失意の戦姫②

 私は素裸のまま、精霊族リルトトの抜け道を這って進む。

 長年に渡り使われていた通路だけあって、尖った岩などが転がっていないのは幸いだった。狭い以外は思ったよりも問題はなさそうだった。

 脱いだ鎧下を敷き布代わりにしてもあちこち擦り傷だらけになるが、今はそんなことを気にしている状況じゃない。

 時折、お尻がつっかえるような狭いところもあったが、何とか通り抜けられた。

 長年、コンプレックスの一つだった小柄な体が、役に立つ日が来ようとは。

 ミルルはそう長くはないと言っていたけれど、結局、抜け道を抜けるのに一時間ほどは掛かっただろうか。

 通路の出口が見えた時、ちょうどミルルが戻って来ていたところだった。

 このあたりに植生している、背の高いトウヒを切り出すためのモノだろう。精霊族リルトトの道具にしては大きめの長柄の斧と、外套を抱えたミルルが通路を覗き込んでいた。


「ミルル、ごめん。引っ張ってちょうだい。お尻がつっかえているの」

「は、はい」


 ミルルに引っ張り出して貰い、私はようやく外に出た。長い事、穴倉の中にいた目を、白い日の光が焼いた。

 時間は昼を回った頃だろうか。

 こんな昼日中に迷宮を這い出た蠢く死体アンデッドが、ワンダリング・モンスターとなって村を襲うなど、聞いたことがない。


「あ、あの姫様、これを……」


 ミルルが私の裸から目を背けながら、外套を手渡してきた。

 自分の身体を見てみれば、髪も顔も体も埃だらけの泥だらけ、挙句に下着が一枚だけという、ひどい恰好だった。

 このまま水浴びでもしたいところだけれど、怯えた様子のミルルを見る限り、そんな猶予もないだろう。

 蠢く死体アンデッドの群相手には六人編成パーティを組んだ熟練の冒険者ギルドを以てしても敵わなかった。マトモな装備すらない素裸の私が駆け付けたところで、村を救えるとも思えない。

 だけれど、希望はないでもない。

 私たちが全滅したことを知らせに、既にミルルの村の者が王都へ遣いに出ている。

 あれからの日数を考えれば、王宮なり、象牙の塔ジヴォワールなりが迷宮攻略のための追加の冒険者パスファインダーを送り込んでいる筈だ。

 それまで耐えられたなら。

 できれば騎士団を送っていてほしいところだけれど、どちらにせよ、ミルルの村を救うには援軍の到着まで立て籠もるしかない。

 そんなことを考えていると、なにか意味のない言葉のようにも聞こえる、獣の唸り声のような低い音がした。


「姫様、死体が!」


 ミルルの悲鳴。

 どうやら、村から彼女を追っていた蠢く死体アンデッドが居たようだ。

 私はすぐさまミルルの持ってきた斧の柄を拾い、刃を引きずって走った。

 地を擦る斧刃を、クラス〈狂戦士バーサーカー〉の膂力で跳ね上げる。

 ユニーク・クラスの強力な加護パッシブによって引き上げられた私の筋力で斬り上げられた長柄の斧は、死体の股下から登頂までを真っ二つに切り裂いた。


「ひ、ひええええ!」


 目の前に千切れ飛んだ死体の肉片が落ち、ミルルが悲鳴を上げる。その目は私を見るけれど、その中にも不安の色があった。

 慄いたのは蠢く死体アンデッドに対してか、それとも、それを真っ二つに裂いた私に対してか?

 おそらくはその両方だろう。


「ミルル、私は村に向かいます。あなたは通路を戻って隠し部屋に隠れなさい」

「で、でも!」


 丘の上、立木の木陰、せせらぎの傍ら。何気ない普段通りの光景を歩く、死体。

 そこかしこに姿を見せ始めていた。

 話しているうちにも、蠢く死体アンデッドの数は増え続けている。すぐに動かなくては、囲まれたら手に負えなくなる。


「あなたを守りながらは戦えないの。後で必ず助けに来ます。だから急いで」


 不安な様子のミルルが通路に入った後、声をかけて入り口を近くのガレキで塞ぐ。

 そうこうしているうちに近寄って来ていた死者を一体、斧で斬り払いながら、私は村への道を駆けた。

 春先とはいえ雪山。裸足の足が凍り付いて刺すように痛いけれど、気にしている余裕はなかった。

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