迷宮の異変③

「護衛って……それなら同道する妖精騎士団に守って貰えば良いでしょう?」


 なにやら納得いかない様子でシエロが言った。


「妖精騎士の任務はヴィオ様の救出ですから、迷宮内で私の護衛までしている余裕はありません。同行の許可はあくまで、私が自分の身は自分で守るのが前提です」

「まさか、迷宮の中まで行く気ですか?」

「ええ。私の興味があるのは、今回のゲートキーパーの方ですから」


 ハウワッハ教授が眼鏡の位置を直してシエロに言う。


「余計に悪いです。五階層の迷宮は新米には手に余ります」

「妖精騎士団がヴィオ姫様を救出する過程で遭遇できれば、の話ですし、彼女らは情報を持っての帰還が第一義です。無謀な迷宮攻略はしないでしょう」

「そうは言っても、私とサリオン様だけでは……」

「ふむ。貴方とサリオン様では不安と?」

「な! わたしはっ! あなたはまだ〈死神グリムリーパー〉の能力も、サリオン様のスキルも見たことがないでしょう!」

「はーい、そこまで」


 普段はとても思慮深いのに、ボクのことを浅く見る相手には疾風怒濤に怒れるシエロさんである。仕方なく割って入った。


「落ち着いてシエロ、どうどう。危険なのはハウワッハ教授も承知しているはずだよ。曲がりなりにも封印迷宮ダンジョンと神代記が専門、象牙のジヴォワールの教授なのだから」

「サリオン様、しかしですね!」

「大丈夫だよシエロ。とはいえ――なぜ象牙の塔ジヴォワールの教授が? 普段通り、冒険者パスファインダーの持ち替える情報の精査でも十分なはずでは? 封印迷宮ダンジョンへ直接赴く学者など、聞いたことが……」

「フィールドワークは学者の第一義ですよサリオン様。ただ、クラスを持っていない者が封印迷宮ダンジョンへ入るのは大変危険なので、推奨されていないだけです」

「それが分かっていながら?」

「それでも尚、今回は赴く必要があると判断しました。それに、クラスを持っていない者では……ですよ、サリオン様」


 そう言うと、ハウワッハが指を立てる。

 その細く長い指先に黄金色の魔力粒子グリッターダストが集った。

 その魔力の光で空中に〈ステータス〉――古代天使語エンシェントで『自己』や『能力』を意味する言葉――を走り書くと、クラス拝領の時と同じ魔法陣が顕れた。

 この魔法陣を描き出せるのはクラス所有者――つまり、冒険者パスファインダーの証だ。


「あ、あなたも冒険者パスファインダーだったのですか」


 シエロが驚きを隠せない様子で言うが、ボクは別のところが気になっていた。


「ハウワッハ教授。このクラス〈学者スカラー〉というのは……もしかして」

「はい。〈錬金術師アルケミスト〉のハイ・クラスです」


 こともなげに言う。

 ユニーク・クラスほどでないにせよ、アーキ・クラスと一線を画す力を持つハイ・クラスも百人に一人の稀少なクラスだ。


「〈錬金術師アルケミスト〉は、象牙の塔ジヴォワールに訓練所があるんでしたか……」

「シャレで受けたら、拝領までいけちゃいましてね」


錬金術師アルケミスト〉はヒーリング・ポーションを作り出せるスキルがある関係上『絶対に食いはぐれないクラス』で、錬金術師訓練所は冒険者以上に難関として有名だ。

 その錬金術師訓練所を、本当に『シャレ』で突破したというのであれば、相当なキレ者ということ。


「サリオン様。私、この方嫌いです」


 シエロが半目で、礼をすっ飛ばしてしまう程度には天才ということだ。

 手前みそではあるが、父の推薦があったとはいえ、ボクとシエロが揃ってクラスを拝領出来たのは、お互いに相当の実力と努力と運があったと自負している。


「どうです?」


 シエロの直球の嫌味を気にした風もなく、ハウワッハ教授はそう言う。


「どうですもなにも……〈錬金術師アルケミスト〉って、迷宮探索に出られるクラスなんですか?」


 そう聞くと、ハウワッハ教授は自分の〈ステータス〉の魔法陣に記された位階レベルの項目を指さしていう。


「ハイ・クラスの研究という体で申請が通ったので、象牙の塔が溜め込んでいる『叡智の結晶石』を使って位階レベルを六まで上げたところ、〈錬金術師アルケミスト〉と違い、即応でも使えるスキルがいくつか習得出来ました。封印迷宮ダンジョン階層難度レベルとクラスの位階レベルは、概ね比例しているという論文がありますから、適正をすこし超える程度の能力はあるはずです」

「それは本職の冒険者パスファインダーの場合は、でしょう? 迷宮探索へ赴いた経験は?」

「ありません。そのために、サリオン様に護衛をお願いしているのです」

「ですよね」


 押し問答もキリがなく、結局ボクはハウワッハ教授の熱意に負けて、護衛を引き受けることにした。

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