魔王ディアブルは本日休業

寄賀あける

1  はじまりの村

使ったことのない『頭脳』をフル回転に使った気がする。『筋肉』もそうだ。お陰で、軽い頭痛がするし、あちこち凝っている気がする。


レベルを上げようと、ザコ狩りに精を出しすぎた。まぁ、予定していたレベルには到達したから、ま、いっか。


駆け出し勇者エットォは、宿屋の個室を出ると、温泉だと言う大浴場に足を運んだ。少しはマシになるかも知れない。


大浴場はガラガラでエットォ以外に客がない。真っ昼間だからかもしれない。みんな、周辺の荒れ地にレベルアップのための狩りに行っているか、次の村に行ってしまったか、あるいはギルドでクエスト探しをしているか、そんなところだ。


私も明日にはこの村を出て、次の村に向かおう。予定したレベルには到達したし、取り敢えず装備も揃った、そろそろこの村ともさよならだ。


次の村ではパーティーを募ろう。魔法使いがいるといいな。


そんなことを考えながら、温泉に浸かる。湯は白い濁り湯で、もうもうと湯気が立っている。露天ではないようだ。


「はぁ・・・極楽、極楽」


つい、口に出る。そして両手を横に伸ばし

いたっ・・・」

と、そこにいた岩に言わせた。


そこにいた、岩? 驚いたエットォはつい立ち上がる。


「な、な、な、な、な?」


「に、に、に、に、に?」


「ぬ、ぬ、ぬ、ぬ・・・じゃない、いつからそこに?」


岩の手前に人がいる。湯煙で見えなかったか、そいつの存在感が薄いのか?


「キサマが来る前から。かれこれ1時間半ほど前から」


なるほど、同化していたか。エットォが納得する。


「のぼせませんか?」


「極端な冷え性なのに、住処が氷山と来ている。時々保養に来るのだ」


「それはたいそうおつらい事ですね」


「それでキサマはなぜここに? 目の保養までしたいと宿にリクエストした覚えはないが?」


「目の保養ですか?」


「いや、目の保養になるほどの物でもないか。標準サイズより少し大きめのバストが丸見えだ」


ギャッとエットォが肩まで湯につかる。


「見ましたね?」


「強制的に見せられたと思うのは私だけか?」


「責任、取ってくれますよね?」


「はて? 私は何もしていない。自分の過失を他人に押し付けようとは見上げた根性だ」


「それを言うなら、見下げたヤツだ、じゃありませんか?」


そこで男がニヤリと笑った。


「そうとも言うな」


「あーーー、今、笑って誤魔化そうと思っているでしょう?」


「いいや、皮肉って『見上げた根性』と使えることをキサマが知らぬだけだ。愚かなヤツめ。誤魔化そうとしているのはキサマであろう。自分の過失を私のせいにしようとしているではないか」


「それにしても、氷山に住んでいる割に色黒ですね」


「標準装備だ」


「標準じゃないのもあるのですか?」


「色白バージョンもあるらしい。形態変化すると色白になり、瞳が赤く燃えるらしい。ほかにもいくつかあるらしいが、形態変化したことがないから、詳しくは判らん」


「顔面蒼白になって、怒り心頭と言った感じですね。てか、形態変化だなんて、ボスキャラみたいですね」


「そう言うキサマは何者だ?」


「勇者です、駆け出しだけど」


ふぅん、と男がエットォに向き直り、まじまじと見る。


「勇者ねぇ、まぁ、駆け出しならこんなものか」


エットォも男をまじまじと見た。


浅黒い肌に黒髪、黒い瞳、きりりとした眉、形のいい唇、すっと通った鼻筋・・・エットォの心臓がドキッと音を立てた。


「冷え性さん、美形ですね。一目惚れです」


「冷え性さんとは私のことか? 馴れ馴れしいヤツめ、不愉快だ」


「わ、私だって! 胸を見られた上に、責任とって貰えない、そのうえ『目の保養にもならない』って言われた。わーーーーん」


ここは泣きどころと、エットォが泣き真似を始める。


「こいつ・・・駆け出しとは言え勇者の癖に泣いた。それとも何かのトラップか?」


そう、女の涙、と言うヤツね、エットォが心の中で舌を出す。


「泣くな、うるさい。あと二時間は湯に浸かっていたいのに」


「茹で上がりますよ?」


男がエットォをチラリと見る。そして、フンと鼻を鳴らして立ち上がる。


「きゃあ!」


流石にエットォも目をらす。すると、男は歩き出した。移動してエットォから遠ざかろうと言うのだろう。


「ちょっとぉ・・・」


追いかけようとして、ふと男が今までいた場所を見る。


「ぬおぉぉおーーーー!!!」


慌ててエットォは洗い場に向かって駆けだした。ブクブクと沸き立つ源泉、あっと言う間に大浴場は熱湯風呂に変わっていく。


「もうだめ、死にそう。てか、どんだけ冷え性なんだよっ!」


洗い場から見ると、奥のほうにぼんやり影が見える。


そして男の哄笑が聞こえた。

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