第12話 神の思し召し

 伯爵は視線を反らし、執事のシルバーさんに夕食の用意をするように言った。


「もう日が暮れる、今夜は泊まっていってくれたまえ」


「はい、お言葉に甘えさせて頂ます」

「うむ」



何事もなく食事も終わり、自分の部屋に戻った。リサ、レナの部屋は隣なので、中間に時空間を造り打ち合わせをする。


「えっ、吸血鬼ですか?」

「そうだ、注意を怠らないように」


「「はい」」



その時、俺の部屋の扉がノックされる。


「また後でな」

「分かりました」



部屋に戻る。


「どうぞ」


「夜遅くに申し訳ございません。旦那様がシン様と2人きりで、お話したいと申しております」


来たか。


「解りました」

「どうぞこちらに」


伯爵の執務室の様だ。


「すまんね、夜遅くに。掛けてくれたまえ」

「はい、失礼します」


長い沈黙の後、伯爵が口を開いた。


「君は私の正体を知ってしまったようだね」


やはり、俺を殺す気か?俺は身構えた。


「待ってくれ、君と話がしたいだけだ。危害を加えるつもりは無い」


ん?……違うのか、取り合えず伯爵の下に時空間を造り、何時でも落とせる様にしておく。


「昔は夜の街に出ていって、人を襲ったのだが妻のセリーヌに出会って止めたのだ。今は対価を払って、理解有る人達から血を貰って暮らしている」


「この屋敷の人達は知っているのですか?」


「昔から使えてくれている人達と縁者だ、知っている。私の正体を知られたのは君が初めてだ。それはつまり、君は特別な力を持っている、と言う事だ」


「……」


「そこで君の力……いや知恵を借りたい。私の娘が病気と言う事は聞いたね?」


「はい」


「しかしだ、娘は私の血を半分は受け継いでる。病気になどかかる理由が無いのだ」


これは大変な話になってきたぞ。


「最近変わった事は?」


「心当たりは有る。実はゼオノバ王国のバルキス公爵が、ご子息と婚姻させたいと言って来た。それを断った直後から娘は寝たきりになって目を覚まさないのだ」


「ゼオノバ王国……」


嫌な所の名が出てきたな。悪い予感しかしない。


「ん、何か有るのかね?」


鋭いな、この人。いや、俺が顔に出やすいだけか?伯爵に話すべきか?…………まてよ、吸血鬼って寿命が長い、と言うか不死説が有るよな。なら、知っているかもだ。


「大変失礼な質問ですが、よろしいですか?」

「何だね?」


「今のお歳は?」

「358歳だが、それがどうかしたのかね?」


人はそんなに長生きじゃない、どうやってバレずに、この家を存続させて来たのだろう?まあ、それは後回しで。


「不浄の門と言う物をご存知ですか?」


「不浄の門だと……遥か昔、我が同胞が互いに争い、滅亡の危機になった原因とされている物だと、読んだ事がある」


「その書物はどこに?」

「子供の頃ゆえ、今はもう無い」

「そうですか」


「それが娘の病気と、どういう関係が有るのだ」


「ゼオノバ王国で国王が殺され、奴隷街が襲われ何千人もの奴隷が居なくなった事は?奴隷が街を襲って、首をハネても死ななかった、話は?」


「国王の話と奴隷が居なくなった話は知っているが、首をハネても死なない話は初耳だ」


「ゼオノバ王国の付近で、不浄の門が開きつつあるらしいのです。もしかしたらバルキス公爵はその力を利用しているのかもと、ふと思ったのです」


「なんと……君はどこで不浄の門の話を知ったのかね?」


「それは、今はちょっと言えません。それよりお嬢様にお会いしたいのですが」


「う、うむ。いいだろう」


案内された部屋に寝ている女性に近づく。顔を見て息が止まる。


「シンシアさん……」

「な、なぜ娘の名を知っているのだ?」


頭の中で"どうして?、何故だ"がグルグル回る。………………やってくれたな。


「女神ナーシャ様の思し召しとしか言いようが……」


「ナーシャ様の思し召しだと……色々と聞きたい所だが、君と面識が無いのは明らかだ。しかも無駄だと解っていても、シルバーが方々に薬を探し回った結果、君と会ったのだ。君を信じよう」


「ありがとう御座います」


改めてシンシアさんの顔を見る、生きてはいるが精気が全く感じられない。


「これは、病気と言うより呪いの類いでは?」


「呪いか?……それも考えた。私も一族に伝わる様々な書物で調べたのだ。死んでいるなら冥界神の司る冥界に行き、我々には手の出しようが無い。


しかし生きている、つまりこの世と冥界の間、魂の世界と言うのか精神世界と言うのかは解らんが、そこにいると考えられる。呪いだとすると、無理やりそこに連れていかれたのだろう」


「つれ戻す方法は無いのですか?」


「有るにはあるが、それが難しいのだ。直ぐには手にも入らん」


「手に入らんとは、必要なのは物なのですか?」

「ああ、そうだ。"死者の書"だ」


「死者の書……?」


「そうだ。稀にリッチを倒せば手に入ると言われている」


「あっ、それ持ってるかも」

「はぁ?」



ーー


「さすがの私も君には呆れるな。いや、失礼。称賛しているのだよ」


「いえ、偶々ですから。でも読めませんでした」

「それなら大丈夫だ。賢者が書いた辞典が有る」


「読めたとして、どうするのです?」

「この部屋を魂の世界の入口にするのだ」


「なるほど。で、行くのは誰が……」

「君しかいないだろう。娘を助けてくれ頼む」


「分かりました」



こうなるよな、やっぱり。


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