象牙の塔②

「しかし、こんなものまで頂けるほど……ということは、ボクがどこかの冒険者ギルドに入れる目はなさそうですね」

「その事ですが……」


 ヒーリング・ポーションを指で突いていると、ハウワッハ教授は紅茶を淹れてやってきた。学者の皮肉にあるビーカーではなく、品の良い調度だ。


「……サリオン様に折り入ってご相談があるのです」

「折り入って……ですか」


 警戒心が出て、僅かに身を引く。

 その意味するところは大抵、無茶か無礼か、荒唐無稽な話。それを象牙の塔ジヴォワールの人間が言うのだから、或いは『月の姫の難題』の類かもしれない。


「実はここ最近、各地でユニーク・クラスの拝領が相次いでおります」

「ユニークは、ハイ・クラスよりも稀なんですよね?」

「はい。本来であれば、それこそ十年に一人現れるかどうかというクラスですが……しかしここ一年ほど、象牙の塔ジヴォワールが確認しているだけでも、十数人のユニーク・クラスが出現しています」

「何かの前触れですか?」

「まだ憶測の段階ですが、教授会は良くない兆候と見ています。そして、ここウルスス連王国では、サリオン様が二人目のユニーク・クラスになります」

「ボクで、二人目?」

「三カ月前にも一人……ユニーク・クラスの拝領がありました」


 紅茶を勧めながら、白い手袋をしたハウワッハ教授はそう言った。今日の本題はボクのギルド入りが断られた話ではなく、どうやらこの話のようだ。

 巧くすり替えられたような気もするが、さりとて、ギルドに入れる筋がないからと言って、このまま手ぶらで帰るのも芸がない。

 紅茶を一口頂いて、教授の話に耳を傾ける。


「三カ月前というと、年二度の冒険者訓練所の定例会ではないですね。要人ですか?」

「ユニーク・クラスを拝領されたのはクラカライン・ヴィオ・ドナ様です」

「現クラカライン様はティターニア女王陛下の末妹……妖精族ティーエの王族の方で、ヴィオ様はそのご息女です」


 シエロがボクにそう囁いた。


「クラス拝領の後、騎士団へは入らず冒険者に成られました」

「自ら冒険者ギルドに? たしか妖精族ティーエ王家直属に、迷宮探索を主とする妖精騎士団があったはずでは?」


 妖精族ティーエには女性しか生まれない。

 また、その子も父親側の血か、妖精族の血のどちらかが顕れる。

 そのため、妖精族ティーエティターニア王家直衛の王宮騎士団や妖精騎士団には女性しか居ない。

 ボクのような混血の男性相は、妖精族ティーエの王室でも少々騒ぎになるぐらい珍しいものだと聞いている。


「理由は公表されていませんが、サリオン様同様、やがてクラカライン家に騒動を持ち込むことを嫌ったようです。臣籍も除名を希望されています」

「で、王家を出て冒険者に成ろうとしたら、よりにもよってユニーク・クラスを賜ったと……他人事に思えないな」

「たしかに、彼女も妖精族ティーエとしては珍しく、サリオン様と同じ黒髪と琥珀色の瞳をしていましたね」

「黒髪の?」


 人間族ノイエ妖精族ティーエに関わらず、白い肌に白い髪がウルスス民だ。寒い地方らしく人の色も白いここウルススで黒髪は珍しい。

 ボクはカップを見つめ、紅茶に映る自分の顔を見ながら言った。

 そこには妖精族ティーエの特徴である、クッキリとした切れ長の目元と、尖った耳。しかし黒い髪に褐色の肌、琥珀色の瞳をした『男』の姿が映っていた。

 作法を覚え、あしらえる様になるまでは、良く女のようだと莫迦にされたものだ。

 なまじ間違いではないから忌々しい。

 まあ、そういうことを言ってきた相手には、シエロが烈火のごとく怒り狂ったので、ボクとしては風貌で苦労した記憶はないのだけれど。


「それでヴィオ様はどうなされたんです?」

「サリオン様同様、王家の依頼で象牙の塔ジヴォワールが所属先の冒険者ギルドを探しまして……」

「その時は見つかったと」


 シエロが目を細めて皮肉交じりに言った。


「申し訳ありません」

「構いませんよ。向こうは王家。ウチは元老院貴族ですし、ボクはこの通り、混血の男児ですからね」


 そう言って自分の耳を摘まむ。


「……特徴は学者故存じておりますが、混血種ハーフティーエの男児は忌避する者も多い。外見的には華奢に見える程度ですから、あまり口外されない方がよろしいかと。耳当ては室内でも出来る限り外されない方が良いでしょう」


 学者と言うのもあるだろうが、物腰の柔らかいせいか、うっかり余計なことを喋ってしまう。相手はこれからクライアントにもなる象牙の塔ジヴォワール

 紅茶を一口含み、気を引き締めなおした。


「痛み入ります。話が逸れましたね……どうもボクとは事情は違うのでしょう? 何かありましたか?」

「ええ。話を戻しますが、新進気鋭の冒険者ギルドがヴィオ様を迎え入れられました。そこまでは良かったのですが……」


 王族とはいえ冒険者ギルドに所属した後、象牙のジヴォワールが心配することとなると、封印迷宮ダンジョン絡みでしかない。


「……封印迷宮ダンジョン攻略での消息不明、といったところですか」

「その通りです」

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