失意の戦姫③

 迷宮と違い蠢く死体アンデッドの数はまばらで、一体に絡まれたくらいであれば長柄斧の一撃で屠った。

 駆けている視界のあちこちに、だらしなく歩く死体が目につく。

 ミルルが着いてきているのを確認しながら、道行く死体を斬り捨てた。

 封印迷宮ダンジョンから迷い出るモンスターを『ワンダリング・モンスター』と言い、村落や荘園ではたびたび問題になるけれど、でも、この数は迷い出たワンダリングなどという数じゃない。


「なんて数なの……まるで迷宮から死体があふれ出しているような。これじゃあ村の方は」


 道を塞ぐ蠢く死体アンデッドを斬り伏せたところで、村を一望出来る丘の上に出た。

『氷河の迷宮』の攻略に赴く前にも立ち寄った氷の精霊族ダルト・リルトトの村。

 村といっても、この近隣では人間族ノイエ貴族の荘園に次いで大きい集落だ。裏の山に封印迷宮ダンジョンを抱え、その迷宮と密接な生業をしている関係上、自警団もある。

 しかし、そこは既に戦場と化していた。

 知能のない蠢く死体アンデッドが火を使うはずもないけれど、昼時で、かまどの火が燃え移ったのだろう。あちこちから火の手が上がっていた。

 風に乗って剣戟の音と怒声、そして悲鳴が漏れ聞こえてくる。


「やっぱりひどい有様……」


 私は村の一番大きな建物を探す。

 氷の守護天使アンヘルを祭った聖堂や、村長の屋敷は既に火の手が回っていた。


「聖堂も屋敷もだめ。後は……そうだ、氷室」


 氷室はたしか、ここからは反対側の村の外れだ。

 そう言って歩を進めかけたとき、遠く、村の通りをこちらの方に逃げてくる村人と、どうしてか目があった様な気がした。

 その口は「たすけて」と叫んでいるように読めたが、声は遠く、怒声や悲鳴、建物の崩れる音にかき消されて聞こえない。

 思わず手を伸ばしかける。届くはずもないのに。

 次の瞬間、その村人は蠢く死体アンデッド数体に飛び掛かられて、そのまま見えなくなった。

 貪るような動きをする死体の間から暴れていた手足が、すぐに動かなくなった。


「っ……!」


 頭の中で、仲間たちの死に際が蘇る。


「村の中を通るのはだめね……」


 一気に群がられたり、不意を打たれなければ蠢く死体アンデッドはそう危険な相手ではない。

 冒険者訓練所の手引きを思い出し、私は開けた丘の上の畑に刻まれた畦道を進む。

 村の中にはまだ住人が残っており、あちこちで死者に襲われているのが遠めに、いやでも目についた。

 だけど、私に彼らを助ける力はない。冒険者パスファインダーが聞いてあきれる。

 無力感に唇を噛みながら、私は更に走った。

 村の外れにある氷室は半ば丘に埋まっており、立て籠もるには適した構造をしていた。

 しかし――


「なんて数……!」


 方々から村人が逃げ込んだのだろう、氷室の周りは蠢く死体アンデッドで溢れかえっていた。

 氷室の入り口では、氷の精霊族ダルト・リルトトの自警団が踏ん張ってはいるが、クラスを持たない彼らでは蠢く死体アンデッドの相手は荷が想い。

 家具などを集めて作ったバリケードで、どうにか凌いでいるような状況だった。

 かといってここで手をこまねいている時間はない。もう日が暮れかかっていた。

 篝火もまともにない状態で、宵闇の戦闘は無謀過ぎるし、バリケードで耐えている自警団も限界が近そうだった。


「こうなったら――」


 そう考えた瞬間、血を吐いて事切れたレオナの顔が浮かぶ。

 スキル〈狂戦士化グロウラー〉は完全に制御できないわけではない。

 このスキルはおそらく二段階の効果プロパティがある。

 一つは生命力ライフを力に変換する能力。武器を一度振るうたびに生命力ライフを失うけれど、代わりに爆発的な攻撃力を得る。

 蠢く死体アンデッド相手なら、数体纏めて薙ぎ払えるほど。

 だけど、生命力ライフが一定以上失われると、だんだん意識が薄れてくる。完全に意識がなくなった結果が、レオナに剣を突き立てた、あのザマだった。

 おそらく二段階目に進むと、生命力ライフを使い切るまで暴走するようなスキルなのだ。

 私がいま生きているのはあの時、私の生命力が尽きる前に死者も、そして正者もすべてを斬り捨てたからに他ならない。

 生命力ライフが削れて暴走する前に、スキルを抑え込んで止められる?

 だけど、迷っている時間はなかった。

 蠢く死体アンデッドが前に詰まっている死者を踏み台にして、バリケードを乗り越え始めていた。

 立ちはだかるは死者の群。逃げ出したくもなるけれど、素裸の今の格好で、雪山を逃げ回ったところで、どうせ寒さで死んでしまう。


「迷うな、ダメで元々だ。レオナたちに貰った命、せめて使って死になさい私……報いるには……足掻いてやるしか、ないのよっ!」


 私は覚悟を決めて、素裸に長柄斧と外套だけのボロボロの格好で、それでも、飛び込んだ。

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