03話.[余裕だと思うが]
「どんな風に過ごすのか気になった?」
それはまた価値のない情報を気になってしまったもんだな。
知りたいということなら教えるが、正直、聞いて後悔すると思う。
いや、そんなことに興味を抱いた自分に呆れるかもしれない。
「うん、それでどんな風に過ごしたの?」
「家事をしたりだらだらしただけだよ、初日は先生に会いに行ったけどな」
「先生? 高校の?」
「ああ」
あれから少しずつではあるがアプリを使用してやり取りをするようになった。
あれでも敬語だから家族相手にもそうしているんじゃないかと俺は気になったぐらいだった。
スタンプなんかも上手く使用していて、若いななんて感想を抱いたなと。
「もしかしてその人は女性なのでは?」
「なんだその喋り方、まあ、そうだな」
「おお! 教師と元生徒の恋愛って実際にあるんだ!」
はぁ? え、なんかそういう風に捉えられているんだが……。
俺は利用してしまっただけ、先生は利用されてしまっただけ、ただそれだけの関係だというのに、これが所謂恋愛脳というやつなんだろうか?
てか、俺みたいな人間を例え卒業したとはいえそういう目で見るわけがないだろ。
「なんだあ? 白平は先生が好きなのか?」
「……根川さんっていつも来てくれますけど大丈夫なんですか?」
「昼休憩なんだから大丈夫に決まっているだろ、隣座るぞ」
彼女的にはまだ慣れないみたいで露骨に喋る回数が減る。
話しかけられたら笑顔で対応するが、愛想笑いのような感じに見える。
別にいつでも威圧的というわけでもないのにどうしたんだろうか?
俺と話せるなら余裕だと思うが。
「言っておくが教師なんてやめといた方がいいぞ」
「だからそういうのはないですよ」
「でも、年上の異性の教師ってのは魅力的に見えるもんだよなあ」
魅力があるのは分かっている。
そうでもなければ卒業式の日に生徒から囲まれることはないだろう。
一緒にいるときに面倒くさいと感じたことはないし、それどころか楽しいぐらいだったから俺が意識してしまうような可能性ならあるが、残念ながら発展するようなことはない。
そこで初めてはっきり「ごめんなさい」と断られることだろうな。
「古地ちゃんはどうだった? 男の教師ってのはよく見えたか?」
「友達に本気で恋している子はいました、でも、私はそういう風に意識したことはありませんね」
「それでいいんだ、好きになるとしても後輩とか同級生とか先輩を好きになればいいんだ」
わざわざ難しい道を選ぶ必要はないということか。
でも、俺は正直本人が頑張ると決めたのならそれでいいと思っている。
もちろん、相手が困っているようならやめた方がいいとしか言えないが、そうではないなら頑張ってみる価値があるから。
まあ、これは自分勝手な俺が考えているからこそだ。
「それより働いてみてどんな感じだ? もう辛かったりするか?」
「大変ですけど辛いということはありません」
「白平は?」
「俺も同じです、少しずつ慣れてきて普通にできるようになって嬉しいぐらいです」
「ははは、だが、慣れてきた頃ってのが一番怖いからな」
立ち上がると「怪我とかに気をつけてくれ」と言って歩いていった。
やっぱりしなければならないことってのが俺らと違って色々あるんだろう。
それでもこうして来てくれるのはそれこそ嬉しいことだと言えた。
自分の二倍以上生きている人とある程度の仲を築いておくのはいいことだ。
馴れ馴れしくなってはいけないが、だからといって、いつまでも余所余所しい感じでいるのも違うからな。
「私、ちょっと嘘ついちゃった……」
「嘘?」
「……本当はちょっと辛いって感じたことがあるんだ、これまでずっと学生だったからここまで違うんだって考えちゃって……」
「それは仕方がないだろ」
クビになったりとか、転職とかを考えたりしない限りはずっと同じ会社でやっていくことになる。
学生時代みたいに後何年経過したら次の環境へ、みたいなことでもない。
定年まで働かなければならないということもいまは重いことように感じるはずだ。
「愚痴ぐらいなら聞いてやれるぞ」
せっかく一緒のタイミングで入社したんだから辞めてほしくなかった。
それをしたから頑張れるというわけではないが、ずっと抱えたままよりは少しぐらいいい状態で仕事に向き合えるだろう。
俺としても仲間として仲良くしておきたいから丁度いい。
「昼は絶対にここにいる、それに退勤後にだって付き合えるわけだからな」
「え、でも……」
「嫌なら嫌でいい、家族と過ごしたり家でゆっくりできる方がいいだろうしな」
ずっと立ち仕事で疲れることには変わらないから早く休んだ方がいいのも確かだ。
その日にどんなことがあろうと平日なら翌日にも出勤しなければならないんだ。
愚痴を吐くことよりもそっちの方が休めるということならそうした方がいい。
全て彼女次第だ、それに俺は壁みたいなものだからな。
「じゃ、じゃあ、今日寄り道に付き合ってくれないかな」
「分かった、じゃあ終わったらここで待っているわ」
「うん、なるべく早く行けるようにするから」
で、終わった後に待っていたらすぐに古地もやって来て帰れることになった。
寄り道とはなんだと考えている内に途中にある肉屋さんでコロッケを買っていてそういうことかと納得する。
彼女もまた先生のように食べることでなんとかしようとしているんだ。
「それよりよかったの? その先生が今日のことを知ったら悲しむんじゃ?」
「俺は一緒のタイミングで入社した仲間として仲良くしたいだけだ」
「それでも気になるんじゃないかなあ、あ、このことはちゃんと話しておいてね」
だからそういうのじゃないって……。
女子仲間とコロッケを一緒に食べました、そんなことを話したところで困らせてしまうだけでしかない。
なんかあれだからやり取りの内容を見せてしまうことにした。
全く大事なやり取りなんかしていないからこれで勘違いもできなくなるずだ。
「最近、始めたばかりなんだね」
「ああ」
「だったらなおさらだよ」
駄目だ、話が通じない。
だが、この感じならやっていけるように見えるからその点はいい。
別に仲良くしてどうこうしようとしているわけではないからな。
「ありがとう、正直、ご飯前に食べていいのか揺れていたから助かったよ」
「お、おう」
「それじゃあまた明日ね!」
こちらも残りを食べて帰路に就くことに。
いまの俺は気に入られようとしていて、そういうのが女子からすれば分かりやすいのかもしれなかった。
「うわっ」
……硬いやつを頑張って切ろうとして手を切った。
幸いばれているわけではなかったから黙って続けていたんだが、これがまた結構使う部位で痛かった。
それでも迷惑をかけるわけにはいかないから続けていく。
今日のは全部同じだからいちいち弱音なんて吐いていられない。
「お、おい、白平」
「なんですか? もしかして失敗してました?」
「い、いや、それ……」
熱さ対策のために軍手を着用しているわけだが、その軍手の一部が黒く染まってしまっていた。
おう、とまるで他者の怪我を見たときのような感じに。
根川さんからそう遠くない内にひとりになることを聞いていたため、これでもパーツを汚してしまうわけではないからと気にせずにやろうとした。
「ちょっと手を洗ってこい」
が、許してもらえずに洗いに行くことになった。
軍手が裂けていたぐらいだから結構いったかなと想像していたものの、自分の想像よりも結構ぐっさりといっているような……。
「どうした? まだ休憩じゃないぞー」
「あ、手を切ってしまいまして」
「手を? 見せてみろ」
見られている間、凄え分厚い指だなと。
普通に見ていれば健康的だと分かるが、この感触だけで判断するなら腫れているんじゃないかとすら思えてくるぐらいだ。
「もしかして続けてやっていたのか?」
「迷惑をかけるわけにはいかないので」
「それで結局こうして抜けていたら同じだろ」
うっ、物凄く正論だ。
根川さんは「まあいい、付いてこい」と言って移動しようとする。
わざわざ事務所とかに行かなくても休憩スペース的なところがあってそこに入ることになった。
「ちょっとじっとしてろ」
いまでもじんじんと痛いぐらいなんだから消毒なんかすれば痛いに決まっている。
情けないことにうわっ、とか言ってしまって恥ずかしかった。
根川さんもなんか怖い感じだから余計にそう感じた。
「終わったぞ、あと、今日はあんまり無理しなくていい」
「そういうわけにはっ」
「痛いんだろ? 別にサボれって言っているわけじゃないんだ」
根川さんはともかく、他の人がどう感じるのかは分からないから頑張った。
一緒の機械を担当している先輩、久岡さんには特に謝罪をしておいた。
「気にしなくていい」とか「早く治るといいな」とか言ってもらえる度に申し訳ない気持ちがすごかった。
「はぁ」
しかも今日に限って古地も来る気配がないからずっとため息が出続けてしまう。
自由だから仕方がないが、なにも失敗をした今日じゃなくてもさ……。
「ほらよ」
「え」
「炭酸ジュースでも飲めばすっきりするだろ」
後で絶対に払う及び礼を言ってから飲ませてもらうことにした。
いまはその優しさがきついっていうか、こういうのが辛いということなのかと初めて知った形になる。
「無理するなよ、怪我したなら怪我したと言えばいい」
「でも、根川さんは怪我するなって言ってくれていたじゃないですか」
「あのパーツは初めてだろ、あれは俺でも普通に硬えと感じるときはあるからな」
パーツ自体は中央にあるだけで問題なのはその周りの部分だ。
パーツが小さく軽かったりすると一部分に切れ込みを入れるだけで簡単に手でパーツだけを取ることができる。
だが、今日みたいに分厚かったりするとそうもいかないわけだ。
ナイフの使い方が下手くそなのか、切れ込みを入れることすら困難なんだ。
「それにひとりになったらどうなるのかって不安もあって……」
「まあ、久岡がいてくれるからこそできているのも事実だよな」
「はい、速度だって俺に合わせてもらっていますし……」
「それでも遅れているわけじゃないからな、その点だけは気にしなくていい」
すぐ後ろに粉砕機があるわけだが、それに投入するのが遅れたりすると成形時に問題が生じたりする。
それこそ穴があいてしまって上手く膨らまないとかそういうことになる。
だから常に急かされているような気分になるんだ。
「まだやっと一ヶ月だ、まだまだこれからだぞ」
「はい」
「困ったらどんどん頼れ、ひとりで抱え込まれる方が俺達は困るんだ」
慣れて楽しいなんて言うべきではなかった。
調子に乗っているからこういうことになる。
それは先生や古地に対してだって同じこと、いや、根川さんにだってそうかもしれない。
「そんな顔をするな、ほら、炭酸でも飲めよ」
「ありがとうございます」
「おかしな奴だな、でも、俺は白平みたいな人間は嫌いじゃねえぜ」
今日はこちらの頭をぐしゃぐしゃと撫でてから歩いていった。
やべえ、格好いいな。
俺もいつか先輩になったときにああして接することができるだろうか?
って、いまは目の前のことに集中しろって話かと片付けた。
午後は特に問題はなかった。
久岡さんにコツとかも教えてもらったから午前よりは上手くできた。
できるようになるとやっぱり楽しくなってくるんだ。
失敗しながらでもこうしてやっていければいいかと少し軽い気持ちになれた。
「は? 大門さんに会いたい?」
一緒に帰っていた日のこと、古地が急に変なことを言ってきた。
全く関係ない学校の先生に会ってなにになるというのか。
「うん、会いたくなったんだ」
「そう言われてもな……」
が、残念ながら言うことを聞いてくれそうになかった。
なので、一応そのことを連絡しておく。
日曜とかも忙しいだろうから無理だと思ったのだが、その日の夜に『日曜日なら大丈夫ですよ』と送られてきてしまった。
心配になったから初めて通話機能というやつを使用して確認する。
「ふふ、優しいんですね」
「違いますよ、だって大門さんは教師で忙しいじゃないですか」
「それはあなた達も同じですよね? だからいいんです」
「いつもの断れない病ですか?」
「え? 私、嫌なことなら嫌だとはっきり言いますよ?」
本当かよ、それなら連絡先交換とかだってしてないだろ。
まあ、だけど本人がこう言っているんだから問題はないか。
「それより古地さんとはどういう方なんでしょうか」
「古地は明るい存在ですね」
「そうですか、それならもっと楽しみになりました」
声音からもはっきり伝わってきている。
だから渋々とか断れない病というわけではないみたいだ。
この人も本当の物好きというか、付き合いがいい人だな。
「それより初めてですね」
「嫌だったんですよ、いつものあれだったら」
「だから私はちゃんと嫌なら嫌と言えます」
そのためこうしてできたことになるんだ。
そういう積み重ねがなかったら俺はできていない。
そもそもその場合は連絡先だって交換できないままで終わっていただろうから意味のない考えかもしれないが。
「じゃあ交換してくれと頼んだときも嫌じゃなかったってことですか?」
「はい、そうなりますね」
「それならよかったです」
明日も普通に仕事があるからと切ろうとしたのだが、
「これから毎日十分だけでもこうしませんか?」
そう言われて指が止まる。
「まあ、食事と入浴を済ませたら時間はありますからね」
やることがないからと毎日二十一時前には寝ていることになる。
でも、ずっとそんな生活を続ける必要はないだろう。
そこまで極端にやる必要はない。
一日にどれぐらい体力を使うかとか、どれぐらい休めばいいのかなども分かってきたため、もう少しぐらいは起きていても大丈夫なはずだ。
「私も色々ありますけど、二十一時過ぎならその……」
「分かりました、あ、ただそっちからかけてきてくださいね」
「はい、それでは……おやすみなさい」
「はい、それでは」
いつでも手に取れる場所に置いて目を閉じた。
転びながらでも照明を消せるというのもいい。
これならきっと古地も喜んでくれるはずだ。
他者のためにも動けたことになるし、何気に俺が先生といたいと思ってしまっているのもあるから丁度よかったのかもしれない。
やっぱり大人の力ってやつに負けてしまっているんだろうか?
自分が考えている以上に行動してくれるから無自覚に期待してしまっているのか?
この前あんなことがあって調子に乗るなよと自分に注意したはずなのにすぐにこれだから困ってしまう。
ただ、仕事を真面目にやっているうえでそれなら別にいいんじゃないかと囁いてくる自分もいるんだ。
「公夜、入るぞー……って、もう寝ようとしていたのか」
「あ、いや、ただ転がっていただけだ。それでどうしたんだ?」
家に誰かがいてくれるというのはいいことだった。
こういうときに必要なのは親の存在だ。
ちゃんと色々な視点で見てくれるから助かるというもので。
「実はちょっと聞いててな、なんか息子らしくなくて驚いているんだ」
「あー……」
「別に恥ずかしいことじゃないんだから気にしなくていい」
好きで好きで仕方がなくて空回りしている、とかではない。
やらなければならないことに全く集中できていないというわけでもないし、やはりその点では悪いことではなかった。
「つか、先生の方が公夜と関わりたがっているな」
「勘違いというわけではないよな?」
「勘違いじゃないだろ、ただ、それでも好意があるかどうかってのは分からねえけどな。女性というのはそういう存在だ、だからよく見て行動するんだぞ?」
「俺は俺らしく対応させてもらうだけだ」
挨拶をして今度こそ寝るために目を閉じた。
いまは古地がどんなリアクションを見せてくれるかの方が気になっていた。
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