5  村の跡地 (その1)

崩壊は宿屋のみならず、村全体に及んだ。先にやることやってから宿に行って良かったと、エットォは胸を撫で下ろす。


それにしても村人たちはどこに行ったのだろう。エットォが放りだされた周辺には見当たらない。ブラックコーンにまたがったディアブルが無表情で村の跡地をながめているだけだ。


「また村が一つ消えた」


ディアブルがブラックコーンから降りながら、ぽつりと言う。


(それを言うなら『死んだ』だったような)


エットォは内心そう思ったが言わずにいた。


「ディアブルさん、また一つ、ってことは、以前にも村を崩壊させたんですか?」


「いや、これが初めて。照れる」

「照れる、は私のセリフ。取らないでくださいな」


「たまにはよかろう」

「えー、ただじゃイヤだ。アイテム寄越せ」


「強欲な・・・アイテムなんか持ってない」

「ディアブルの嘘つき! ドロップアイテム持っているはずだ」


チッ、とディアブルが舌打ちする。


「それにしても、ブラックコーン、凍らないんですね」

「氷耐性を獲得済みだ」


「その耐性、どうやったら獲得できるんですか?」


「フフフ」

とディアブルが照れ笑いする。


「笑って誤魔化さないでください。さては考えてないんですね」

「まさか! だが、まだ言えない」


「本当に?」

「本当だとも?」


エットォとディアブルが、互いを見ながら

「へへへ」

「フフフ」

と照れ笑いした。


「それにしても、はじまりの村はなんで崩壊しなかったんでしょうか?」

とエットォが聞いちゃいけない事を聞く。


「あぁ、あれは、大浴場が村の外にあったからだ。宿屋の部屋から大浴場まで、長い廊下で繋がっていただろ? 宿が勝手にフィールドにある温泉を利用していた」


「廊下なんてあったかな? てか、それ、バグじゃ?」

「そもそもおまえがバグだ」

とディアブルに言われ、


エットォが

「へへへ」

と、照れ笑いする。


「大浴場がある宿なんて、聞いた事がないだろ?」

「探せば見つかるかもしれない。でも、ここはディアブルさんの顔を立てておきましょう」


「キサマ、私に恩を売る気だな? 私の顔が横になる事はなさそうだが・・・」

「恩の対価はアイテムで・・・いつか横にしちゃいますよ」


いやらしい笑みをエットォが見せる。


「お、悪寒おかんが・・・虫唾むしずが・・・」


≪ ディアブルが苦しんでいる ≫


エットォの経験値が僅かに上がったが、すぐ元に戻った。ディアブルは休暇中だ。


「それにしても、服、変えましたね」

「外界を遮断できる服に装備を変えたのだ、わっはっは」


「なぜ高笑い?」

「これで、私の本体に『直に』触れなければ、凍ることがない」


「あー、例えば、こんなふうに?」

と、エットォがディアブルの胸のあたりにべったり触れてみる。


「こ! 凍らない!」


「フフフ」

とディアブルが照れ笑いする。


「それにしてもディアブルさん」

「はい?」


「いい身体していますねぇ。筋肉隆々です」

「羨ましいか? くれと言ってもやらんぞ?」


「なぜそこに疑問符?」

「たぶん勢いじゃないかな?」


「筋肉隆々のその身体、欲しいって言えば欲しいけど、別の意味で欲しいです」


「どういう意味だか言ってごらん。詳しく、より詳細に、一から十まで、一つの落ちもなく、具体的に」


「言ってもいいんですか?」

「いざとなったら、ピー音で塗りつぶす」


ニターとディアブルが目を細めて笑う。 


「ディアブルさん」

「はい?」


「伏字って手もありますよ」

「それ、セリフ考えなくちゃならないじゃん」


「セリフ考えるの飽きました?」


「伏線だ回収だ、リアルな設定だ、繊細な描写だ、なんての考えるのに疲れたら、気晴らしにここに来てるらしい」


「誰が?」

「誰だろう?」


「へへへ」

「フフフ」

またもエットォとディアブルが顔を見合わせて照れ笑いする。


「で、ディアブルさん」

「はい」


「実は欲求不満ですか?」


「その心は?」

「もう前座じゃなくなったので、答えられません」


「前座の内にやっときゃ良かった」

「だからー、欲求不満なんでしょー?」


「はっけよい!」

「のこった、のこった!」


思わずエットォ、四股しこを踏む。


「順番がおかしいぞ。どこに『のこった』で四股踏むヤツがいる?」


「ディアブルさん」

「はい」


「ディアブルさんと相撲取ったら私、凍りますよ? その頬に自分のほっぺた、くっ付けたい気持ちを抑えたエットォです」


「四つに組んだ体勢の氷像・・・コレクションに加えたいような、加えたくないような」


何気にそそるかも知れない、とエットォには聞こえないようにディアブルが呟く。でも支えなしじゃ立たせておけないな、と考え直す。


「氷像のコレクションがあるんですか?」

「モンスターの氷像が無限にある。いざとなったら生き返らせて戦わせる用」


「私、モンスターと並べられちゃうの?」

そんなの嫌だとエットォが涙ぐむ。


「いや・・・勇者なら氷像になっても自動セーブ機能が・・・」

「使えるのかな?」


「たぶん、気分次第で」

「なんでも気分次第ですね」


「いけないか?」

「いけなくはありません」


「そうだろうとも」

満足そうな笑みをディアブルが浮かべ、エットォの胸がキュンと鳴る。


「あ、コイツ、フリーズしてる。凍らせたわけでもないのにフリーズしてる」

ディアブルが高笑いする。


「今の内に移動することとしよう」

そう言いながらブラックコーンに、ひらりと飛び乗るディアブルである。


「次もあったらまた会おう!」


身動き取れずにいるエットォの耳に、ディアブルの哄笑が響いた。

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