第2話 五つの合鍵

 気分良く終わった飲み会だった。

 一緒に飲んでいたのが、あの狐男だという異常ささえ黙認すれば、非常に楽しく面白おかしい飲み会だった。

 何だかんだであの市松という男とは気が合うし、話は相手の引き出しが多いしで、非常に愉快なのだ。

 胡散臭さにさえ蓋を閉めて、徹底的に出さないように縛り上げてしまえば、ただの声のイイ青年との飲み会だ。声は非常に美しい。

 狐面がお気に入りであれば、オタク文化に特化した街で飲みさえすればコスプレと勘違いしてくれる店員の有り難さが目に染みる。

 もとより人とは案外、通りすがりの誰かなど気にしないのかもしれない。忘れてくれるのかもしれない。


 単純に楽しい飲み会の後で、事務所兼自宅に帰ってきて焦ったのだ。

 いつも家で使う鍵がない。

 これはどうしたことかと悩んでいると、以前やけに激安で作って貰った合鍵を見つける。

 合鍵は五つあり、変な煌めき方をしていたのでやたら妖しい。

 しかも、五つの鍵全部に名前がついてあってこれまた妖しいので使うのを避けていたが、使う日がきたのかもしれない。


 なんにせよ、このまま外にいる状態では寒くて敵わないし、風呂にだって入りたい。

 風呂に入って湯上がりのジュースを飲んでから、一眠りといきたいものだ。

 何せ明日は休み、昼まで寝ても良い日だ。昼まで眠る行為の許される背徳感といったらなんのその。


 輝夜は鍵につけられた名前のなかで、「熱風」と書かれた物を使って扉を開けた。

 するとどうだ、扉を開けた部屋の中からとんでもなく熱い熱気が此方に侵食するではないか。

 扉を掴もうとすると一気にドアノブはやけどしそうなくらい熱く、なんとかマフラーを手に巻いて扉を閉めた。

 扉さえ閉めれば今までの灼熱の地獄はなんだったのかと思うほど、もとの寒気に戻った。


 なるほど、この鍵は名前の通りの部屋になるらしい。

 いよいよ困った、まともな名前の鍵がない。しかも一本使うと消えるらしかった。

 しかも鍵の中に「死」という鍵もあり、いよいよ頭を悩ませる。


 熱されたなら冷却しないとと思案した輝夜は、次に「冷却」と書かれた鍵を使って扉を開けたがおぞましいほどの寒気に身を震わせ、扉を開けた先には南極の寒さがあった。

 このままでは真冬に凍死してしまうということでやはり、マフラーをくるんで扉をしめた。

 扉を閉める度に鍵が閉まるようになっている玄関に、少しの焦れったさを感じる。


 さて、いよいよ残るのは「血の池」と「針」、それから「死」だ。


 比較的被害が少ない物を選ぼうと思案し、血の池を選んで見るも、今度は部屋が赤い血液で満たされ非常に宜しくない部屋の状態である。

 部屋にいるだけで気がおかしくなりそうな、血のにおいの強さだ。

 よくないものを呼び込むに決まっていると思考を巡らせた輝夜は再び扉を閉め、次はと針の鍵を開く。

 扉を開けば床に隙間なく、長々と鋭いサボテンのように無造作に突き出た針が至る所に見える。

 この部屋に入った瞬間それこそ死だろうと考えながら輝夜は扉を閉めた。



 さていよいよ残されたのは「死」の部屋だ。

 この鍵は単語の通りの部屋となっている。

 扉をあければよくないものを呼び寄せるに決まっている。

 それでも帰宅したい、早く部屋に帰りたい思いでいっぱいになる輝夜だ。

 何せ疲れているし、早く風呂に入って温まりたいのだ。


 そのように疲れた状態で、鍵を見れば使いたくなるのも人の心。

 鍵穴にゆっくりと、ぼんやりとした状態で。何かに引き寄せられる感覚で輝夜は鍵穴めがけて鍵を差し込もうとしたその瞬間。


「先生」


 背後から声をかけられ、嗚呼、と咄嗟にポケットに鍵をしまった。

 背後には先ほどまで飲んでいた市松がおり、市松は少し慌てた様子で自分に、今度こそ本物の自宅の鍵を差し出した。


「まったくもう、困りましたよ。とんでもない忘れ物するんですもの」

「いやあ、参ったね、有難う。これで風呂に入ることができる」

「先生、なんでドアノブにマフラーなんて巻き付けてらっしゃるの?」


 不思議そうに問いかける市松へ、輝夜は言葉を失い、ポケットの鍵を見せようとしたがポケットの鍵は消えて無くなっていた。

 だとすれば今まで起きたことなど説明しようもないし、証拠もない。

 輝夜は、酔い故に白昼夢を見たつもりにしようとした。


「ドアノブが寒そうだったのでね」


 鍵穴に、本物の鍵を差し込めば何事もなく扉は開かれ、安寧の地を得た輝夜は嘆息をついた。



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