象牙の塔①

 クラス拝領の儀の後は、王族の主宰で行われる二日間に渡る大宴会。これには強制的に出席させられる。慣れぬ酒も飲まないとならない。

 打算と善意が六四程の塩梅。母のタンスから引っ張り出したというドレスを纏ったシエロが居なければ、酒のすすめを躱すのは大変だった。

 そうして今日は三日目。

 クラス拝領の儀の際、父グラムがヴァンの名を持って行けと言ったのが予想以上に効いているのか、ヴァン家を出て〈死神グリムリーパー〉などという不吉な名のクラスを拝領したにも関わらず、ボクは変わらずヴァン家の長子として扱われている。

 それはそれで予定外なのだが、今はそれでもいい。

 家督を継ぐのは弟だが、彼が成人するまでボクが矢面に使われるのならば、それもいいだろうと思った。

 元老院で権謀術数を振るい、常に冷静冷徹な父だが、ボクに向けられる視線が見ているものは、見も知らぬ母ではないかと感じている。

 父から預かった片方だけのイヤリング。

 ボクはそれをネックレスに加工して首にかけると、まだ二日酔いの抜けきらぬ頭を抱えて宿舎を出た。


 向かう先は封印迷宮ダンジョン管理委員会〈象牙の塔ジヴォワール〉だ。


「〈死神グリムリーパー〉ヴァン・サリオン・レーヴァ様。先日のクラス拝領の儀は素晴らしいものでした。どうぞ中へ」

「教授も参観されていたのですか?」


 シエロと共に応接室に通され、それほど歳の変わらない象牙の塔ジヴォワールの教授服を着た青年が、執事のように恭しくお辞儀をする。

 手には白い手袋。儀礼用のものではなく、医者か学者が付けるような種類のもの。

 真鍮製の眼鏡はレンズが高価な工芸品だが、象牙の塔ジヴォワール内では比較的出回っているものらしいと聞いた。

 冒険者からすれば迷宮管理委員会はクライアントであり、一種のパトロンにも当たるため、場合によっては横柄な対応を受けても致し方のないところなのだが、随分と物腰の柔らかい応対だ。

 それには理由がある。

 父曰く、冒険者にはボクと似た境遇の貴族の子女も多く、ただでさえ国を跨ぎ、繊細な立ち位置に居る象牙の塔ジヴォワールは、トラブルの火種になるような横柄な応対は禁じているのだとか。

 だが、冒険者パスファインダーという特記戦力を取り扱い、複数の国を相手にしている組織で、その物腰から甘く見れば痛い目を見るとも釘を刺されている。


「初めまして……ええと……」

「ハウワッハ・フェレウと申します。そちらは確か……フォン――」

「フォン・シエロ・ブラウン。サリオン様の〈戦士ウォーリア〉です」

「シエロ様。従者……いえ、冒険者ですからパーティメンバーですね。ではお二人ともこちらへ」


 名は家名が後にくる南部風。

 ボクやシエロよりは年上のようだが、この若さで教授であるなら、象牙の塔ジヴォワールでもとりわけ優秀な人物であろう。

 通常、クラスを拝領したての冒険者に割り当てられるは、助手の職階が殆どだが、彼は自推してきたとのことだった。


「よろしくお願いしますフェレウ教授」


 握手をしながらそう言った。


「ハウワッハで良いですよ」

「では、ハウワッハ教授……〈死神グリムリーパー〉を引き受けるという、奇特な冒険者ギルドはみつかりましたか?」


 部屋に設えられた、生地の良い上等なソファに促されて座ったところで、ボクが切り出すとハウワッハ教授は困った顔をして見せた。

 クラス拝領の儀の当日、大宴会に出席する前に、ボクは前もって象牙の塔ジヴォワールを訪れ、受け入れ先の冒険者ギルドを手配しておいてもらったのだ。

 ノーマル・クラスなら通常の手続きで事足りるし、もしハイ・クラスであったなら、それこそ引く手数多だっただろう。

 ボクの場合は〈死神グリムリーパー〉という、ただでさえ能力が不明瞭な上に、どんな危険なスキルを持っているか分かったものではない、不吉な名のユニーク・クラスだ。

 すぐには見つからないだろうと思い、前もって渡りを付けておいた。

 このあたりは父がそれを仕込んでくれたことに感謝せねばならないが、しかしハウワッハ教授の表情を見るに、ボクには父ほどの才覚は無かったらしい。


「申し訳ありませんサリオン様……方々手を尽くしたのですが」

「ダメでしたか」

「ユニーク・クラスに興味を持つ冒険者ギルドの方々も、戦士を天界に連れ去ると言われる〈死神グリムリーパー〉の名は、ギルドの士気にかかわると辞退されました」

「ヴァン家の名をもってしても、ですか?」


 シエロが納得いかないのか、口を差し挟む。


「左様です。今回はどちらかと言えば、ヴァン家の名は悪い方に働きましたな」

「ヴァン家の子息に何かあっては大変と?」

「ええ……もちろん、無下にという訳ではございません」


 ハウワッハ教授はそう言って、礼装の施された治癒の霊薬――ヒーリング・ポーションを数本取り出した。

錬金術師アルケミスト〉が儀式スキルを使い、半日かけてようやく一本作れるという、冒険者の消耗品の中で最重要アイテムと言って良い。

 これ一本で傷を再生し、簡単な毒や呪い、穢れを祓う万能薬。

 攻撃的な『魔術のスキル』を習得する〈魔術師ウィザード〉に対し、〈僧侶プリースト〉という加護的な『霊術のスキル』を習得するクラスがあるが、その霊術の中にも解毒や解呪はともかく、直接的な治癒や再生のスキルがほとんど存在しないことも、ヒーリング・ポーションの希少性を高めていた。

 その為、冒険者の間ではヒーリング・ポーションが尽きる前に撤退するのが鉄則とされている。


「これは?」

「クラス拝領の儀でヴァンの名を与えられたサリオン様の頼みを断ったことへの、詫びの品とのことです」

「新米の冒険者には高価な品ですが」

「元老院貴族に目を付けられたくないという心情もあるでしょう。先達からの応援の品として受け取られるのがよろしいかと」

「では、遠慮なく」


 つまり〈死神グリムリーパー〉の名は、貴重なヒーリング・ポーションを贈呈しても惜しくないぐらいには、士気に係わる危険な名だということだった。

 冗談にしては値が張り過ぎることを考えると、向こうに悪気があるわけでもないようなので、ありがたくいただくことにする。

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