最終話 三つどもえ

前書き

時間がなくていきなり最終話に来られた方は、是非前話の第五話から読んでいただけますとより楽しめます。



 あれ? ここはどこかしら?

 いつもより布団が柔らかい気が……。

 天井に装飾があるわ……。

 それにベッドが、ひ、広い!




 目覚めたのが自宅のベッドではないと分かったクラリスは、首を横に向けたことでベッドの巨大さに気付いて驚いた。


 体を起こして辺りを見渡すと、そこは立派な調度品の置かれた広い部屋で、奥の扉近くには椅子に座った女性がいた。


「ま、まあ! 聖女様が目覚められました!」


 慌てた女性はそのまま扉を開けて部屋から出て行ってしまった。


「ま、待って」


 状況が飲み込めなくて彼女に聞こうと声を掛けたが間に合わず、一人取り残されてしまった。


 屋台で国王と王子と令嬢のために、串焼きを調理していたのは覚えている。

 その後、何があったかなとぼんやり考えながらベッドを降りると、自分の格好が可愛らしい白のネグリジェ姿なのに気付く。




 そうだ。

 確か国王陛下の従者の古傷を消してから、なくなった彼の右腕を何とかしたいと必死に願ったら意識が遠くなったんだ。

 ってことは、倒れた私を誰かが着替えさせてくれたのね。

 私の仕事着はどこかしら?




 部屋をうろうろと歩き自分の仕事着を探していたところで、勢い良いく扉がノックされて大勢のメイドと医師と、魔導士の格好の人が部屋に入ってきた。


 それから医師に診察されて健康であること、魔導士長と名乗る人からは、慣れない急な魔力の使用で倒れたんだろうと言われた。


「あの、ここはどこですか?」

「王宮です。ご安心ください聖女様」

 

 魔導士長からの返答に、やっぱりとため息をついたクラリスはとんでもないことになったと不安を覚えた。




 私はただ串焼きを作っていただけなのに……。

 一体どうしてこんなことになったのかしら。

 だいたい聖女様って誰のことよ。

 串焼き屋の女が聖女様な訳がないじゃない。

 言おう、王子殿下に。

 私が聖女様だなんて勘違いだと。




 医師は様子見でもう少し寝ていた方がいいと言ったが、クラリスは元気になったから部屋を出たいと強く要望した。

 しかし、医師と魔導士長が彼女の回復を確認して部屋を出ると、今度はメイドたちが彼女を取り囲んだ。


 あれよあれよという間に髪は整えられ、ネグリジェはドレスへと着替えさせられた。

 元から綺麗な銀髪は真っすぐにすかれ、サイドの髪を後ろに集めて丁寧な造りの銀のバレッタで留められた。


 ドレスは水色を基調とした大人しいデザインで、白の差し色が清楚な印象を感じさせる。


 鏡に映った自分の姿にクラリスは驚いた。

 まるで何処かの令嬢の様に見えるからだ。

 いや貴族令嬢のような華やかさはなくて、どちらかというと気品のある淑女という雰囲気が強い。

 それは元々の端正な顔立ちと母親譲りの銀髪も影響しているが、銀のバレッタと着せられたドレスのチョイスがそう見せようと意識しているようにも感じる。


 身支度を終えるとメイドに促されて、中央にあるテーブルセットの椅子に腰掛けた。

 すると、一斉にメイドたちが出て行く。

 

 一人だけ部屋に残ったメイドがいるので話し掛けようとしたとたん、激しいノックとともに扉が開いた。


「クラリス! 意識が戻ったか!」


 王子が部屋に飛び込んでくるとテーブルの前まで来て彼女の顔色を伺った。

 遅れて国王が入室してくると同じくテーブルまで来てなんと軽く頭を下げた。


「すまなかった。まさかこのようなことになるとは」

「あ、あの、えっと、も、もう大丈夫ですから!」


 まさかの国王謝罪で慌てて彼女は席を立ったが、エドワールは扉へ向きを変えると声を掛ける。


「気にせず入ってきなさい」


 丁寧なノックの後に「失礼します」と令嬢が入室した。

 不安な表情をそのままにテーブルまで歩いて来る。

 アンジェリク侯爵令嬢だ。

 そんな彼女に国王が優しく声を掛けた。


「そなたが一番心配していたのだろう?」


 顔を上げたアンジェリクは、目に涙を溜めてクラリスを見ると相好そうごうを崩して彼女に抱き着いた。


「よかった。心配したのよっ、もう!」


 思いもよらぬアンジェリクの反応に驚いたクラリスは、自分を想ってくれる存在が嬉しくてありがたくて、感謝の気持ちで胸が熱くなると強く彼女を抱きしめた。


「ありがとうございます。ご心配をおかけしました」



 小さなテーブルを挟んで座った四人は、顔を突き合わせたまま黙ってけん制し合っていたが、クラリスが沈黙に耐えられなくなり口火を切った。


「あの、私が聖女様だなんて、それは王子殿下の勘違いですっ! 私は串焼き屋なんですよ?」

「そんなことはない。部位欠損を治す奇跡は伝説のとおりだ。その見た目も聖女様そのものではないか。貴女は聖女様の再来で間違いない」

「それは王子殿下が用意してくださった、ドレスと髪留めがそう見せてるだけですよ」

「余もアルフォンスの言う通りと思う。そして聖女様の伴侶は王族こそが相応しい。だがな、お前ではちと不足だと思うぞ、アルフォンス」

「ち、父上!? それは一体どういう!?」

「お待ちくださいませ、陛下、アルフォンス殿下! 聖女様の存在は癒しそのもの。どちらの妃になっても、恐れ多くて誰も癒しを受けられなくなります」

「アンジェリクは私の婚約者候補だからクラリスとの関係を気にしているだけだろう」

「そうだぞ、アンジェリク侯爵令嬢。余とクラリスが婚姻すれば、そなたはアルフォンスの婚約者候補として有力だぞ。余が保証しよう」

「ち、父上! 卑怯です!」

「いえ陛下。それではクラリスが王妃様になってしまいます。余計に私とお話が出来なくなるではありませんか」

「そなたは余とクラリスの婚姻に反対なのか!?」

「クラリスは私のものですわ。陛下ともアルフォンス殿下とも婚姻はさせません!」


 小さなテーブルを挟んで四人で仲良く座っているのに、皆自分の主張を曲げず譲らない。


「ねぇ、クラリス。女の友情よね?」

「馬鹿な。聖女様である貴女は次代の国王となる私と共に未来を歩むのだろう?」

「何を言う。今すぐ王妃となる方が貴女の幸せと国の安寧の両方に繋がる。そうだろう? クラリス」


 三人がクラリスのことを見つめてくる。


 勝手なことばかり言い合う状況にクラリスは頭が痛くなった。


 侯爵令嬢が、王子との婚約を諦めてでも女の友情を第一にしたいと訴えている。

 王子が、何人もの婚約者候補よりも六つも年上の平民女を求めている。

 国王が、淑女の礼も出来ない女を自分の再婚相手に選んで王妃にしたいと望んでいる。


 信じられないことに串焼き屋の女をだ!


 この事態を収拾しなければ、それには自分が何か言わなければ、クラリスは焦った。




 一番無難に収めるなら、当然、最高権力者である陛下に意見を合わせるべきね。

 でも自分の人生が掛かってるから、無難とかそういう理由で決めたくはないし……。

 そもそも陛下と王子殿下の主張は、私が聖女だから身分差が問題にならないというものよね。

 それなら、たとえ設定であっても私の意見は聖女様の意見なんだから、少しくらいは通るんじゃないかしら。

 この三人の主張が命令ではなくて、ある程度私の意見を配慮してくれるのならだけど。




 とりあえず今は時間を稼ごう、クラリスはそう思った。

 今この場で誰かを選ぶなんて、そんなの急にできる訳がないからだ。


「皆様! どうして当事者の私の気持ちを無視されるのです!?」


 クラリスの訴えに三人ともハッとした。

 またもや悪い癖が出て自分たちの主張に終始してしまい、相手のことを置き去りにしたと気付いたからだ。

 そんな三人の中でもアンジェリクの態度はさらに国王と王子を驚かせていた。

 いつも立場をわきまえている侯爵令嬢が、この件に関してだけは王族相手に一歩も引かず、自分の意見を必死に訴えたからだ。




 どうしよう。

 王子殿下に見惚れたのは確かなのよ。

 まだ十六歳で幼い部分もあるけど、性格が真っすぐで話しやすいのも魅力的。

 陛下の色気はかなりのものよね。

 三十五歳でちょっと年上だけど、その分頼り甲斐があって人格者で素敵。

 私が二十二歳だから、どちらにしても歳の差婚になるのか……。

 でも陛下と王子殿下、親子だけど男性としてのプライドがあるでしょうし、どちらを選んでもカドが立つのよね。


 そして一番問題なのは、好きという私の感情がちゃんと育っていないこと。

 できるならもっと二人をよく知って大好きになって、この人じゃなきゃヤダって気持ちで選びたい。

 この人と一緒になりたいんだって、強く愛する相手と結婚したい。

 そうじゃなきゃ、好いてくれる相手に失礼だから。

 

 だから今はまだ、どちらも選択できない。


 普通なら平民の私に権力の絡むこんな難しい問題なんて解決できない。

 でも私には相談できる人がいる。

 貴族で女同士でとても優しいアンジェリク様が。




「少しお時間をいただけませんか。私は串焼きを食べにいらしたお二人しか知りません。一緒にお話ししてお食事して、もっとお二人のことを知りたいのです。そして心惹かれて夢中になりたいのです。アンジェリク様に貴族社会のことを教わりながら、恋焦がれる想いを育てる時間をください」


 国王と王子は顔を見合わせて押し黙り、アンジェリクが嬉しそうに微笑んだ。


 聖女扱いしている彼女からそう言われては、如何に王族といえどこれ以上答えを急がせることはできなかった。

 なにせ彼女の婚姻相手には王族こそが相応しいのだと、つまり聖女の序列が王族に匹敵するのだと彼ら自身が主張しているのだから。



「マチアス殿? なぜこちらへ?」

「もしや串焼きを食べに来たのですかな? あ、いや、サロモン様と私は、陛下とアルフォンス殿下の代わりに様子を見に来ただけですぞ」


 クラリスの屋台へ訪れたサロモンとヘムンズは、マチアスが屋台の丸椅子に座っているのを見付けて声を掛けた。


「いえ、お嬢様が心配なさるのですよ。貴族御用達の屋台だと噂が広まって、最近いろいろな有力者が来店するようになりましたので」

「一体それの何が心配なのだ?」


 ヘムンズが首を傾げると、サロモンが右手を顎に当てて頷いた。


「なるほど。聖女クラリス様のファンが増えているのですな?」

「そうなのです。それで、お嬢様が用事で来られない間は、悪い虫が付かないように様子を見に来るよう指示されまして」


「まさか! 殿下も過剰に心配していらしたが、問題なんて起きやしないだろう?」

「それが、先日は隣国の王子がお忍びで来たようでして……」


 それを聞いたヘムンズとサロモンが顔を見合わせて慌てると、エプロンに白い三角巾姿のクラリスがカウンター越しに声を掛けた。


「ヘムンズ様、サロモン様。立ってないでこちらへお座りください。すぐにいつものを焼きますから。スミスさん、エールを二つ追加でお願いしますね!」


 微笑みと共に声を掛けられたヘムンズとサロモンは、クラリスに笑顔を返してからマチアスの横に仲良く並んで座る。


 カウンターの隅には、アルフォンス、アンジェリク、エドワールのハンカチーフが綺麗に畳んで並べられていた。


 了




後書き

お読みいただき、本当にありがとうございました。

読後に少しでも余韻を感じていただけましたなら、それだけで幸せです。


おまけ


「何なのですかな、このいつもと違う気味の悪い形の肉は! いくら勧められてもこれは遠慮させてもらうぞ」


 そう言って顔をしかめたヘムンズは、丸い肉が三つ連なる串を木皿に残した。

 隣の丸椅子に座るマチアスが諭すように説明する。


「ヘムンズ様、それはソリレスという美味しい部位なのです」

「このような変な形の肉が美味い訳がない!」


 反対側の丸椅子に座るサロモンが、笑顔で木皿に残ったヘムンズの串に手を伸ばす。


「では私がいただこう。これを残すとは、流石ヘムンズ殿」


 それを聞いたマチアスが苦笑した。


※ソリレス

鳥の足の付け根、腰あたりに位置する大変に美味しい部位。

ある国では、残したら愚か者・・・・・・・という意味を持つ。

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串焼きを作ったら殿下に婚約を迫られました ただ巻き芳賀 @2067610

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