一章

クラス拝領①

 二年後、三月、朝。

 まだ積る雪はうず高い。

 水は凍るように冷たい。

 寄宿舎の庭で身を清め、用意された真新しい儀礼用の衣を纏い、身なりを整える。


「着替えを手伝いましょうか? サリオン様」


 かじかむ手でややこしい造りの礼装を着るのに手間取っていると、女子宿舎の方から迎えに来た幼馴染のシエロが入ってきた。


「大丈夫だよシエロ。冒険者パスファインダーがいちいち着付けて貰うわけにも……よっ、と。これでどうかな?」


 ボクはなんとか礼装を着て、幼馴染に袖を伸ばして見せると、シエロはサッと寄って襟を直してくれた。


「これで大丈夫です」

「むう……」


 ここはレーンドラ北方ウルスス地方を統べるウルスス連王国の王都ニーベルン。

 その街の外れにある冒険者候補生の寄宿舎。

 街の中心の小高い丘の上には、右手に人間族ノイエ、左手に妖精族ティーエの城が回廊で繋がった、王都の誇る双王城がそびえ立っている。

 ボクたちは寄宿舎を出ると、その丘の下の一等地に建つ、荘厳な聖ガルナ神殿へと足を運んだ。


「いよいよですね、サリオン様」


 シエロは幼馴染。聡く、幼少のころからボクの疎い部分を補ってくれている。

 そんな彼女は、ボクを追いかけて冒険者訓練所に入った。

 ボクがヴァン家を出ると聞き、父ヴァン・グラムに直談判に行って、ボクの従者にするよう迫ったのだとか。

 翌日「冒険者パスファインダーとなるサリオンに従者は要らん」と跳ねつけられた彼女の元に、冒険者訓練所への入所書類が届き、晴れてボクの学友になったという訳だ。

 元老院の貴族たちが聞いたら肝を冷やしそうな笑い話だ。

 事実、彼女の父は話を聞いて卒倒し、三日ほど寝込んだらしい。

 そんな彼女には、敬称は要らないと長年言い続けているのだけれど、そのことは頑として譲らなかった。

 フォン家はヴァン家の分家筋だから、彼女にしてもボクにしても、そうした方が体裁の良いのは確かだった。


「そうだね……ようやく胸を張って家を出られる」

「ヴァン家の家督を捨てたがるなんて、本当に変わった方ですよサリオン様は」

「それを言うならシエロだってそうじゃないか。家を出て冒険者になると言ったボクに着いて来るなんて」

「誓いを立てたでしょう。あなたの騎士になると」

「子供のころの約束だよ?」

「誓いは誓いです。それにあなたのお父様の許可は得ているのですから」

「誤解を招きそうな言い方。それに冒険者パスファインダーを守る騎士というのもどうなの」

「〈戦士ウォーリア〉は前衛。パーティを守る盾です。立派な騎士道じゃあないですか」

「なるほど……そういう考え方もあるか」

「おかしいですか?」

「賢いシエロがソレで良いなら、ボクは構わないけどもね」

「今、小莫迦にしましたね?」

「そんなことはないよ」


 笑い合いながら街路を進むと、やがて開けた広場に出た。

 春と秋の年二回ある冒険者候補生のクラス拝領の儀は、街の人にとってはちょっとしたお祭りだ。

 ここぞとばかりに、たくさんの露店や芸人が商売に精を出していた。

 露店や屋台の向こう、正面に見えるのは聖ガルナ大聖堂。

 新たに冒険者パスファインダーに成る者のクラス拝領の儀は、探求の守護天使アンヘルぺレスヴァルが祀られている、この大聖堂で行われる。

 ぺレスヴァルは封印迷宮ダンジョンを探索する冒険者パスファインダーの守護者だ。

 毎年、数多の若者が冒険者を志し、才能か努力か、或いはそのどちらをも備えた者だけが、数カ月に及ぶ厳しい訓練の期間と、数週間の激しい試練を潜り抜け、ようやく冒険者の第一歩『クラス拝領』へと辿り着く。

 神殿のパトロンを務める、王族や貴族も列席する晴れの舞台。

 クラスが齎す権能スキルは、騎士や傭兵にも有益な力であることから、冒険者を志望する者以外も多くがこの試練を受けていた。


「ではサリオン様、わたしはあちらに」


 大聖堂の脇へ抜けて、裏の戸口から待機所に入ると、シエロはそう言って自分の志望する〈戦士ウォーリア〉候補生の集団の中へと移っていった。

 ボクはと言えば、身体が華奢なこともあって〈魔術師ウィザード〉を志望している。

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