freiheit-フライハイト-
石濱ウミ
何にでもなれるが、何もない
終わりの始まりを尋ねられたら、何と答えるべきか知っているかな?
知らない?
ならば、教えよう。
「たった、今」だよ。
――分かった?
『肉体という檻から解放されよう』
誰もが何体ものサイバネティック・アバターを所有することがすっかり当然になって暫くの後、このフレーズをあちこちで見かけるようになった。
これが世界による国を跨いだ巧妙なプロパガンダであると見破った人は、果たしてどのくらい存在したのか、今となっては知る由もない。
何故なら、大衆に広く浸透するのに、時間は大して必要無かったからである。
SNSや、あらゆる仮想空間の中において、団体や民間企業のみならず個人は、自主的に、時には受動的に、あるいは無意識にそのプロパガンダの片棒を担ぎ、やがて人々は何処へ向かい、何に率いられているのか分からない羊の群れと化した。
「宣伝効果のほとんどは人々の感情に訴えかけるべきであり、いわゆる知性に対して訴えかける部分は最小にしなければならない」とは、かの有名なヒトラーの言葉であるが、どれほどの時代を経ようとも人間とは所詮、欲の塊であり、その欲望を満足させ
つまり必要以上に知性に対して訴えかけないことが効果的なのである。人間の潜在的な欲求に囁くだけで良い。そうするだけで、人間に備わっている筈の知性という能力は脆弱さを露わにし、簡単に感情に流されるのだった。
脳による遠隔操作ロボットや、感覚機能を持つ何体ものサイバネティック・アバターを勝手良く自在に使いこなせる様になった人々にとって、実存する肉体は邪魔である以外の何物でもないと思い込ませるのが、どれほど容易であったことかは想像に難くない。
アバターは、老いることもなければ病気にもならず、そこには性別も人種もなく、外見はヒト以外のどんなものにだって思いのままに変えることが出来る。
そう。仮想空間に於いて、人間の欲求は全て叶えられることが出来るのだから。
生理的欲求、つまり食欲や性欲、睡眠欲などのそれらつまり快楽を伴うものは感覚機能によって満たされ、安全欲である病気や事故による心配のない生活。
また、社会的欲求である集団への帰属や愛情を与えるくれる
承認欲求も自己実現欲求も仮想空間内では現実世界より簡単に手に入るとあれば、人々は仮想空間こそが自分の居場所であると思い錯覚するのは訳がない。
西暦2184年。
ついに人間は、不老不死と引き換えに肉体を捨てた。
勿論、そこには例外もある。
少数の特別な人間を除いて。
限りある資源を無駄にしない。
それは、植物や鉱物のみならず人間もまた同じである。
何を使役するにあたっても人間の脳に優るコンピュータなど無いと気づいたのもまた、優越的な立場にある人々だった。
最終的に日本に於いては、二千万人ほどの優越的立場にある彼らが人間らしい生活を送るために、一億ほどの人間が喜んで肉体を手放したのである。
それとは、知らずに。
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