04話.[言ってしまえば]
「雨だ」
「あの屋根の下に移動しよう」
日曜の遊んでいる最中に雨が降ってきてそういうことになった。
風邪を引くと会社に迷惑をかけるから遊びを優先、とはできない。
まあでも、こういうときのために折りたたみ傘は持ってきてあったから大丈夫だ。
「どうしましょうか」
「俺は傘を持っているのでふたりが使ってください」
「え、それだと白平さんが……」
「大丈夫です、まあ、その場合は解散ということになりますけど」
一時期的なものならいいが、こういうのは長引くもんだ。
会ってすぐの時間にこうなったというわけでもないからいいだろう。
それに今日したかったことはこの時点で達成できているというのもある。
古地的にも大門先生的にも話せて満足できたはずで。
「そ、それなら私の家に来ませんか? ここから近いですし、……まだ解散は寂しいですから」
「古地はどうしたい?」
「私もまだ一緒にいたいかな」
「じゃあすぐに移動しましょう」
多少濡れてしまうのは許してほしかった。
それでもふたりが濡れるようなことにならなくてよかった。
ちなみにこれ、父が「絶対に持っていけ」と言ってくれたからこそだった。
だから感謝をするなら父に対してそうしてほしい。
「ふぅ、すぐに開けますね」
一軒家というわけではないみたいだ。
中に入らせてもらった後も他の人の気配というやつは感じられなかったから一人暮らしということになるのか。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
汚してしまうのは申し訳ないが拭かせてもらう。
ふわふわな素材でなんか使いづらかったが……。
「白平君はここに来たことがあるの?」
「いや、初めてだな」
「なるほど」
そう気軽に来られるわけがないだろう。
寧ろこれまでは場所すら知らなかったわけだし、普通じゃない関係性ではないということはなかった。
いまのこれは……どうなんだろうか?
相手が卒業しているのであれば問題はないのか?
「温かい紅茶です」
「ありがとうございますっ」
こちらも礼を言って飲ませてもらう。
どんな季節だろうと濡れれば冷えるからこれはありがたかった。
「あ、見てくださいよ由貴さん、白平君の左手を」
……言ったわけではないのに怪我した翌日にバレた。
「気をつけなきゃ駄目だよ」とか「無茶したら駄目だよ」とか言われてその通りだなと返したことになる。
ただ、あれは本当に強敵で弱音を吐きたくなるぐらいだったんだ。
熱いし硬いし、急がないといけないのに急ぐと危ないという物。
それだというのに久岡さんは目の前で簡単にやっていくからその差にショックを受けたわけだが、初心者が同じようにできるわけがないだろという話だよな。
「み、見たくないですっ、そういうのを見るとぞわぞわするんですっ」
「え、だけど時間も経っていますから大丈夫ですよ」
「ほ、本当……ですか?」
「はい、見てください」
見世物というわけではないが見せておく。
が、結局それでも「痛そうじゃないですかっ」と言ってすぐに違う方を見た先生。
古地は楽しいのかひとり笑っていた。
「うーん、よく分からないなあ」
「なにが?」
「仲いいわけじゃないの?」
仲がいいとかそういうことはないと思う。
放課後に残ってゆっくりしていたときに多く来てくれていたというだけの話で。
先生からしたらあくまで高校にいる生徒のひとりでしかない。
それに仕事があったから少し話して戻る、という連続でもあったからだ。
「いまはまだお友達、というわけでもないですね」
社会人になったとはいえ、先生を友達扱いするのは違う……よな。
いまは、ではなく、これからもずっと同じだ。
なにかが起こらない限り、そこが変わることはない気がする。
それこそ向こうから……いや、まあこんなのは妄想みたいなもので。
「でも、私は仲良くなりたいと思っています、だから今日だって受け入れたわけですから――って、古地さんと会いたかったのもありますからねっ?」
「なるほどなるほど、教えてくれてありがとうございます」
大人な対応だった、対する先生は早口になったせいで微妙な結果に。
だが、そこにも触れずに話題を変えたのは意外にも古地だった。
初対面だから失礼にならないようにしているのか、期待していたような結果にならなくて変えたのかもしれない。
「由貴さんは大人の女性って感じがします」
「そうですか?」
「はい、私も由貴さんみたいになりたいです、私なんてすぐに辛いとか大変とか弱音を吐いてしまいますからね」
「私だって言葉にはしないだけである場所に行ってしまいますけどね」
「ある場所?」
「はい、特別いい場所というわけではないんですけどね」
その場所を俺が知っているからこそなのか、先生自体が本当に感じているのかそんなことを言った。
あそこは本当にいい景色が見えるというわけでもないから理由が分からない。
だって言ってしまえばただの道路だからだ。
「あっ」
「ふふ、いまから作りますね」
「ご、ごめんなさいっ」
「俺も手伝いますよ、ある程度ならできるので」
「お願いします」
外食に行ってばかりだと金の消費が激しいからこれはいいことだった。
ただ、これをしたからって先生のためになにかできているとはならないんだよな。
だからその点だけは微妙に感じつつ、邪魔にならないよう手伝っていた。
もっと分かりやすく返すことはできないだろうか?
そんな簡単な方法があるなら誰も困らねえよという話か。
「できましたよ」
「わーい……って、なにもできなくてごめんなさい」
「大丈夫です、白平さんが手伝ってくれましたから」
いや、俺もほとんどなにもできていないから同じようなものだ。
だが、わざわざ口に出すことはせずに食べることにした。
丁寧だし美味しいからなんかほっとする。
あれだな、誰かが作ってくれた料理というのが嬉しいんだ。
「うぅ、白平君にだって女子力が負けてるよぉ」
「そんなことないぞ」
「じゃあ私のどこが白平君に勝ってる?」
「え、そんなの明るいところとかだろ、俺が相手でも同じように話しかけてくれるところとかだな」
「それって女子力の話じゃないじゃんか……」
確かに、それは彼女の言う通りだ。
でも、別に一人暮らしをしていないのであればなくてもいい能力だ。
そりゃ自分で作れた方がなにかがあった際に便利ではあるが、彼女の母だって拘りがあるだろうから無理する必要はない。
自分が作れる限りは作って美味しいと言ってもらいたい、そんな気持ちがあの弁当からは伝わってきていた。
「なんか悔しいよ、由貴さんに負けててもそれは当然のことだけどさ」
「調理能力以外は勝ちまくっているだろ、それで満足してくれよ」
「そもそもそれ、勝ててる自信が全くないんだけど……」
「俺は古地みたいな人間性の方が上手くやっていけると思っているからな」
目の前のことに集中すると細かいことまで意識できないというのが俺の悪いところだった。
人間関係でも仕事関係でも変わらず影響するから困っている。
自分らしく貫けていると言えば聞こえはいいが、他者からすれば自分勝手な人間というだけでしかないしな。
直そうと意識はしても結局○時間後か○日後にはその自分が出てくるから……。
「仲がいいんですね」
「休憩時間とかに一緒に過ごすことが多いですからね」
「私は心配になるんです、だっていつもひとりでいようとするから」
「そこは変わっていませんね」
工場内で休憩することもできるがどうせならそういう時間ぐらい機械達とは離れたいというだけだった。
しかもあそこで過ごしていれば絶対に根川さんが来てくれるので、そのためにああしているのもある。
一度話さなくなったら多分、もう上手くは話せないだろうから。
仕事中になにかがあった際に話しやすい人がいてくれるというのは大きいんだ。
しかもある程度どの機械でも扱える根川さんなら尚更なことだろう。
「でも、普通に対応してくれるんですよね、私が通っていた高校ではそういう子って敵対心むき出し! みたいな子が多かったから意外で」
「ふふ、そこも白平さんらしいですね」
それだって責められることじゃない。
何事もありませんようにと願いながら過ごしていただろうし、そんなところにいきなりその生活を壊すかもしれない存在が近づいてきたら怖えよ。
下手な対応をすれば仲間から意地が悪いことをされる可能性だってある。
一方的に絡まれただけなのに上手く対応できなかっただけで笑われるかもしれないんだから。
でも、何故か近づいてきたりするんだよな。
「明るい集団に近づいてこられたら俺だって同じ対応をするぞ」
「でも、どうせなら仲良く――」
「そう考えているのは古地達みたいな人間だけだ」
つか、そこで普通に参加できるのであれば普段からひとりにはならない。
チンケなと言われてしまればなにも言えなくなるが、こっちにだってプライドってやつがあるんだ。
しかもリーダーがよくても周りはそれを是としないかもしれない。
そうしたらリーダーの知らないところでなにかされるのがオチだろう。
勇気を出した結果がそれなら余計に人間は自分を守ろうとする。
そこは責められない、なんて、結局これも俺がそっちの立場にいたからだろうな。
「明るい存在には分からないんだよ」
「……それって結局勝手な決めつけだよね?」
「お互いにそうだろ、どうせなんで仲良くしようとしないのか分からないとか言い出すんだからな」
根本的なところが違うから延々平行線だ。
係とか委員会とかのときに最低限のやり取りができればそれで十分だ。
どうせ離れればそんなのもいたなとすら出てこなくなる。
自分達が楽しみたいだけなら気が合う人間とだけ楽しんでいればいい。
土足で荒らすだけ荒らして、しかもそのうえで悪口を言う奴らなんてな。
「……結局、そういう理由を自分で作ってるだけじゃん」
「俺はそう考えているってだけだ」
「それってさっ、ひとりでいるしかないからそうやって強がっているだけなんじゃないのっ?」
きっかけを作ったのはこちらだから謝罪をして終わらせる。
全く関係のない彼女に八つ当たりみたいなことをしたって仕方がない。
しかも「勝手にお前が代表面すんなよ」という話だった。
やっていることは変わらない、だからこれ以上続ける必要なんかない。
俺達を見て悲しそうな顔をしている先生が気になったというもあるんだ。
「俺はもう帰ります、ありがとうございました」
空気を悪くして逃げ帰るなんてださすぎる。
だけどこうやって過ごしてきたから仕方がない。
痛えほどの正論がこれまた痛いところに突き刺さってしまったから仕方がない。
自然とひとりになっていた理由をはっきり言ってくれたわけだから仕方がない。
まあでも、協調性がなかったわけではないのは分かってほしい。
俺がそう考えているだけかもしれないが、つもりかもしれないが、協力しなければいけないときにはちゃんとやっていた。
こんなことを考えてから理解してほしかったんだな、と。
そうでもなければ人といたがったりしないかと片付けておいた。
「白平、休憩だぞ」
「はい」
だが、今日は雨だからいつもの場所ではゆっくりできない。
だからどうしたものかと考えて、結局機械が近くにあるそんな場所にした。
荷物を入れるためのロッカーがある場所だから普通に丁度いい。
食べながら早く七月になってほしいとそんなことを考えた。
かわりに暑くなってしまうものの、あそこでゆっくりできるんだから価値がある。
初給料だってほとんど手をつけずに残っているわけだし、その頃には昼休憩のときに炭酸ジュースを買ったっていいだろう。
炭酸が強ければ強いほどすっきりする。
慣れてきても大変じゃないということはないから力をくれるはずだ。
昼休憩のときは工場内もそれなりに静かになるからなんか新鮮だった。
しかも大抵の人は食堂に行くからじろじろ見られるわけでもない。
「そんだけで足りるのか? もっと食えよ白平」
……場所を変えたのに根川さんはなんらかの能力でも有しているんだろうか?
それとも、ひとりぼっち野郎の考えることなんて丸分かりだとか?
「食堂に行かないと食べられなくなりますよ?」
「もう食ってきたからな」
「えっ」
「ははっ、白平のそんなリアクションを見られて大満足だ」
早食いは体によくないぞ。
タバコだって吸うから確実に寿命を縮めていることになる。
いま生きられればいいってわけじゃないだろうから、大丈夫、俺はそうならないと考えているんだろうか?
「それよりどうしたよ、なんかいつもと違うな」
「あそこで過ごせないからですよ」
「いや、間違いなくそれだけじゃねえ、俺には分かるんだ」
「な、なんですかその顔、本当になにもないですから」
「古地ちゃんが関わっているんじゃないか?」
別にこの前のことがまだ引っかかっているとかそういうことはない。
雨だと行くのも帰るのも面倒くさいからそういうのが出ていて普段とは違うように見えたんだ。
「それかもしくは、前言っていた先生ってやつか」
「……なんで分かるんですか?」
「仕事では特に困っている感じも伝わってこないからな、白平が引っかかるなら人間関係かなと考えただけだ」
「まあ、この前の日曜にちょっと……」
六月に突入しているいま、大体一週間ぐらいは話せていないことになる。
それをごちゃごちゃ考えていても仕方がないから仕事に集中していたわけだが、他者から見れば丸分かりだったんだろうか。
「つか、日曜とかに一緒に過ごす仲なんだな?」
「古地が会いたがったんです、それで聞いてみたら大丈夫だということでしたので」
「なるほど」
意外にも根川さんは横に座った。
いつも買っている缶コーヒーの蓋を開けてから飲んでいるところを見て、なんか渋いななんて感想を抱く。
「職場恋愛とかもやめておけよ、別れたら面倒くさいことになるからな」
「はい」
「あとは……あ、今度どこかに一緒に行こうぜ」
「俺、釣りとかゴルフとかそういうの分からないんですけど」
面白くない人間でもあるからきっとその一回が最後になるだろうな。
根川さんもなんでここまで気にかけてくれるんだろうか。
ただの最近入ってきたばかりの人間だってだけなのに。
古地を誘うのは年の差や性別の違いで無理だろうが、なにもこんな人間を気にかけなくなっていい気がする。
「なんでそのふたつがすぐに出てくるんだよ、飯を食いに行くとかでいいだろ?」
「俺と行ってもつまらないと思いますよ?」
「いいんだ、俺はお前から色々聞きたいんだ」
なんかそういうことみたいだったから断る理由もないので受け入れた。
そうしたらまた日曜に行こうということだったから連絡先も交換する。
歳が離れている人とこうやって交換するとその度に不思議な気持ちになるものだ。
「あ、もしかして遠慮してくれているということですか? 他の人と比べれば入ってきたばかりだから厳しくしすぎると辞めてしまう可能性が高い、だから普段は我慢して怒鳴らないように――」
「なわけあるか、言わなければならないときは例え白平が相手でもはっきり言うよ」
「じゃあどうして……」
それこそ俺と違ってやらなければならないことも多い人だ。
休日ぐらいはなにも考えずに休みたいだろう。
酒も好きそうだからそれを飲んでいた方がよっぽどいい時間を過ごせる。
趣味だってあるだろうし、やりたいことだって多いはずなんだから。
「ま、白平からしたらなんだこのおっさんはって感じるかもしれないが、俺は本音ってやつを知りたいんだよ。だって相手が年上なら自然と合わせようとするもんだろ? だから白平だって俺が毎回休憩時に行っても相手をしてくれていると思うからな」
「え、そんなことないですよ」
「それだって……まあいいや、とにかく当日はなんでもはっきり言ってくれ」
優しすぎても困惑することもあるということが分かったのはこれで二度目だ、一度目は先生で。
受け入れたことには変わらないから当日を待とうと決めた。
というか、結局そうするしかないというのが現実だった。
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