第11話 無欲であることの悩み

 薄暗い通りに、露店があった。

 物珍しさに、胡散臭さ満点でも気になった輝夜は露店に立ち寄った。

 この日は仕事帰りで、大層疲れていたので何も頭が働かなかった。

 せめてその場に吉野や市松がいれば、やめとけよと止めることができたのに。

 輝夜は露天商の並べてるアクセサリーを見つめ、変わったものが沢山在るなと過った。

 妖精の羽を剥製にしたような輝きのペンダント、何かの動物の牙を使ったアクセサリー。

 その中に二つ、ふわふわとやたらと空中に浮こうとする白い小さな毛玉を見つけた。


「これは?」

「ケサランパサランですね、とっておきの売り物だ」

「へえ」


 輝夜はそういう売り物で商品名なのだと勘違いし、毛玉のついたブレスレットを手に取る。

 ケサランパサランは幸福を呼ぶ妖怪だ、願えば願いが叶うのだ。数が多ければ多いほど、大きな出来事の願いも叶い、奇跡すら起こせる存在。

 しかし何も願いがない輝夜が手に取っても何も願いはないので、消えもしない。

 それに驚いた店主は愉しげな眼差しで、輝夜に笑いかけた。


「それ買う? 安くしておくよ」

「え? でも……ううん」

「お嬢さん、一期一会だ。物との出会いは。買っておきなさい」


 強制的な言葉なのに悪い気がしなかった輝夜は、それを考え込んだ末にあっさりと買うことと決め金額を手渡した。

 何度も告げるが考えるのに疲れていたのだ、輝夜は。


 買ってから早速ブレスレットを腕に付ける、それでも消えやしない毛玉に機嫌を良くした店主は手をひらりとふって見送った。


 輝夜はそのままアクセサリーをつけたまま帰宅し、帰宅したらすぐさま現れる狐面の男に疲れた面持ちを見せた。

 市松は気にした様子もなく、珍しく市松は手土産を手にしていた。

 おはぎを沢山お土産に持ち込んでご機嫌伺いでもする仕草で、自分の頬に手をあてる。


「先生、ちょっとね大変なの。お風呂壊れてしまって……」

「ああ道理で。いつもの君らしからぬ土産だ、わかったいいよ。使いなさい。このおはぎは貰っておく」

「流石先生、話が早い。っと、あら随分珍しいもの手にしてるのね」


 珍しいと言われてもぴんとこなかった輝夜に、市松から手首を示されはっとし頷いた。

輝夜はふわふわと浮き続ける毛玉を撫で、何の動物の毛だろうなどと思案を巡らせた。


「それを持ってるといいこと起きるはずよ、色んな人が欲しがるものだもの」

「そんな大層なものなのかい?」

「とおってもね。だから、欲しがる人に気をつけて。それ狙いで厄介なことに巻き込まれると思います。奇跡を起こせるほどの代物だから」

「君は欲しがらないのか?」

「喉から手が出るほどほしいけれど……そうね、僕は……手にした瞬間小さな幸せを叶えてしまう。大きな願いには辿り着かないかしら」



 市松はゴマすり手をやめれば、勝手にタオルやバスタオルを借りて、風呂に入ろうとバスルームへ逃げていった。

 どうにも本音を誤魔化していったなと輝夜には伝わったが、今はどうでもいい。

 問題はこれが何なのか判らないことだ。


「大きな、願い。そんなもの、ないんだ。小さな願いも」


 自分は病的なまでに無欲だから。




 あれから市松の言うとおり、確かに様々な人が輝夜のもとに訪れその毛玉を譲ってくれだの、五百万で買うだの五月蠅かった。

 譲ってしまっていい気もするが、どうしても後ろ暗そうな輩ばかりきていたので、そいつらの願いが叶うのは嫌な予感がした輝夜は身の安全のために断り続けていた。

 市松はその間風呂を借りに来ていたのだから、その顛末をことごとく目にしていた。


「頼む、千万! 千万出そう、それを売ってくれ!」

 見るからにヤのつく方が押し寄せて、輝夜は顰めっ面で扉を封じ背中で扉をしっかりと固定してうんざりとした表情をする。

「寄越さねえとこんな事務所潰してやるぞ!」

「それはお勧めしないよ、君たちの安全のために!」

 扉越しに聞こえる罵倒、今でも遠くから感じる吉野の気配に気付いてないのだろうか。

 吉野らしき気配が殺気立っているのに、命がいくつあっても間に合わない人達だと輝夜は辟易した。

 こういう人達が訪れるのは一度や二度じゃない。

 なんとか警察を呼んで撤退してもらっておまわりさんに頭を下げ終わった頃に、市松はやってきた。今日を終えれば風呂は治るらしい。


 やつれた輝夜に哀れと思ったのか、市松はいつもの社長椅子でもたれ掛かるように座る輝夜へ優しい声をかけた。


「先生、どうにかしてさしあげましょうか?」

「頼むよ、仕事にならないんだ……何がいいかな報酬は」

「いえ、こいつ一匹貰うだけで寧ろ此方が得をしますよ。じゃあそのアクセをくださいな」


 市松へアクセサリーを手渡すと、毛玉は一気にぱちんぱちんと二つとも弾けて消えた。


「いったいなにが……」

「あれはね、小さな願いを叶えるケサランパサラン。たくさんいればもっともっと大きな願いが叶うの。だから皆さん欲しがった」

「市松は大きな願いはないのか」

「ありますよ、いつか……いつか、僕だけのものが欲しい物があります。でも、その願いを叶えるまでに願いを制限できるほど僕は無欲ではないから」


 市松の過去に触れそうな話だ、もっと聞こうと思った瞬間インターフォンが鳴る。

 輝夜は慌てて飛び出ると、そこには湯河原屋のデリバリーが来ていて、市松が頼んだろうかと受け取って戻ってくればレシートを見て慌てる。

 きちんと依頼主のいるデリバリーだ、慌てて電話すれば「間違えて届けてしまったので、そちらでそれは食べて構いません」とのこと。


 その遣り取りをじっと見つめていた市松は、輝夜が電話を終えれば楽しげに声を弾ませ、寿司桶を奪いテーブルに置いてしまう。


「僕の小さな願いは、お寿司をタダでたべること。とびきり美味しいお寿司を。本来誰しもそういう煩悩だらけなのだから、ケサランパサランを長く手にするなんて無理なのましてや増殖なんて。彼らが手にしても一瞬で消えて文句言うだけ。それなら僕が軽い望みくらい叶えてもいいでしょう? ついでに方々へケサランパサランを貴方がお持ちだった出来事を忘れるよう願いましたし」

「……なるほど、私には思いつかない願いだ。呆れたやつめ。吉野もあとで来るだろう、あの子の分もとっておくんだよ」


 損をしている湯河原屋はどうでもいいのだろうかと、輝夜は思案を巡らせながら真鯛を味わった。

 後日ケサランパサランの記憶をなくした人々により輝夜は安全を保障され、露天商とも会うことはなくなった。


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