07話.[そこは任せます]
「本当によかったんですか?」
「はい、少なくとも二日は調整したことで時間がありますから」
やっぱりあの会社が意外というだけなんだろう。
一週間もまとまった休みがあるというのは中々ないようだ。
「行きましょう、実はずっとそわそわしてしまっていて落ち着かないんです」
「分かりました、荷物は俺が持つので任せてください」
「ありがとうございます」
墓参りをするために先生の実家がある他県に行くことになった。
ただ、実家に泊めさせてもうわけではなく、そこからあまり遠くない場所のホテルを予約しているということになっている。
俺は迷惑かもしれないが自分の親と話したいだろうからと実家に泊まるか、墓参りと親との時間を設けてからここに戻ってこようと言っていたのだが、全く聞いてくれなかったんだ。
「ごめんなさい、公夜さん的にはつまらないですよね」
「そんなことではないですけど、本当によかったんですか?」
貴重な休みなら尚更そういう時間を大切にしたいはず。
俺は別に普通の土日のどっちかに会えたらいい的な考えでしかなかったため、こう決まってから申し訳ない気持ちが沢山あるわけだが……。
「私は欲張りな女なんです、お墓参りもしたい、両親ともお話したい、あとはやっぱり……公夜さんといたかったですから」
「分かりました、それならもうなにも言いません」
そう決めているのであれば問題ない。
先生は――彼女は俺が全部ぶつけてもこうして言ってくれているんだから信じて付いていくだけでいい。
出しゃばらなければ問題はない、が、なにもしないというつもりもない。
それでもいまじゃないからとにかく荷物を運ぶことに集中する。
「どうぞ、優しい味なので落ち着きますよ」
「ありがとうございます」
それにしても新幹線か、乗り慣れていないから不安になる。
彼女は何度も利用したことがあるみたいだからその点はよかった。
少しの間は話しつつ過ごしていればいい。
「あの」
「え、あ、分かりました」
流石の俺でもそういう顔をされれば分かる。
ちなみに窓側に彼女が座っているのもあって、地味に目のやり場というのに困っているところだった。
だって通路を挟めば知らない人がいるわけだしな……。
俺が手を握ったらそのまま目を閉じて黙ってしまったからどうしたものか……。
寝たふりにしろそうでないにしろ、俺まで目を閉じているわけにもいかない。
「古地さんとはどうなんですか?」
「古地とは昼休みは一緒に弁当を食べますし、終わったら一緒に帰りますよ」
聞こうとしてやめたことだった。
連絡先を交換しているうえに話したがりな古地なら何度もやり取りをしようとするだろうから。
ただ、意識しすぎだと言われればあれだが、流石にここでわざわざいない人間のことを話に出すことはしなくていいと考えてやめた。
「毎日、ですか?」
「はい、余程のことがない限りはそうです」
「……やっぱり普段から近くにいられると違うんですね」
……この感じを見るに間違いではなかったということだろう。
あくまで目の前のことと彼女にだけ集中していればいい。
「私と違って十歳も若いですもんね」
「古地はあくまで友達です」
「でも、二十八歳の女よりいいですよね?」
「不安にならないでください」
○○に比べて○○は駄目なんて言うつもりはない。
そんな最低な人間というわけではなかった。
じゃあお前がひとりになっていた理由はと問われれば、細かく説明することはできなくなるが、少なくとも古地との時間を大切にするつもりなら今日来てはいない。
誘われていたのに悪いと断ってこっちに来たんだからな。
「……ごめんなさい」
「少し休んでください、ちゃんと起こしますから」
「はい」
結構遠いらしいからかなり時間がかかるかと思えばそうではなかった。
そこはまあ色々なところを突っ切っている新幹線のすごさということか。
値段はそれなりに高いが、この楽さと速さなら仕方がないと片付けられる。
「行きましょうか」
「はい」
ここから先は案内してもらわないとなにも知らないから大人しく付いていく。
その間も手を繋いだままだからこれはデートか? なんて考えつつ歩いていた。
姉弟ってわけでもあるまいし、少なくとも友達以上のそれだよな……?
自分からさり気なくできなかったのは少し悔しいかもしれない。
所詮口先だけかって言われてしまう可能性だってあった。
「まだ時間はありますけどどうします?」
「そこは任せます」
「分かりました」
合わせて出てきたからチェックインまでそう時間はなかった。
墓参りとか彼女の両親のところに行くのは明日チェックアウトした後にするみたいなので、いまはここで少し待つようだ。
荷物を持っている状態であんまり移動したくないということなんだろう。
「昨日、実は寝られなかったんです、だってこんなこといつでもはできないから」
「俺は大門さんといるときに眠たくなりたかったからちゃんと寝ましたよ」
そうしたおかげで今日も元気だった。
風邪を引かないで元気にやるにはしっかり食べてしっかり寝ることが大切だ。
だから百八十センチ以上になれた気がする。
「由貴って呼んでください」
「分かりました」
どうせならこういうやり取りは温泉に入った後とかにしたかった。
ご飯も食べてあとは寝るだけという状態ですればそれはもうそういう雰囲気になって的なこともあったかもしれない。
いまは外だし、通行人が多い場所だからどうにもならないというか……。
「私、古地さんに負けたくないです」
「古地が前、俺は嫌だってはっきり言ってましたよ?」
「そんなのあなたの前だからですよ」
いやいや、なんでも恋愛脳で考えるのは危険だ。
男女が一緒にいるからってなんでもそういう感情を有しているというわけではないんだから。
早く時間がきてくれと願っている内に入れる時間になったから助かった。
「お、綺麗な場所ですね」
「これも勝手に決めてしまってすみません、でも、過去に家族と一度泊まったことがあったので失敗しようがないかな……と」
「俺としては別に日帰りでも楽しめましたからね、つまり由貴さんといられればどこでもいいです」
しゃあない、俺みたいな人間であれば影響は受けやすいというもんだ。
一方的な好意をぶつけているというわけでもないし、仕事の方も順調にやれていたというところにそれだったから尚更な。
色々気持ちをぶつけてもこうして一緒にいてくれている時点で貴重なんだ。
だったら自ら離れるなんてもったいないだろうが、と更に変えた結果となる。
「どうしますか? すぐに温泉に入りますか?」
って、突っ伏されていてもどうしようもないぞ……。
ま、着いてすぐに風呂というのも微妙だからゆっくりすればいいか。
焦らなくても明日の十時頃までは余裕がある。
まだ十六時にもなっていないから足を伸ばして休むのも悪くない。
それよりもこっちだ、そこまで眠たかったんだろうか?
いま話していたばかりなのにそんなに速攻で寝られるもんなのか?
「私なんて担任でもないのによく話しかけてくる面倒くさい女だったんですよ?」
「よくって言いますけど、放課後にちょっとしか話してなかったですよね?」
「毎日ではなくても私はその少しの時間のために期待して教室に行っていました、あなたが高校一年生の頃からですよ?」
「俺としては滅茶苦茶ありがたかったですよ、普通にしているつもりなのに一年の頃からひとりになりがちでしたから」
いまほどではないが、地味にその時間を楽しみにしていた自分もいるんだ。
風邪を引いたらそれすらなくなるし、なんとなく教室に行きづらくなるからと頑張って管理した。
その結果、三年間で一度も休まずに済んだんだから間違いなくいいことで。
「俺は迷惑とか考えたことないですよ」
何度も言うが、自分から話しかけるのが苦手なだけで人といることが苦手というわけではなかったんだ。
ただ、待っているだけではどうにもならないぞと、特に高校時代には教えられた気がする。
今回頑張れているのはそういう経験をしていたからだと思う。
「それに由貴さんは他の生徒からも人気でよく話していたじゃないですか」
「みんなに対するそれとあなたに対するそれは違ったんです」
「じゃあ俺は得ですね、そういうのがなかったら高校を卒業した時点で終わっていましたから」
凄えよ、普通はちょっとずつとはいえ関わっていれば分かって離れるもんだろ。
ずっと近くにいてもらえるような魅力があるなんて考えたことはないし、実際になかったからあの結果だったんだろと言われれば納得するしかない。
人間性になんらかの問題があると分かっておきながら近づくなんてできないぞ。
教師をやっているとそういうのには強くなるんだろうか?
ほら、生徒だけではなくその親とも関わらなければいけないわけだからさ。
「こ、後悔しますよ? 私、相手が大丈夫だと分かったら本気でいきますから」
「本気じゃなかったんですか? それでも少しずつ出していくんですね」
「えっ、あ、……それでどうなんですか?」
「この前ぶつけました、だけど由貴さんはそれでどこかに行くどころかこうして一緒にいてくれていますよね。だから由貴さんがそのつもりなら俺だってもっと真剣に行動しますよ」
それこそこんなことこれから先できるか分からない。
大丈夫だと分かればどんどんやらせてもらう。
適当な考えでこうして一緒に泊まりにきているわけじゃないんだ。
「呼び捨ても?」
「できます」
「抱きしめることも?」
「できます」
「キスも!?」
「できますよ、相手が由貴さんなら全部できます」
したいと言ったら変態臭いからそこは許してほしかった。
年齢とか関係ない、彼女だからこそいいんだ。
「ちょ、ちょっと転ばせてもらいますね」
「はい、ゆっくりしてください」
俺は汗をかいているからいま転びたくはないので、なんか端の方にでも座っておくことにした。
「もう、公夜君は……」
「後悔しそうならやめた方がいいですよ」
「後悔なんてしませんけど、私は……どうせなら自分が慌てるようなことにはなりたくなかったんです。私が積極的にアピールをして照れた公夜君が見たかった……」
「不意にされれば俺だって影響を受けますよ」
それでもいまはやっぱり駄目だ。
汗をかいているから証拠を見せることもできない。
だから夜遅くまで付き合ってもらおうと決めた。
「もう……」
ご飯を食べてすぐに寝てしまった公夜君にもやもやした。
でも、少し丁度よかったからちゃんと返信しておく。
そうしたら電話がかかってきたからなるべく端に移動してから応答した。
「こんばんは、白平君とはどうですか?」
「白平さんは寝てしまいました」
なんとなくいま名前呼びはできなかった。
私の勘違いでなければきっと彼女だって……。
「私、古地さんに負けたくないです」
「そもそも争うつもりなんてないですよ」
「じゃあ……いいんですか?」
「いいんですかもなにも、私、そういう風に見ているわけではないので」
本人の前だから強がっている、聞いたときの私はそう判断したけど、この限りでは本当にないみたいだ。
それならこんなことを言っていても無意味だからやめておく。
古地さんとも出会ったからには仲良くできたらなんて……。
「それでもお昼休憩のときは一緒にいさせてもらいますけどね」
「はい」
「付き合ってくれるところは好きですからね」
「嫌々ではないところがいいですよね」
「はい、だから友達としてはいさせてもらいます」
お風呂に入ってくるという話だったので切るしかなかった。
一緒に来ている相手が寝てしまっているのであればこれ以上起きていたところでなにかがあるというわけではない。
だから凄く残念だけど寝てしまおうとしたときのこと、公夜君がいきなり起きてきてこちらを抱きしめてくれた。
私がよく読んでいる少女漫画みたいに寝ぼけているだけなのかと考えたとき、さらに力を込めてから「危なかったです」と教えてくれた。
な、なにが危なかったんだろう?
「今日ぐらいは夜ふかしするつもりだったんですよ、ひたすら付き合ってもらうつもりだったのに普段早く寝ているせいで朝まで爆睡するところでした」
「そういうことだったんですね」
とりあえず離してベッドに座る。
で、いまので眠気が吹き飛んでくれたのはいいんだが、起きたら起きたでどうすればいいのかが分からなくなってしまった。
無理したところでいい方へ変わるなんて限らない。
それに相手が全くその気でもないときにしたところで無意味だ。
「先程、古地さんとお話ししたんです」
「参加したいとか言っていませんでしたか?」
「いえ、楽しんできてくださいと言ってくれましたよ」
「古地らしいですね」
……ま、大体はどんな話をしていたのか分かっているんだがな。
そうでもなければ終わったタイミングであんなことはできない。
いきなり誰かと話したりしたら俺だって気になるというもんだ。
「でも、私は言いましたよね? あくまで優位な立場にいたいんですと」
「優位な立場じゃないですか」
「私は絶対に明日までにあなたの照れた顔を見ますからっ」
俺が慌てるようなことは正直もうない。
だってこっちもそのつもりで動いているから。
俺の照れ顔が見たかったのならもう少し前に大胆なことをする必要があった。
「電気消しますよ」
「えっ、で、電気を消してなにをするんですか!?」
「そんなのひとつだけですよ」
寝転びながらでも会話はできる。
一緒にいられている時点で満足できているし、お互いに全てをぶつけた状態みたいなものだから黙っていても気まずくはならない。
「……わ、分かりました、私もいまなら入浴後で綺麗な状態なので大丈夫ですっ」
「はい? えっ、ちょっ、な、なにしているんですか!」
「だ、だって電気を消したのならすることなんてひとつ……あっ、というかいま!」
いきなり点けられたことで眩しくてうっとなった。
彼女はかなり近くまで接近してきていたから逃げられる限りは逃げた。
ちなみに彼女は「見られませんでした……」と呟いているだけ。
「ちなみにいま、なにをしようとしていたんですか?」
「え、そんなの決まっているじゃないですか」
「キスもまだなのに?」
「し、知っているのにいちいち聞かないでくださいよ!」
体に惹かれてこうして一緒にいるわけではないから勘弁してほしい。
するとしてもそればかりは成人してばかりでないと不味い。
俺はいまとにかく仲を深めて一緒にいるのが当たり前にしたいんだ。
いやでもまさかそれぐらいだったとは、俺もまだまだ甘かったのかもしれない。
「でも、公夜さんが二十歳になってそのときもまだお付き合いを続けていたら、ですね。……こんな女、その前に捨てられるのがオチなんじゃ……」
自信があるのかないのかよく分からない人だった。
「そもそも勝手にもうお付き合いを始めていると考えるようなやばい女ですし、誘われて嬉しすぎて寝られなかったぐらいの女ですし、ただ寝たくて電気を消しただけなのにそれを勘違いして襲おうとする人間ですしっ」
「最後のそれ以外は普通に嬉しいですよ」
「でも、最後のそれだけでいいところが全部吹き飛んだようなものですよね……」
ああ、ネガティブモードになってしまった。
このままひとりで寝かせると微妙だったから……。
「一緒に寝ましょう」
「へっ」
「なに今更驚いているんですか」
同じ部屋で寝てしまっている時点で大して変わらない。
後悔しないか聞いて後悔しないと答えてきたんだから気にしなくていい。
「由貴」
「……あ、明日も早く起きてお風呂に入らなければなりませんからね、だからこれは仕方がない……ですよね」
夏なのに、冷房を効かせているわけでもないのに、暑いとは感じなかった。
寧ろ人の体温が心地いいとしか思えなかった。
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