舞い降りる濡羽

 一際大きいトロルの蠢く死体アンデッドに、唐竹割りに長柄斧を叩きつけ、雄叫びを上げる。

 出来る限り、私に死者の注意を向けさせる。でないと、意識が途切れて暴走が始まった時、また守るべき人々を手にかけてしまう。

 トロルの死者を斬り捨てて、横薙ぎに冒険者風の死者の胴を裂き、斧刃の重さで隣にいた精霊族リルトトの死者を押しつぶした。


「吼え猛るもの、太古の衝動、原初の霊脈、魂の鼓動、命を燃やすものよ――」


 起動詠唱アクティベート

 スキルの大半は極大級でもない限り、スキル名を呼ぶだけで起動できる。つまり、このスキルはそれだけ危険なスキルだということ。

 クラス〈狂戦士バーサーカー〉を拝領し、最初に覚えたスキルがこれだった。

 そして第三位階レベルにまで上がった現在でも、スキルは増えていない。

〈狂戦士〉の齎す加護パッシブは強力で、その力は剣術スキルを使った〈戦士ウォーリア〉並みの威力を出せるけれど、この死者の群をどうにかできる程ではないし、そもそも一体一体相手をしていては、私の体力スタミナの方がもたない。

 だから、危険と分かっていても使うしかなかった。


「――汝、魂より出でて、汝、悉く骨となり、汝、悉くを灰燼と帰せ――生まれ出でて、死に往くものよッ! 〈狂戦士バーサーカー〉の四番ッ! 〈狂戦士化グロウラー〉ッ!」


 体の周りで赤い魔力粒子グリッターダストが渦巻き、実体化する。生物のようで、金属のような魔力で編み上げられた駆鎧クガイが、私の身を護るように宙を舞った。


「ぐるおおおおおおおお!」


 物理的衝撃波を伴う咆哮グロウル。一斉に飛び掛かろうとした蠢く死体アンデッドが衝撃で仰け反るノックバック

 その隙に――脚で地を蹴るよりも速く、私の思い描いた通りに体が跳ぶ。

 実体化した魔力粒子グリッターダスト駆鎧クガイに引きずられるように、夕暮れに舞った私は、半ば魔力に覆われて補強された長柄斧で、死者の首を纏めて刎ねた。

 それと同時に、自分の身体から力がゴッソリと抜け落ちるのを感じる。


「ぐ……凄い威力なのに、身体の別のところから力が抜ける……」


 自身で戦っている気がしない。身体を守るように浮遊する狂戦士の鎧片。それに操られているような感覚だった。

 でもまだ、コントロールは出来る。まるで暴れ馬のようだけれど、それでもまだ抑えが効く。

 ヒトの脚力では到底不可能な跳躍で間合いを詰め、ヒトの膂力では到底不可能な威力の斧を振るい、蠢く死体アンデッドを巻き藁のように斬り飛ばす。


 キチンと死に装束で埋葬されていた遺体。

 冒険中に亡くなった冒険者の亡骸。

 古く、殆ど肉が削げ落ちた骸骨。

 封印迷宮ダンジョンで討たれた魔物の死体。

 あるいは氷の精霊族ダルト・リルトトの集落の墓地から黄泉帰った者。


 有象無象、一切合切を無常に薙ぎ斬る。情感が死んで逝く感覚。死体は所詮死体でしかないはずなのに、濁った感情が口から零れ落ちそうな吐き気がする。

 それはスキルで呼び起こされた狂戦士の駆鎧クガイが、生命力ライフを吸い取っているせいか、それとも……


「まだ……!」


 斧を振るうたび、泥に沈むように混濁する意識を無理やり引き戻し、また振るう。

 ともすれば、主を無視して暴れ出しそうな狂戦士の駆鎧クガイを、かろうじて御しながら死者の群を刈る。


「感覚が掴めて来――」


 油断したところに、生命力ライフが吸い取られ、意識が飛びかける。意識を引き戻せば、日が落ちて下がった気温が手足を凍てつかせ、刺すような痛みが走った。

 死者はまだまだ十重二十重に精霊族リルトトの逃げ込んだ氷室を取り囲んでいた。ここで意識を失えば、レオナの時の二の舞になる。

 儘ならない。

 強力なスキルなのに、振り回されて。何のために戦っているのかも〈狂戦士バーサーカー〉に飲み込まれそうになる。

 分からない。


「私は……私はまだ……何も……何にも……!」


 目が回り、意識が朦朧として、手元が狂う。

 斧の一撃があらぬ方へ飛び、その隙を逃さず死者が殺到する。


「だめ……か……」


 突き飛ばされ、視界が回り、空を仰ぎ見る。

 逢魔が時を回り、赤く赤く焼ける夕闇の空から、羽音が舞い降りた。


 殺到した蠢く死体アンデッドが、大きな鎌で何かを刈り取られて、動きを止め、むくろへと還った

 大鎌に翼の人影。

 その腰に浮遊する、巨大な黒いカラスのような翼は、狂戦士の駆鎧クガイと同じ、生物とも金属ともつかない質感をしていた。


「クラカライン・ヴィオ・ドナ様ですね?」


 魔力粒子グリッターダストで編み上げられた、大鎌とワタリガラスの翼。それらを従えた男とも女ともつかない者はそう聞いた。

 泥と黒血と腐肉に塗れ、素裸に外套一枚で、獣のような唸り声をあげて斧を振り回している、もはや誰とも知れない私にである。

 墜ち汚れた私に名を告げるその姿はまるで――


「死……神……?」


 そういうと、死神は苦々しく笑みを浮かべる。


「やっぱり、そう見えますか」


 不思議と安心する、心地のいいボーイソプラノ。

 死者の群と、狂戦士。挙句に現れた死神。

 それに怯える妖精族リルトトたちへ優しく微笑んで手を振り、それから大鎌の石突で石を打って軽快な音を立て、こう、名乗りを上げた。


「ボクの名は〈死神グリムリーパー〉ヴァン・サリオン・レーヴァ。村の惨状を見、手遅れとして引き返すつもりでいました。よく、頑張られましたねヴィオ様」

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