シエロの憂鬱

「どうして引き受けてしまわれたのですか、サリオン様」


 まだ納得がいかないようで、寄宿舎に帰ってからもシエロは不満を言っている。

 気持ちは分からないでもない。

 五階層規模そのものの難易度はともかく、七階層攻略級のギルドが全滅するような、何かしらの異変が起こっている。

 加えて予想される敵はおそらく、大量の蠢く死体アンデッド

 三人しかいない上に、新米二人に位階レベルは高いが未経験一人。しかも、まともに前線を張れるのがシエロ一人では心もとない。


「不安要素しかないこの依頼クエストは回避するのが順当なところ。それはボクも同じ意見だけども」

「でしたら――」

「だけど『ウル山の大迷宮』で大ギルドである『フェンリル』が行方不明になったことも気になるからね。何かが起こっているのは確かなようだ。気にならない?」

「気にはなりますけど……しかし……」


 シエロはそれに首を突っ込んで、ボクが予期せぬ危険にさらされることを危惧しているのだろう。


「それでもボクたちには、受けざるを得ない理由もある」

「それは……」


 そう。

 通常、新米はクラスを拝領して、直ぐに所属する冒険者ギルドを探す。

 ギルドは大抵、街に拠点となるギルド商館なり、契約している宿舎なりを持っているのだけれど、ボクたちはギルドに入れなかった。

 もちろんシエロはボクに着き合う必要はないのだけれど、それを言うと身の危険を感じるレベルで怒られると容易に想像出来るので、横に置いておく。

 そんなわけで、今も冒険者訓練所の寄宿舎を借りているのだけれど、ここも春の新入生が来るまでには出なければならない。


「ここも、一週間以内には引き払わないといけないからね」

「そうでした……一旦、ヴァン家の御屋敷に戻るわけにも……行かないですね」

「ボクもシエロも、父上に啖呵切って出て来ているからね」


 シエロがそのことを思い出したようで、顔を覆ってうなだれる。


「むう……あの教授はそれを分かって足元を――」

「見ているだろうね」

「ではなぜ?」


 シエロは聡いが、それは彼女の善性に由来するものだ。

 権謀術数の根源のような父に、妙な仕込まれ方をしたボクが、むしろ一般的ではないのだろうけども。


「罠にハメるつもりであればハウワッハ教授自身が同道するとは言わないだろうし、王宮騎士団側にヴィオ姫の安否確認にかこつけて、ボクを暗殺したい理由もない」

「それにしては怪しい雰囲気の話でしたが」


 長年、ボクの身辺警護を買って出ているシエロの疑り深さというか、嗅覚のようなものに幾度となく救われたのは確かだ。

 だけど今回は少し事情が違う。


「おそらくだけど、シエロの勘に引っ掛かっているのは、ハウワッハ教授自身の危うさだろうからね」

「破滅願望でもあるんですか? あの方は」

「どうだろう……自己の知的欲求が優先されるタイプには見えたね」

「それは……あの方の場合、命に係わりませんか」

「だから今まで封印迷宮ダンジョンには赴いていなかった」

「では今回はどうして」

「父上が王政認可の特別攻略グランド・ミッションを発布しようとするほどの異変。この蠢く死体アンデッドの大量発生が、それほどまでに珍しい……或いは言っていたように、なにか危険な兆候なんじゃないかな」

「結局、危険なことには変わりないじゃないですか」


 シエロが諦めたように肩を落とした。


「どうせ何かに巻き込まれるのなら、事態を俯瞰ふかんして見られる場所にいた方が良い。それに、そう悪いことばかりでもない」

「というと?」


 彼女を慰めるように、ボクは優しく笑みを浮かべる。


「ギルドに所属していない上に、六人編成パーティにすら足りていない。ふつうなら攻略に赴く許可も取り付けられないけども、あのハウワッハ教授のフィールドワークと称してなら、封印迷宮ダンジョンに入れるでしょ?」


 ボクが目配せして言うと、シエロも「それは……そうなのですが」と、納得のいかない様子で納得したようだった。

 あとは勘の鋭い彼女の悪い予感が、当たらないことを祈るばかりだ。

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