2  旅立ち

エットォは翌日、宿を出るとき、宿の受付嬢に昨日の男の事を聞いてみた。


「あぁ、ディアブル様だわ」

「何している人?」


「そんな個人情報、言えないわ。ディアブル様は今、休暇中だしね」


休暇中、っていうのも個人情報なんじゃないのか、エットォは思ったが、言ったところで教えてくれないだろう。


「休暇なんて取れるんだ?」


「チュートリアルの宿屋の受付嬢が行方不明になったのに便乗して長期休暇を取ったらしいよ。ちゃんと休ませないから失踪されるんだって脅したらしい」


「へぇ、受付嬢が行方不明になることなんてあるんだ?」


その行方不明の受付嬢は私さ、と、内心、舌を出すエットォだ。


「ね、珍しいこともあるわよね。まぁ、宿に泊まらなくても、アイテムは自動補填だから、何とかなるらしいよ」


「へぇ、そんなもんなんだ。それより、その、ディアブルって、どこに行ったか判らない?」


とエットォが聞くと、


「暖かい所に憧れているみたいだよ」


と、教えてくれた。


それじゃあ、南か、とエットォが思っていると、


「それにしてもあなた、私に似てない?」

と、受付嬢が言い始める。


「そうぉ? 他人の空似でしょ」

と、笑って誤魔化し、エットォは宿を後にした。


名前もない宿の受付嬢なんて嫌だ、とチュートリアルを飛び出したエットォだ。


『勇者の証』をアイテムボックスからくすね、ギルドの受付嬢を騙暗だまくらかし、勇者の身分を手に入れた。


エットォと言う名前になったのは失敗からだ。名前を聞かれて「えっとぉ・・・」とつい言ったのを受付嬢が勘違いし、登録してしまった。


まぁ、自分の名前がすんなり出ないのもおかしな話だから、エットォは何も言わず、その名に甘んじた。


マップを見ると、南の村まではかなりの距離がある。この辺りのフィールドには、どんなモンスターがいるんだろう・・・


南の村との中間あたりにオアシスがある。そこまで兎に角、行ってみよう、と、エットォは村を出た。


軽快なBGMに乗り、旅はまずまず順調だった。どうせ、はじまりの村の付近には、そう強敵はいるはずもない。


鼻歌交じりで進んでいくと、向こうに目指すオアシスが見えた。


わーい、と飛び込むと、BGMが消え、静かな草っ原が広がっている。


奥には大きな池が見え、横にやっぱり大きなヤシの木が数本生えている。池の水を黒い大きな馬が飲んでいるのも見える。


(近づいても大丈夫かな・・・)


恐る恐るエットォは馬に近づいて行った。手に入れられるなら手に入れたい。でも、かなり大きな馬だ。それに強そうだ。


「近づくと蹴られるぞ」


不意に男の声がして、振り返ると、ヤシの木の陰に立つ者がいる。


「あ。冷え性だ」

「なんだ、駆け出しか。何しに来た」


「勇者なので、旅をすると相場が決まっていますが。それに駆けだしから、さっき前座ぜんざにレベルアップしました」


「あれ? 勇者じゃなかったっけ?」

「勇者のはずですけど?」


男がじろじろエットォを見る。


「見た目は勇者」

と、男が言えば、ついエットォが釣られる。


「中身は・・・」

なんて言おうとエットォが考えているうちに男が先に言ってしまう。


「受付嬢?」

「げっ!」


「おまえか、チュートリアルの受付嬢!」


慌てて逃げだすエットォの腕を男が掴む。


「ひぇえぇ!!! 冷たいよぉ」

「あ、ごめん」


凍り始めたエットォの腕を、男が放す。


見るとエットォの腕、肘と手首の中間あたりが凍っている。


「なんとかして」

真面目にエットォが男に縋る。と、言って縋りつくと凍りそうなので目で訴える。


「五月蝿い、じっとしてろ。狙いが逸れると凍ったところが粉々になる」


「ひっ!」

と、急にエットォの腕が元に戻る。


「巧くいって良かったな」

と、男は満足そうだ。


「ちょっとぉ!」


そんな男にエットォが抗議する。


「こんな怖い思いさせて、どう責任とってくれるのよ?」

「出た! 他人に責任 なすり付けている」


「何を言ってる、今度は完全にあんたのせいだ。私、あんたの名前知っているんだからね! 訴えてやる」


「訴えると来ましたか。どこへ訴える気なんだか。それにしても、名乗った覚えはないが」


「ディアブルさん」

「はい」


「ほら、知っているでしょ」


つい答えたディアブルが、ちっと舌打ちする。


「お仕事なぁに?」

「なんでしょね」


今度は引っかからない。ディアブルがニッコリ笑う。その笑顔にエットォの胸がキュンと鳴る。


「それじゃ、凍りたくなかったら、もう来るなよ」

「えーーー、もっと遊ぼうよ」


馬、と思ったら黒いくせにユニコーンだ、に乗りながらディアブルが笑う。


「私と遊びたかったら、氷耐性を付けてからくるんだな」


「そのユニコーンの名前は?」

「ユ○クロ、と言わせたいか? 残念だったな、ブラックコーンだ」


「お菓子にありそうですね」

「それはサ・・・」

と、ディアブルが口籠くちごもる。


「それでは、さらば!」


なんて誤魔化すかと、ワクワクしながらエットォが待っていると、さっさと行ってしまった。


待ってーっとエットォもオアシスを飛び出す。


《エンカウント》


「ぐはっ!」


カリオンが現れた。十頭だ!


焦るエットォの耳に、ディアブルの哄笑が聞こえた。

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