迷宮の異変①

 封印迷宮ダンジョンの攻略。

 それは冒険者パスファインダーの第一義だ。

 神話の時代、深淵の悪魔ディアブロという人類の敵対種が、『ゲート』と呼ばれる空間の裂け目を通って、この世界レーンドラへとやってきた。

 深淵の悪魔ディアブロと戦った守護天使アンヘルたちは、各地に無数にある『ゲート』を覆う様に封印迷宮ダンジョンを作り上げ、深淵の悪魔ディアブロのレーンドラ侵攻を封じ、天界ハドリィ・リルへと還っていった。

 というのが、神代の簡単なあらまし。

 この封印迷宮ダンジョンは完全ではなく、深淵の側から、『ゲート』の機能を回復させるため、ゲートキーパーと呼ばれる深淵の悪魔ディアブロを送り込んで来た。

 それらゲートキーパーを討伐し、この封印迷宮ダンジョンの維持管理を行うことを迷宮探索、あるいは迷宮攻略という。

 そして、この役目を守護天使アンヘルから託されたのが、象牙の塔ジヴォワールの初代塔主のフレデリック・レオナード。彼と彼の仲間に拝領された聖体『クラス』が、現在の冒険者パスファインダーの始まりとされている。


「ヴィオ様一行が向かったのは北部、氷の精霊族ダルト・リルトトの集落近くにある『氷河の迷宮』。ゲートキーパーが発生した折には、ウルスス側から討伐騎士か冒険者パスファインダーを派遣する取り決めになっていました」


 ハウワッハ教授はそう言うと、戸棚から書類の束を取り出した。


氷の精霊族ダルト・リルトトが氷河から切り出した氷結晶は、我が国の主要な輸出品の一つですから、王族であるヴィオさまを加えた冒険者ギルドが請け負ったというのは筋が通っていますね」


 シエロの方を見ると、氷の精霊族ダルト・リルトトについて簡単な説明をしてくれる。

 ボクのためにいろいろと覚えているのだと謙遜するが、その記憶力は父の秘書も舌を巻いていた。


「そんな重要な案件を、王族とはいえ、冒険者に成って三ヵ月のヴィオ様に?」

「重要ではありますが『氷河の迷宮』は全五階層の迷宮です。ヴィオ様が加入した冒険者ギルドは七階層迷宮のゲートキーパーを討伐した実積があり、全十三階層を誇るウルスス最大の封印迷宮ダンジョンである『ウル山の大迷宮』にも挑んだことのあるギルドでしたから、通年通りであれば……」

「危険はあれど、大きな問題はなかったはずだった。つまり、通年通りでないことが起きている……と」

「はい。これは……妖精族ティーエ王家の方には申し訳ないのですが、お姫さまの生死とは、比べ物にならない問題が発生している可能性があります」


 ボクがそう聞くと、ハウワッハ教授はシエロの前に幾つかの報告書を置いた。

 促されるように、彼女は先んじてそれに目を通す。


「北部の村や、氷の精霊族ダルト・リルトトの集落で死体が消えている? 墓地を丸ごと掘り起こしたような事例もいくつかあるそうです、サリオン様」

「規模が大きすぎる墓荒らし、なんてことはないか――話からすると、ゲートキーパーが死霊術系のスキルを?」


 シエロの話を受けて、そう聞くと、ハウワッハ教授は頷く。


「ゲートキーパーをはじめとする、深淵の悪魔ディアブロが、守護天使アンヘル冒険者パスファインダー同様にスキルを用いることはご存じですね?」

「ええ、冒険者訓練所の座学で」

「シエロさん、死霊術系のスキルを用いられたと仮定して、その資料から気になる点はありませんか?」


 聞かれて、シエロは可愛らしく小首を傾げる。

 そして十秒もしない間に、口を開いた。


「……広いですね」

「どういうこと? シエロ」

「被害は氷河の迷宮の周辺……でも、その範囲が随分と広いのですサリオン様。地図をお借りしても?」

「どうぞ」


 シエロは立ち上がり、部屋に掛けてあったウルスス連王国の周辺地図から、氷河の迷宮の位置を指さし、それから南に下って王都と中間付近を指さした。


「氷河の迷宮はこの位置ですが、わたしの記憶が確かなら、一番南側で被害を受けた村は氷河の迷宮よりも、むしろ王都ニーベルンに近い位置にあります」

「その村から氷河の迷宮までは、地図によると一日以上……封印迷宮の最奥、ゲートを維持しているはずのゲートキーパーが出歩いて、方々の墓地で死霊術のスキルを使って回った……というのは荒唐無稽か」

「失礼ですが、ハウワッハ教授は……サリオン様に何をさせようと?」


 不穏な空気を感じ取ったのか、剣呑な雰囲気でシエロが教授に迫った。

 彼女の殺気を気にした様子もなく、ハウワッハ教授は何事もなく笑みを浮かべて話を続ける。

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