崖に棲む猫

湯たぽん

崖に棲む猫

 


・・・・何してんだいアンタ。そこは危ないぜ。


 


 


 


オレの呼びかけに応じて、そのオンナは振り返った。キレイな黒髪を伸ばした、暗い印象を受けるオンナだ。まぁもっとも、オレの所に来るヤツってのはたいてい暗いカオをしているがね。


 


ちなみにオレもくらーい黒だ。黒猫だから当然なんだけどな。オレはこの岬に住んでいる。ここの切り立った崖には滅多に人は来ないが、たまにこんな暗いヤツが現れる。


ヤツらの目的は・・・・まぁ目を見れば分かるが。


 


 


 


今日はソラまで黒く曇っていた。オンナは小さくて黒いオレを見つけられず、少しの間辺りを見回していた。暗く、しかもごつごつした岩だらけの崖だからなかなか見つからないだろうな・・・・


そして岩の上でじっとしているオレを見つけると、はじめて少しだけ微笑んで、声をかけてきた。


 


「・・・・おいで。お菓子あげようか」


オレはそんなモノは食わないが、オンナはオレを受け入れてくれたようだ。足もとまで走り寄って、オレはオンナの目を下から覗きこんだ。


あぁ、やっぱり・・・・。


 


目を覗きこまれて、オンナはオカシの事も忘れオレを見返してきた。


 


「綺麗だね、あなた。


 ・・・・私とは大違い」


そういうと、 恥じるように目をそらした。


 


ふいに強い風が吹き、オンナの髪とコートをバサバサと乱した。オンナが髪を直している間に、オレは少し離れた大きな岩の上に移動した。


今度はオレをすぐに見つけると、オンナはポケットからクッキーを出してきた。


 


「こっち来て、もう少しお話しようよ。


 あと・・・・ほんの少しでいいから」


 


冗談じゃない。この世で最後に話した相手がオレでした、なんてたまらないぜ。


オレはオンナに近付いた。オンナが一歩前に出てしゃがみ、背中をなでようとするのをヒラリとかわして、また岩の上に戻る。


「?」


避けられて訝りながらも、オンナはまた一歩、近付いてきた。


 


「どうしたの? 私なんて・・・・嫌い?」


また自虐に走りそうになるのを、少し近付いて止めてやる。


 


 


 


オレは近付いては離れ、またちょっと近付いて逃げをくり返し、オンナを崖から連れ出した。


オレの住みかのすぐ近くにあるこの崖は、普通の大きな道路からちょっと離れるだけの場所にあった。道路の向こうにはバスが止まっている。田舎のバスってのはたまに妙な待ち時間があるもんだ。ウンテンシュも降りて一服していた。


 


そんな風景を目の前にして、オンナの目に迷いが生まれるのをオレは見逃さなかった。オンナがぼうっと町を眺めている隙に、ようやくオレはクッキーを受け取った。


「あっ・・・・」


なでる事ができずにクッキーだけ奪われて、オンナは少し恨めしげにオレを見た。オレもまた目を見返した。


 


しばらく目を覗きこんだ後、今度はバス停の方を向くと、近所のオバちゃんが手招きしていた。地元の主婦が、使いもしないのにバス停でのんびりくつろいで、自分で勝手に名前を付けたネコと戯れる。絵に描いたような田舎だな、ここは。


オレに釣られてバス停の方を向いたオンナは、自分が呼ばれたのかと思ったのだろう、慌ててうつむきコートのえりに隠れるように小さくなった。


 


オバちゃんに呼ばれたオレは、クッキーをくわえたままバス停の方へ走った。


「あ、待っ・・・・」


またオンナの小さな声。オレは一度振り返ってオンナの目を覗きこむと、またバス停のオバちゃんに走り寄った。


クッキーを口から放すと、オバちゃんはオレをなでて言った。


 


 


「こんにちは、クロちゃん。クッキーくれるのかい? ありがとうねー」


なでられながらもう一度、オレはオンナの方を見た。


 


 


 


・・・・戻りなよ、自分の居場所に。死にたい理由など分からないがアンタ、戻れる場所があるうちはここへ来るべきじゃない・・・・


 


 


 


オレの鳴き声の意味などわからないだろうが、オンナの目から迷いが消えた。


もう、大丈夫だな。オンナがゆっくりとバスに乗り込んでいくのを横目に、オレは大きなあくびをした。


 


 


 


適当にオバちゃんをからかった後、オレはねぐらに戻ることにした。崖の近く、住みかまであと少しってところでオレは足を止めた。


 


 


 


暗い空を見上げると、何かがふよふよ飛んでいるのが見えた。崖の向こうの海からぼんやりとした光を放ちながら浮き上がってきていた。頼りない動きで、のろのろと。


ソイツはしばらくあたりを漂った後、オレのほうへ近付いてきた。誰かがオレの中に入ってくるのを感じる・・・・そうか、今日はフタリいたんだな・・・・


オンナの方にかまっている間にもうヒトリ来てたのか。


ソイツの魂は後悔と悲しみで真っ黒になっていた。オレ、また黒くなっちゃうな。


 


目の前まできたソイツを、オレはぱくんと飲み込んだ。 暗い感情がオレの中に入り込んでくる。


・・・・そうか、アンタ相当辛い目を見て来たんだな。


しばらくオレの中で休んで、できるだけ早く成仏しなよ・・・・


オレの中のソイツに語りかけると、オレは住みかの岩穴へ入り込んだ。


 


 


 


今日はフタリ、か・・・・


ヒトリは戻り、ヒトリは魂になってオレの中に入っちまった。こうして今までに何人、この崖に来るヤツを見たか分からない。時々、こんなコトやめてさっさと住みかを変えちまおうかとも思う。でも・・・・


 


昔オレを愛してくれていたアイツの魂は、まだオレの中で眠っている。オレのカイヌシだったアイツの苦悩は、 まだしばらくは晴れないだろう・・・・


こうしてオレが自殺しにきたヤツを助けたり魂を休ませてやったりして・・・・本当にそれでアイツの魂は休まるんだろうか。


 


 


 


・・・・ま、いいか。


オレは考えるのをやめて大きくノビをした。休みたいヤツには休ませてやればいい。ネコだってヒトだって、魂になっちゃってもそれは同じさ。


もうしばらく、ココにいてやるか・・・・


 


 


 


そう締めくくると、オレはあくびをして。


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


何年か前に死んだオレの骸の横で目を閉じた・・・・


 


 


 


 

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崖に棲む猫 湯たぽん @nadare3

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