地のひとつとなっていた。

 そこに神谷が急派されたのは、英海軍の動きがあったからである。

 この時期、真国陸軍はマレー半島を南下し、マラッカ海峡のチョーク・ポイントである英領シンガポール陥落を狙っていた。

 この地を真国が制圧すれば、インド洋から太平洋に抜けることは困難となり、フィリピンやインドネシアを孤立させることが可能となる。無論、その重要性は英軍も理解しており、八万を超える軍勢がシンガポール要塞を守らんとしていた。

 が、英国の主力はドイツとの戦いに振り分けられていたから、シンガポール防衛に回された兵力は精鋭とは言えない。兵士の士気も低く、兵器も二線級のものが配備されている。

 そこに、真国近衛師団を主力とする三万の精鋭が怒濤のように南下していたのである。神谷も詳細を知らされてはいないが、陸軍主体の伽藍人形部隊がそちらにも派遣されているという話だった。

 シンガポールはもって三ヶ月だろう、というのが、大方の予測である。

 が、七つの海を支配する大英帝国もまた、無能の集団ではない。

 真国の南下を予期して増強されていた英東洋艦隊は、ハワイ作戦と時を同じくして、真国艦隊を撃滅すべく出撃したことが判明したのである。

 マレー半島を南下する陸軍の補給は海上輸送に多くを頼っており、その補給船を断たれてしまえば、数の上で劣勢の真国軍に勝利はない。確実に英艦隊を仕留めるために、神谷はひとり、マレーへの進出を余儀なくされたのである。

「すまんな、無理をさせて」

 カムラン湾の基地で待っていた“大佐”は、よく冷えたビールで神谷をねぎらってくれた。

 英国製らしいビールは、よく汗をかいていて旨かった。

「いえ」

 そう言って見せたが、超音速飛行でハワイからマレーへ到達するのには、それなりに疲れた。

「まあ、その顔を見れば疲れているのはわかる。何か気になったことがあれば言ってくれ」

「率直に言えば、座席ですね」

「座席か。腰か?」

「加速のGは伽藍人形がほとんど吸収してくれますが、完全とは行きません。音速を超えると身体への負担が大きくなります。意識を失えば力場が維持できるかどうかわかりませんから、空中分解の危険もありましょう」

 神谷は、ともすれば弱音、贅沢と言われかねないことを言った。

 が、身体への負担を軽減すれば、より国のために働けるのだから、これは必要なことだ、という確信があるし、“大佐”はそういうことを笑わない度量のある司令官だ、という信頼もある。

 闊達に意見交換が出来る空気には、好感があった。

「それはそうだな。そこを根性論で解決するのは、愛国心とは違う。技師には伝えておこう」

「ありがとうございます。ハワイでの戦闘は、龍造寺機が中破、新見機が小破。両名の被弾は、私の代わりに被害を担当してくれた結果のものですから、叱らないで下さい」

「当然だ。むしろ、伽藍人形の威力、勇気を示してくれたものだと感服している。ふたりには、よく休んでもらうとしよう。が……少尉にはこれから今ひとつ、地獄を見てもらわねばならん」

「望むところです」

 世辞ではない。

 本心である。

 自分がいくらでも地獄を覗けば済むのなら、覗いてみせるまでのことである。それが梨花を始めとする、銃後の幸福のためなのだ。

(戦略を戦術で跳ね返すのが、我々伽藍人形だ……!)

 そういう決意が、ある。

「では……すまんが、戦艦を一隻、斬ってみせてもらいたい……!」

 “大佐”は、まるでそこのビール瓶を取ってくれ、とでもいうような調子で、そう言ってみせた。

 普通の男なら、その言葉に、激昂したかもしれない。

 正気の命令ではない、と怒ったやもしれぬ。

 だが、神谷新八郎は只の兵士ではない。

(認められた)

 そう思って、震えた。

 自分の真国魂はそれだけの力がある、と認められたこと、目の前の男にこうも評価されているということが、ただただ、嬉しい。

 男子にとって、伴侶の愛と同等にかけがえがないものがあるとすれば、その魂の在り方を認めてくれる相手に出逢うことであろう。

 神谷新八郎にとって、この名を明かさぬ奇妙な大佐こそが、それであった。

(この人のためならば、死地に飛び込めよう)

 そう、思えた。

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