第14話 コインロッカー怪異の後始末

 依頼人から妙な依頼を頼まれた。

 指定された駅のコインロッカー、一列だけを空であることを確認して欲しいと。


 やってきたのは女性で、にこにこと品の良く平凡な顔つきの女性。

 メイクで物凄い美女に化けるわけでもなく、ナチュラルメイクの腕前はありそうな女性だった。

輝夜を前にすると、どんな女性も顔面偏差値は下がってしまうのだけれど、と事務所の奥でレースゲームをしながら市松は内心揶揄した。


 輝夜はよく妙な依頼でも、探偵や事件性に憧れているのでよく引き受けてしまう。

 その度に事件を起こし、小説のように解決する立ち位置でもないのだが警察からは「またお前か」と顔なじみになっている変なポジションを得ている。

 本人は解決したいらしいのだが、どれもこれもが解決が難しい。

 何せ、人間が関わって満面でハッピーエンドで終わる事件は、絶対に輝夜の元にはこないのだ。

 何ならこの間の殺人鬼のように、犯人自ら輝夜のもとへ会いに来る始末。

 大人しくできない性質なのだろう。元から不幸体質、否、呪われているのだから。

 母親が理由とはいえ、関わりの無い神域に至る鬼でさえ魅了するのだから、飛び抜けて不安定な人間だと思う。

 人間であれ、妖しであれ、不安定な存在や危うい存在に心惹かれるのが世の常なのだから。

 加えて本人自身は興味の無い、あの美貌である。これで、熱狂的変質者が出ないわけがない。

 メデューサの末裔を名乗るアーティストはあれから少しは大人しくしてるかと思えば、しょっちゅう輝夜のもとに手紙を送り込んでるらしく。返事がなくても、送られるし、お中元までくるのだから厄介だとうんざりしていた輝夜を思い出す。


 兎に角、輝夜を皆ほっとけないのだ。己含めて。良い感情、悪い感情含め。

 自分の目的を遂げるには、簡単にいなくなってもらえばいいのに、現在も面倒をわざわざ見続けている。厄介な役割を、青鬼と一緒に頼まれたわけでもなく自主的に引き受けている。


 依頼人の「それでは」という声で市松ははっとし、レースで順位が三位であるのを確認してゴールをした。

 考え事をするつもりはなかったのに、と悔しがりながらゲームを消すと、市松は輝夜に依頼の内容をどうするか尋ねる。


「本当にお引き受けなさるの? どう見たって妖しいのに?」

「それが依頼だからね。何かあったら、天下の警察様と、法律様があるよ!」


 輝夜は分かっていない、その二つは敵に回る可能性はいつだって秘めている。

 万人の味方ではないというのに。


 しょうがないので一緒にコインロッカーの中を確認する仕事をすることとした。

 依頼人は一週間後の清掃が待てないらしい。その時点で、だいぶきな臭いというのに。


 問題のコインロッカーは縦一列につき、五個は並んでいた。

 さて、わざわざ一列を指定するのだから、何か罠は仕込んであるのだろう。


「先生がお開けに?」

「私の仕事だからね」


 ここで自分を頼らないところは、輝夜らしく好感が持てる。

 仕事に誇りを持っているのだろう、ただいざ危ないとなったら前へ出よう。

 順調に三つ開けたところで、嫌な予感がした。


 まず、五つ全て空になって誰が得をするかというと一番は依頼人だ。

 自分の望みを果たせた行為が分かる。では何故自分自身で行わないか?

 不利になる何かが、そこにはあるからだ。


「先生、ちょっと失礼」


 自分が開ける旨を伝えると、横でむくれる輝夜。

 幼い表情をする相手に呆れながら、コインを入れ、開ければ中には――。


 布きれが入っていた、若干の汚れがついたそれを輝夜が手にするより早く、市松が手にする。


「これは……赤ん坊の匂いがします。生まれたてだった香りが」

「でも赤ちゃんはいないな?」

「ええ、ではきっとどなたかが拾ったのでしょう、キーがかかったわけでもなし。ゴミ箱代わりに詰め込まれたのでしょう、このタオルが」


 危険サイン。

 本能が唸っている、この気配は妖しが関わった後のタオルだ。


 おそらくは――あの依頼人、誰かにクダンを押しつけたな。


 牛と人間の混ざり子の外見でもって、予言して死ぬ都市伝説。

 それが行われた後かどうかを確認して欲しい、ということだったのだろう。

 これ以上は関わらせてはいけない、クダン自身があまり宜しくない妖しだ。


 輝夜が興味が出ない話題の方向を、即座に口にして化かす。


「きっと、子犬が産まれ里親募集すら面倒になったあの女性が、他に拾ってくれたかどうか確認して欲しいと願ったのでしょう。人迷惑で御座いますね。良心が疼いた結果なのかしら」

「ふうん、何にせよ結果は写真に収めるよ、持っていてくれ。撮る」


 輝夜はカメラに収めると、興味をあっさりと無くした。


 これでいい。依頼人は絶対に、誤った結果を報告したとしても咎めないに決まってる。

 これは寧ろ正解してはいけない類いの、妖しからの関わり方だ。


「本当に手のかかる御方」

「まあまあ。コンビニのいなり寿司でも奢るよ」

「今日は牛カルビ弁当の気分です」


 輝夜は笑って、呆れきっている己の写真も収めた。

 この女自身は、きっとこうして間引きしている妖しや事件がある事実にすら気づかずに、生きていくのだろう。

 でもそれでいいはずだ、とてつもなくこの女は、重い呪いも幾重に絡んだ因果も背負っている。

 少しくらい、軽くする手伝いをしたって。少しくらいなら、ばれないし、許されるはずだ。人間の行き着く先はどうせは、死体だ。寿命であれ、何であれ。

 それならば、回り道したことを誰も咎めない。

 目的だって今のまま側にいれば果たせるのだから、少しくらい自由にさせてやってもいいのだと市松は己に言い聞かせる。


(感情移入は得意じゃないな。そういう意味ではあの鬼は役立つ、あいつはこの人の気持ちに寄り添えるだろう。僕は……寄り添えない、理解出来ない)


 人間の気持ちは、分かりたくもない。

 分かった瞬間、産まれて生きてきた記し全て後悔してしまうのだから。


 汚れたタオルは、写真を収めたらゴミ箱へ捨てた。



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