06話.[経過してくれる]
「こんばんは」
「……はい」
今日はこちらから調子に乗って電話をかけたとかではない。
反応してみたら少し無音で、そのままにはしておけなかったから話しかけてみたらいまみたいになったというだけだった。
「もしかして嫌なことでもあったんですか?」
「……失敗して怒られてしまっただけです」
「言えることなら吐いてくれれば聞きますけど」
喋るなということならずっと黙っていたっていい。
これはキャリアの機能を使ってしているわけではないから充電がある限りはいくらでもできる。
ワイファイを使用しているから安いかわりに低いデータ制限に引っかかるということでもないんだから。
「……いまから会えませんか」
「それなら行きますよ、どこに行けばいいですか?」
「私の家……は無理ですよね」
「別に大門さんがいいなら行きますけど」
「それなら……お願いします」
外に出てみたら丁度雨もやんでくれていたから助かった。
傘をさななくていいというのは大きい。
急いでいるときであれば尚更なことだと言える。
まだあの工場で怒られたことはないが、怒られたら俺も多分今日の先生みたいになってしまうはずだ。
先生の家の前に着いて『着きました』と送ったらすぐに出てきてくれた。
入らせてもらうとこれまたすぐに飲み物をくれたから飲ませてもらう。
昼に来るのとは違うというのと、今日は先生の様子が違うから少し落ち着かない。
「いきなりごめんなさい」
「大丈夫ですよ」
「……失敗したならそこを指摘されるのは当然なのに悲しくなってしまったんです」
開き直っているわけではなく、謝罪をし、気をつけようとしているんだからそれでいいじゃないか、なんてのはまだまだ子ども視点で見てしまっているということのような気がする。
どういう失敗をしたのかが分からないから先生贔屓でいるわけにもいかない。
本当に悪くないのならともかくとして、そうではないならあなたは悪くないですよなんて言葉は追い詰めるだけだ。
「しかも情けないことに生徒がいる前で泣いてしまったんです、それが恥ずかしくてどうしようもなくて……」
「沢山いるようなところで怒られたんですか?」
「いえ、たまたま来てしまったというだけですけど……」
正直に言おう、これはなんて言ったらいいのか分からないだけだ。
だからとにかく黙って話してくれるのを待つ。
気の利いたことなんて言えないから変に話すよりは悪い結果にならないはずで。
だが、根川さんや古地ならこういうときどうするだろうか?
気にすんなって、失敗なら誰だってするって、そんな風に言うのか?
「自分が悪いのは確かです、それで被害者面するつもりもありません。……でも、なんか今日は直接白平さんとお話ししたい気分だったんです」
「俺だったらいつでも相手をさせてもらいますよ」
俺が成人していて酒を飲める年齢ならそういう店に行ってもよかった。
酒を飲むかどうかは分からないが、本音というやつをいまより吐いてくれそうだったから。
だって素面の状態のときに言ってくださいと口にしたところで「もうかなり言ってますよ?」とかなんとかで躱されるだけだろうし……。
「ちょ、ちょっと頭を撫でてもいいですか?」
「え? あ、いいですけど」
「失礼します」
数秒後、なんだこの時間はとツッコミたくなった。
やたらと真剣な顔でそうしてきているからもういいですか? なんて言えない。
ただ、これで俺のことをどう扱っているのかが分かったのはよかった。
所詮そこら辺にいる子どもみたいなものでしかないとな。
だからこそこうして家にだって誘えてしまうんだ。
「ありがとうございました、かなりすっきりしました」
「それならよかったです」
どういう風に見られているのかがはっきりしているなら勘違いすることもない。
俺はいままで通り求められたときだけ相手をさせてもらえばいい。
平日は仕事を頑張っているだけであっという間に時間だって経過してくれる。
恋は……諦めろってことだろ、絶対にそうだ。
「……私、教師失格かもしれません」
「え、すっきりしたんじゃ……」
「だって、このまま白平さんに家にいてほしいと思ってしまっているんです」
そういうやつか……。
でも、俺はもう生徒ってわけではない。
卒業してから約三ヶ月は経過しているわけだし、一緒にいてほしいって言ってくれたのであれば俺だってそのように動ける。
「俺はいいですよ、それでも」
「白平さん……」
「大門さんが満足できるまでちゃんといます」
絶対にそうだなんて考えた後にこれだからあれだが、相手がそうしたがっているのであれば話は別だ。
まあ、情けない話をしてしまえば自分で動くのは無理だというだけのことだ。
「もう入ったんですか?」
「いえ……」
「じゃあ入ってきてください、その間になにか作っておくので」
使っていい食材や器具を教えてもらってささっと作ってしまう。
今日はそれこそ少し早めの二十時半ぐらいではあるが、あまり遅くなるとなんかほら、肌とかによくないだろうからな。
それにどんなことがあろうと明日も平日で出勤しなければならないんだから切り替えていくしかない。
反省する必要はあるものの、必要以上に自分を責める必要はないだろうから。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
適当なところに座らせてもらった。
俺が今日しなければいけないことは先生を早く寝かせるということだ。
ごちゃごちゃ考えていても駄目になるだけだ、早く寝ればその分すっきりする。
「先程はあんなことを言いましたけど白平さんもお仕事がありますよね、だからそろそろ帰って休んだ方が――」
「寝ようとするまでいますよ」
風呂に入ったことで冷静になってしまったということなら、遠回しに帰れと言われているのに気づけていないということなら、俺はいまので終わったことになる。
そもそも俺に求めているのはそういうことではないと分かっているから終わりもなにも始まってすらいないのかもしれないが。
だけどいると発言したのは自分だ、今回もそれを守ればいい。
明日から不自然に連絡がこなくなるかもしれないが、そこは理由がはっきりしている分まだ納得できるというもんだ。
「ごちそうさまでした、美味しかったです」
「それならよかったです」
で、入浴と食事を終えたことで眠たくなってきたのか口数が少なくなってきたから帰ることにした。
精神的に疲れただろうからゆっくり休んでほしい。
出ていく際に手に触れられたときは今日のそれはそこまでだったんだななんて感想を抱いたのだった。
七月になった。
今年の違う点は工場内で暑い暑いと言っているところだった。
水分補給をしっかりしないとやられそうになるし、いつも通り熱くもあるから大変だったりもする。
だが、なんとなく冬よりはマシな気がした。
「そういえば久岡さんはもういないんだよなあ」
なんて独り言を呟いたところで見られることはない。
爆音がかき消してくれるし、教師みたいに見てきているわけではないから。
とにかく気をつけなければいけないのは手を切らないようにすることと、暑さでやられないようにするというだけだった。
「ふぅ」
だけど外で過ごせるというのは幸せだ。
会社用のために設置されているために少し安い炭酸ジュースなんかも買ったりしてゆっくりした。
汗臭くなることだけは気になることかもしれない。
「やっほー」
「汗臭いからあんまり近づかない方がいいぞ」
「大丈夫大丈夫」
なにがだよ、彼女もよく分からない人間だ。
当たり前のようにこうして一緒に昼ご飯を食べるから食べられないときは寂しく感じてくるぐらいだった。
「期末テストのために勉強をしていたのが懐かしいよ」
「夏休みのためなら頑張れたけどな」
「今年は一週間だけだからなあ」
「それでもあるだけ幸せだろ、俺の両親なんて二日ぐらいしか休めないからな」
「確かにそうかー」
あのときと確実に違うのは金があるということだ。
元々物欲というのがないから貯まっていたわけだが、それを遥かに超えるぐらいの金がある。
教師ってのは夏休みにも学校に行かなければならないんだろうか?
お盆休みぐらい存在していてくれればどこかに行ってもいいかもしれない。
「古地ちゃんは夏休みどうするんだ?」
「あ、根川さんっ。そうですね……あ、アイスとか食べると思いますっ」
滅茶苦茶イメージしやすかった。
で、○○グラム太っちゃったとか言い出しそうだ。
彼氏的存在の前で女の顔をしているところも想像できてしまい、なんてことを考えてんだとすぐに捨てる。
根川さんは「ははっ、若いからプールとか海とかに行きそうだな」と返していた。
まんま可愛い孫と話せて嬉しがっている人にしか見えなかった。
「根川さんはどうするんです?」
「俺はだらだらするだけだな、出かけられる人間とかもいないからよ」
「もったいないですね」
「ま、夏休みぐらいひとりで過ごすのも悪くねえよ」
まあ、こっちだって一週間全部誰かと過ごそうとしているわけではない。
多分、願望でなければ一日ぐらいは先生の方から誘ってくれるはずだ。
あ、いや、たまには俺から誘うのだって……。
「公夜は先生と過ごすのか?」
「予定が合えばですけどね」
「トラブルから泊まることになってしまったあ! なんてあるかもな」
「どうでしょうね、仲良くはなれていると思いますけど……」
「そこに違う女の子、例えば古地ちゃんみたいな子が現れて修羅場に! なんてことになるかもしれないぞ?」
そういう心配はない。
仮に来たとしても楽しく過ごすだけだ。
ふたりきりに拘っているわけでもないし、古地なら一緒に楽しめるから問題ない。
残念ながら俺が誰と仲良くしていようと嫉妬されるようなことはないんだよ。
「私は白平君みたいな子は嫌ですけどね」
「おいおい、嫌われてるぞー?」
「なんでそんなに嬉しそうな顔をしているんですか――あ、もしかして狙って――」
「なわけないだろうが! 適当なことを言うのは勘弁してくれよ、やっと普通に話せるようになってきたんだからさ」
確かにそうだ、苦手といった感じではなくなってきているように見える。
寧ろ「根川さんが来ないと寂しいね」とか言ってきているぐらいだからな。
職場に話しやすい人がいるというのは本当にいいことだ。
同期とかではなくてそれが先輩であれば尚更なことだと言える。
「それに俺は年上が好きだからな」
「意外ですね、根川さんは年下好きなのかと思いました」
「おいおい……」
「いやほら、面倒見がいいじゃないですか」
「まあ、頼ってもらえた方が嬉しいがな」
言葉にはしていないだけで甘えたいということなんだろうか?
いつも誰かのために動いているから好きな人といるときぐらいはそうしたいと。
別にそれはおかしなことじゃないんだから気にしなくていい、なんてな。
結局これは想像でしかないからどういう風に考えているのかなんて分からない。
「公夜が羨ましいよ」
「私もです、恵まれていますよね」
「ああ、恋愛に興味ありませんみたいな顔をしているのにな」
学生時代とは違うんだ。
俺にとってはいい方へ変われたと考えているからこのまま続けたい。
つか、元々人を遠ざけていたわけではないんだ。
俺はずっと誰かといたかった、でも、いられなかったからひとりで過ごすしかなかったというだけの話で。
相手が嫌がっているのに嬉々として近づいているというわけでもないんだし、恥じて改める必要はないだろう。
「しかも何気に飯も作れるからな、相手が落ち込んでいるときとかに作って揺らしていそうだ」
「どうせもうやっていますよ」
「「はぁ……」」
ふたりは歩いていってしまった。
いつまで子ども扱いされるんだろうかと気になっているぐらいだった。
俺と根川さんのように分かりやすく歳が離れているというわけでもないのに、あくまでこっちを見る目は生徒に対するときのそれと同じだから。
だからそれを変えたいなんて考えている自分もいた。
「ちょっと待ったー!」
「ん? 別にいつも一緒に帰っているだろ?」
「ちょちょ、真顔で返すのやめてよ……」
仕事が終わったばかりだというのにハイテンションだった。
俺としては早く座りたかったのでもう少し抑えてほしい。
「たまにはお金を食べ物に使おうよ」
「なにか食べたいのか?」
「やっぱりコロッケだよっ、仕事終わりにはちゃんと食べなくちゃっ」
「でも、これから夜ご飯だからな」
「うっ、あ、いやでも、おやつ! おやつみたいなものだから」
そういうことならと付き合うことにした。
会社近くにある肉屋のコロッケは美味しいから嫌というわけではない。
百円未満で買えるというのもあって、毎日とはいかなくても一ヶ月に数回買って食べる程度なら全く気にならない。
「ね、由貴さんとどうなの?」
「生徒と教師って感じだな」
「そうなんだ、進展とかしないんだね」
どう考えてみても俺自身の力で変えられるわけがなかった。
そうでなくても相手が動いてくれているからなんとかなっているだけだ。
あのときみたいに自分から誘うのはリスクがありすぎる。
「もうさ、がばっといってもいいんじゃない?」
「抱きしめるってことか? そんなことしたら二度と会ってくれないだろ」
「そうかな? 私はそんなことないと思うけどな」
一度会って俺らの様子を見たからこその発言なんだろうか?
女子はやっぱりそういうのに詳しいと、そういうことなのか?
「出会ったばかりの人というわけではないんだし、私だったら手を繋ぐぐらいは最低でもしたいよ」
「そうなんだな」
「ほら、私のでちょっと練習してみてよ」
「触れるぞ?」
全く違うなんてことはなかった。
とはいえ、流石に男子とでは違うからこういう感じかなんて感想を抱いた。
これをさり気なくしろって中々に難易度が高いわけだが……。
「私にもできるなら高校生のときから一緒にいた由貴さんにはできるでしょ?」
「まあな」
「大丈夫、私のただの勘だけど信じてよ」
「分かった」
そもそも直接会えなければどうしようもないことだった。
どういう風に誘うか、なにで誘えば向こうも楽しめるか。
歳も違えば性別も違うわけで、中々根川さんにしたときみたいに強気に行動することはできない。
それでも、そんなことない、絶対ない、なんて決めつけて行動するのは違う。
「あ、こっちだから」
「おう、また明日な」
「うん、また明日ね」
こうなったらなにもかもぶつけてしまえばいい。
考えすぎるとこっちの方が駄目になってしまう。
嫌なことなら嫌だと言えると口にした先生を信じて行動すればいい。
ただ、少し怖かったからすぐに反応できない時間にその旨のメッセージを送らせてもらった。
こういうところが最高に情けないが、不慣れ故の行動と片付けてほしい。
「できたぞー」
「あっ、悪いっ」
「別にいいだろ、息子がなにかに悩んでいるようだったからなー」
とりあえずは食べさせてもらおう。
腹が減っているからごちゃごちゃになる、風呂に入っていないから不安になる。
いつも通りにやってしまえばそわそわして待つ必要なんかない。
それに全部伝えたから今日のそれではっきりするわけだからな。
どっちにしろ行動しやすくなるわけだから悪いことではなかった。
「悪いな、明日からはまた俺がやるから」
「だからいいって、別に激務ってわけでもないからな。公夜だって毎日仕事で疲れているだろ、それにそこに別のことが加わればすぐに対応しきれなくなる。だからそれをちょっとでもなんとかしてやろうと思ってな」
「先生とのことでちょっと考えていただけだ」
「そっちを優先すればいい、もちろん仕事を真面目にやっているならな」
「ちゃんとやってるよ、適当になんかできるわけがない」
父はこっちの頭をぐしゃぐしゃ撫でてから「それならいい」と言った。
できることなら母にも帰ってきてほしかった。
そうしないと父が寂し死してしまうから。
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