08話.[安心してほしい]

「もしもし? 白平君からかけてくれるなんて珍しいね」

「いま由貴が両親と話していてな」


 流石にそこに参加するわけにもいかないから外で待っているんだ。

 しかも家からは結構距離がある場所で、となっている。


「古地、菓子ばっかり食べてないか?」

「た、食べてないけど?」

「アイス……とか、食べていませんよね?」

「な、なんで敬語なの、それにいっぱい食べるわけがないでしょ」


 食べていようが食べていなかろうがどっちでもいい。

 俺はただ、この暑い時間をなんとか乗り越えるためにこうさせてもらっているだけだから。

 古地に電話をかけたのは友達だからだ。


「なんてな、今度またどっかに行こうぜ」

「えぇ、堂々と浮気はちょっとなあ」

「世話になったからなんか買ってやるよ」

「それなら行くよっ、というか最初からそう言ってよねっ」


 少ししてから「自らいい機会を潰すところだったよ」と。

 他県にいるからどちらにしろ土産は買っていくつもりだった。

 少なくとも根川さんにも買っていくつもりだからそれなりに金は持ってきている形になる。

 まあつまり、初めておろしてきたってことだな。

 世話になった人に返すために使うのであれば無駄遣いには該当しない。


「なにか買っていくけどあんまり期待しないでくれ」

「えっ、どうせなら自分で選びたいよっ」

「それとこれとは別だから安心しろ――っと、由貴が来たからまたな」

「うん、最後まで楽しんでね」

「ありがとよ」


 楽しんでと言えるところマジ尊敬する。

 普通だと言われても俺はそうとは思わないから。


「お待たせしてしまってごめんなさいっ」

「ちゃんと話せました?」

「はいっ、お墓参りもできたので満足していますっ」


 ということはこれで全目的を達成できたということか。

 もうホテルには入れないし、土産を買って帰るのもありかもしれない。

 ずっと他県にいるというのも疲れるのと、彼女は明日からまた働かなければいけないから休ませてやりたい。


「それなら土産を買って帰りましょう、後半は由貴の家でゆっくりすればいいですよね?」

「分かりました、一緒にいられるのならそれでいいですから」


 しっかり根川さんの分も忘れずに買ってからホームへ。

 予約しているわけではないが特に困るということもなかった。

 朝までちゃんと寝られたのもあって眠たかったりもしないし、彼女が譲ってくれたから子どもみたいにずっと外を見ていたぐらいだ。

 というのも、彼女がまたこちらに体重を預けて寝てしまったからそうするしかなかったということになる。

 だから駅から彼女の自宅までは荷物だけではなく本人も運ぶことになった。

 汗を相当かいてしまったからシャワーを浴びさせてもらった。


「あっ……」

「すみません、すぐに着るので」

「ちょっと待ってくださいっ」


 彼女は近づいてくると特になんてことはない腹に触れ始める。

 俺としては土産をいまこのときだけ冷蔵庫にしまわせてもらいたいから後にしてほしかったが、着てしまったらもう無理だと考えたのかもしれない。

 もうこうなったらこのまましまってしまえばいいか。

 もちろん、許可を貰ってからだから常識がないわけではない。

 しっかし、ここまで真剣な顔で触れられるというのもなんか変な感じだ。


「ありがとうございましたっ」

「由貴って肉食系ですよね」

「逃したくないだけです、だってもうこのタイミングを逃せば……ふふふ」

「俺でよければ相手をさせてもらいますよ」


 が、すぐに戻ると「休んでください」と誘ってきた。

 少し疲れたのもあるから休ませてもらうことにする。

 この後は俺も同じことをしてやれば十分だろう。


「残りの休みのどこかで古地とどこかに行ってきます、世話になっているのでなんか買おうと考えていて」

「それはいいですね」

「別になにか変なことをするわけではないですがはっきり言っておいた方がトラブルに繋がりにくいですからね」

「大丈夫ですよ、あ、だけど敬語もやめてくれるともっといいですね」


 名前を呼び捨ては自分ができると言ったんだから引っかかる必要はない。

 ただ、タメ口ということになってしまうと話は別だ――って、抱きしめることもキスもできると言ったんだからこれぐらいで(笑)という話か。


「いいのか……?」


 それでも少し不安になったから聞かせてもらった。

 そうしたら「はい」と言ってくれたからそういうことになった。

 関係が変わったからって調子に乗らないようにしないとあっという間にこの関係が終わりそうだ。


「それに古地さんからはっきりとそういう気持ちはないと聞きましたからね」

「そうなのか」

「はいっ」


 古地がどんなことを言っていたのかまでは分かっていなかったからな。

 でも、何度もそうやって言われると普通のことなのに悲しくなってくるな。

 普段は「白平君」と言って近づいてきてくれる人間だから尚更というか、全く近づいてこない人間が相手であればそう言われていてもおかしくはないんだが……。

 い、いいや、考えても傷つくだけだからいいことなんてなにもない。

 世話になった礼をさせてもらえればそれで十分だった。




「白平君いえーい!」

「おう」

「あはは、ちゃんと合わせてくれるところは好きだよ」


 教えてもらって家の前まで来ていたから土産を渡しておく。

 食べ物だからこの暑さの中、長い時間持ち歩くわけにもいかないからな。

 で、すぐに戻ってきた古地と今度は出かけるというわけだ。


「そろそろ名前呼びでもいいよね」

「俺は別にいいけど」

「公夜君、君は公夜君だよ」

「お、おう、俺は公夜だからな」


 京は甘い食べ物か残る物かで迷っているようだった。

 俺としてはどっちでもいいから黙って付いていくだけだ。

 だが、彼女はどっちもを選ぶことにしたみたいで……。


「ま、世話になっているからな」

「やったっ」

「行こうぜ、外にいるのは暑いからな」


 これもまた付いていくだけでいいというのが大きい。

 考えて連れて行かなければならない状態よりは楽しめる。

 それに相手が友達ならこんな緩い感じでいい。

 働き始めるまで一切関わったことがなかった相手とこうして出かけているというのは不思議な話だが。


「隣、失礼しまーす」

「向こうでいいだろ?」

「まあまあ」


 なにが食べたいか決まっていなかったからおすすめを聞いてそれを頼んだ。

 彼女のいいところは聞けば普通に教えてくれるし、一緒にいるときにスマホを弄ってはいないことだ。

 高校時代の人間達は友達といるときでも弄っていたからなんだそれって感じたことがある。

 だからそうではなくてよかったとしか言えない。

 もっとも、運ばれてきた瞬間に写真を撮っていたのは最近の若者らしかったが。


「いただきまーす」


 たまには甘い物を食べるというのも悪くはないな。

 誰かと一緒に来られているからというのもある。

 ひとりだったら腹が膨れる物を頼んでいたはずだから。


「私達ってさ、意外と一緒にいるよね」

「そうだな」

「相性がいいんだろうね」

「誰かさんからすれば俺はないらしいけどな」

「由貴さんを安心させるためにそう言うしかなかったんだよー」


 なにかを言ったわけではないのになし判定されるというのは昔から多くあった。

 黙っているだけでもそういう話をされるんだから、それなりに関わっていたら余計に言われていたことだろう。

 別にこっちにしたって誰でもいいわけではないんだから安心してほしい。

 あ、ただ、そのつもりになってからは距離感を見誤ることもあるかもしれないからそこは微妙だった。


「じゃあ、ありえなくないのか?」

「そりゃあね、だっていま一番仲良くできている相手だし」

「よかった、嫌われていなくてさ」

「嫌っていたらこうして一緒に行動しないよ」


 土産の話やなにかを買ってやると言われても嫌いな相手ならそうか。

 これは俺が馬鹿な発言をしたとしか言いようがない。


「だから由貴さんには友達ではいさせてもらう、一緒に過ごさせてもらうって言ったんだ」

「ああ、俺としてもそれは続けてほしい」

「ふふふ、だってもうひとりじゃ寂しいもんね? 私が来るの嬉しいもんね?」

「そうだな」

「うっ、……こういうところに由貴さんはやられたのかなー」


 食べ終えたら満足感がすごかった。

 というより、結構重くてもうなにも食べたくなかった。

 流石に俺の臓器も歳を重ねると共に弱ってきたということか……。


「で、残る物はどういうのが欲しいんだ?」

「んー、どういう物が欲しいんだろ……」

「ゆっくり考えてくれ、まだ夏休み的なものはあるからな」


 今日の夜には根川さんの家に直接行くつもりだからそれまでは余裕がある。

 今日中に決まらなくても俺らなら普通の土日に集まることもできるので、焦る必要なんか全くない。

 学生時代と違っていい点は値段から諦めてもらう必要はないということだ。

 もっとも、なんでもなにか買えば世話になった分を返せているというわけでもないんだがな。


「これにする」

「オルゴール? どうして?」

「なんかぴんときたの、私の勘ってやつだよ」

「京がいいならいいけど」


 変える気はなかったみたいだからそれを購入して渡しておいた。

 しっかり持ちつつ「大切にするね」なんて言って笑っている彼女。


「よし、かわりに公夜君には私の手料理を振る舞ってあげるよ」

「あれ、できないんじゃなかったか?」

「それが練習してできるようになったんですよ、というわけで私の家にレッツゴー」


 家に着いても一時間ぐらい待ってもらった。

 無理すると美味しく食べられなくなるし、間違いなく翌日に影響を与えるからできなかったんだ。

 そして地味に汗臭くないか心配になっている自分もいた。




「あなたも京さんも全部報告してくれるのはありがたいんですけど、それで複雑な気持ちになることも多いんですよね」

「隠したいこととかがあるわけではないからな」

「別に行動を制限しようなんて考えていませんから」

「でも、俺が付き合っているのは由貴だからさ」


 あれから連日遊んでいたというわけでもない。

 しかもちゃんとどう行動したのかも言っているから問題にもならない。

 夜は毎日通話を続けているからそこでも示せている気がした。


「あ、その中でひとつ気になったことがあるんですよ、京さんの手料理は美味しかったですか?」

「ああ、凄く練習したみたいで普通に美味しかったぞ」

「そこだけは悔しいです、上書きしないと捨てられる……」

「捨てないよ」


 寧ろ普通のことしかできていない俺の方が飽きられるだろこれ。

 だって俺ができているのは会うことと話すことだけだ。

 分かりやすく彼女のためにやれていることというのがない。


「それにお店の中では隣に座ったんですよね? どうしてそういう気持ちがないはずの京さんがそうするんです?」

「友達だからだろ」

「他にもお友達がいる状態ならともかく、ふたりきりの状態のときにそうするのはおかしくないですか?」

「それもちゃんと書いたぞ」


 あれからは飲食店ではなくここで食べることが多かった。

 彼女がとにかくご飯を作ってくれるからありがたく食べさせてもらっているという形になっている。

 最近は金を使いすぎている気がするから(俺基準)、そういう点でもありがたい。

 もちろん多く買うことになっているわけだからその材料費ぐらいは払うがな。


「せっかく休日なんだからなにか作るよ」

「いえっ、公夜さんが作ってくれたご飯も美味しいですが今日は飲食店に行きましょう! 上書きしないと――」

「上書き云々はともかく、由貴がそうしたいならなにか食べに行くか」


 昼だったから特に混んでいるということもなかった。

 上書きとか言っていたように俺の横に座って「どれにします?」」なんて聞いてきている彼女に苦笑しつつも選んで注文。

 横に座っているからといってそれ以外は特に変化もなく、あっという間に食べ終えて退店することになった。


「満足できましたっ」

「張り合う必要なんかないだろ」

「ありますよっ、なんか怪しい行動をしていますからねっ」

「俺が好きなのは由貴だ」

「うっ」


 これからも友達ではいさせてもらうつもりでいるが浮気なんか絶対にしない。

 何度も言われると疑われているような気持ちになってきて微妙な気分になるんだ。

 安心してほしい、そっちが飽きるまではとことん一緒にいる。

 あくまで優位な立場なのはずっと彼女の方なんだから。


「俺がそういうつもりで京を好きでいるなら一緒にホテルに泊まらないぞ」

「そ、そうですよね」

「由貴が好きだからこそ泊まったし、一緒に寝たんだよ」

「ちょっ、こ、ここは外ですよっ?」

「変なことをしたってわけじゃないからな」


 それに歩いている最中なんだから聞かれているということもないだろう。

 それぞれみんなに外に出てきている理由があるんだから俺達のことなんてそもそもどうでもいいことだ。

 それはこっちにだって同じことで。


「あなたが二十歳になるまでは堂々といちゃいちゃできないのが苦しいです」

「すればいいだろ、俺はもう生徒というわけでもないしな」


 多分、俺の身長がそれなりに高いことはいい方に働いていると思う。

 学校の生徒がもし彼女を発見したとしても学校を調べたところで白平公夜という人間はいないんだからどうしようもない。

 教師が現生徒と恋愛! みたいなことにならない限りは普通のことだと片付けられるはずだ。


「手を繋ぐぐらいなら大丈夫ですかね?」

「大丈夫だろ、ほら」

「ふふふ、これで京さんにも他の女の子にも勝てますね」

「勝ち負けじゃないって」


 つか暑いな、工場内で頑張るとすぐに汗だくになることを思い出して微妙な気分になった。

 会えるのは正直に言って土日のどちらかだからその点もアレだ。

 いやまあ平日の夜に会いに行くことだってできるんだが、そうすると彼女の寝る時間が遅くなるから駄目なんだ。

 だから会うのは土日のどちらかか、もしくは、土日にどっちもとなっている。


「嘘です、もういまはそんなこと考えていません、まだお付き合いをできていないということはないんですからね」

「ああ、信じてくれ」


 汗をかきたくないから再度彼女の家まで急いだ。

 ちゃんと飲み物も飲ませてちゃんと休ませておく。

 切り替えが上手い人でもあるからそういう心配はいらないのかもしれないが、間違いなく体調を崩すと他者に迷惑をかける職業だから仕方がない。


「あ゛ー」

「子どもかよ……」

「いいんですっ、自宅でぐらい子どものままでもっ」


 そういうことらしいから言うのはやめた。

 エアコンを使用していなくても辛そうというわけでもないし、なにより楽しそうだからそれでいいんだろう。

 というか、いちいち言わなくても大人な彼女が一番分かっているはずだ。

 だから一緒になって遊んでおくことにしたのだった。

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