二章

旅程①

狂戦士バーサーカー〉は、まだ守護天使アンヘルがこの世で深淵の悪魔ディアブロと戦っていたころ、この地に現れた名もなき英雄の呼び名だ。

 神話によるところ、ウルスス連王国建国の初代双王オーベリオン、ティターニアと戦い、その最中、返り血に酔った〈狂戦士バーサーカー〉はやがて動くものすべて、敵味方の区別なく屠りはじめ、最後には天より遣わされた〈死神グリムリーパー〉によって天界ハドリィ・リルに召されたという。

 神話にはいくつかのパターンがあるが、大筋は変わらず、時代の終わりに英雄として現れ、やがて暴走し、敵対する役回り。

死神グリムリーパー〉同様、戦いを生業にする者からは、戦場での死を暗示する不吉な名として知られていた。


「……彼がヴァン・グラム侯のご子息? 本当に妖精族ティーエの男児だわ……」

「春の儀式で〈死神グリムリーパー〉を拝領したという話だけど、大丈夫なの? ヴィオ様救出の重要な任務なのに。また暴走するようなスキルを持っていたら……」

「どうせまた、あのヴァン・グラム侯の仕業でしょう。一緒にいる象牙の塔ジヴォワールの教授が同道の条件として護衛に付けたそうよ」

「でも、三人とも顔は好みだな」

「ええぇ……リドリィ隊長……」


 同行している妖精族ティーエの妖精騎士パーティが焚火を囲んで、こちらをチラチラと見ながら、そんなことを口さがなく話していた。

 妖精族ティーエだけの騎士団だけあって、お付きの従者も全員女性。

 気を利かせてボク達は少し離れたところに天幕を張っているが、平原の中とあっては、彼女らの囁き声は晩餐会の会場よりもよく聞こえる。


「わたし、ちょっと殴って来ましょうか」

「返り討ちにされるからやめなさいって、シエロ」


 青筋立て、肩を回しながら立ち上がろうとするシエロを押しとどめる。

 礼儀作法はボクなどよりよほど心得ている筈なのに、ボクやヴァン家のこととなると男女の別なく容赦がない。


「しかも、従者付きで封印迷宮ダンジョン攻略だなんて……」

「彼女ら妖精騎士団は、妖精族ティーエ華族家の子女ばかりですからね。馬の世話などのために従者を連れて、優雅に迷宮へ赴くのは彼女らの様式なのですよ」


 憮然としたシエロに、ハウワッハ教授が講義のような口調で諭した。


「それは存じていますけども」

「お陰でボクたちも馬を借りられたんだ、良しとしようよシエロ」


冒険者パスファインダーは険しい場所へ赴くことが多いため、移動は乗合馬車か徒歩が常だ。

 彼女らが救出の任務を受けているため、道を急いでいることもあるが、こちらの馬まで用意してくれたのはありがたい事だった。


「そうですよシエロ様。お陰でオイラも村に帰れるんスから」


 ジャガイモと干し肉のシチューをキャンプ用のマグカップによそいながら、一緒にいた氷の精霊族ダルト・リルトトの少年ロロミトが気さくに言った。

 少年と言っても、人間族ノイエの半分ほどしか身長がなく、妖精族ティーエと同様に長寿な精霊族リルトトだ、ボクと歳は大して変わらないかもしれない。


「しかし、ロロミト少年は良く村への道案内を買って出る気になったものですね。一緒に来たもう一人の方は、精霊族リルトトの商館から出てこれないほど、怯え切っていたと聞いていますが」

「『氷河の迷宮』でアレを見ちまったら、ああもなるっスよ……」

蠢く死者アンデッドの群ですか」

「ああ。そりゃあ、おぞましい光景だったっス」


 思い出して寒気がしたのか、身震いしたロロミトは熱いシチューを一気に啜った。


「なぜ、ロロミトさんは村へ帰る気に?」

「母の具合が悪いんで街で買った薬を届けるついでっス」

蠢く死体アンデッドは怖くは?」

「怖いっスけど、アレが村に来たらひとたまりもないっス。それに妖精騎士の方々の道案内で褒美も貰えるんで」

「強いんだね」


 そう褒めるとロロミトは少し照れた後、氷の精霊族ダルト・リルトト独特の光沢のある青い瞳でボクを見つめると、


「そうっスかね……オイラには、どうにもサリオン様の方が、よっぽど強い……恐ろしいものに見えるっスよ……」


 そう彼はシエロやハウワッハに聞こえない様、小さく囁いた。

 ボクは精霊族リルトトの瞳には、魔力粒子グリッターダストの作用を感知する能力があったことを思い出していた。

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