02話.[頑張るしかない]

 当たり前な話だが、ずっと同じパーツを作っているわけではないから大変だ。

 ひとつに慣れてもまた新しい物がやってくる。

 で、慣れたところでまた新しい物がという繰り返しだ。

 いい点は慣れている物も再度作ることになるということだ。


「白平、休憩に行こうぜ」

「はい」


 特に遅れているというわけでもないから休憩にだってしっかり行ける。

 週休二日で土日が休みになっているが、遅れていると休日に出なければならないことになっているからそれがないいま、特に問題はないということになる。

 ちなみに先輩と一緒に出てきても食堂に行くわけではないからすぐに別れた。

 俺は正面にある段差に座って休むと決めているし、これを注意されたことはないからこれからも続けるつもりでいた。


「あ、いた」

「え? あ、なんですか?」


 同級生が相手だろうと敬語から入るのが一番いい。

 学生時代に同級生だからとタメ口で対応したら面倒くさいことになったからだ。


「あはは、敬語なんていいよ、私達は同級生なんだから」

「そうか。それでどうしたんだ? 早く食べに行かないと困るだろ?」

「もうひとりの男の子とは話せたから君とも話したいと思っていたんだ」


 彼女は横に座ると「それに私もお弁当を持参しているきているからね」と言った。

 有限だからこちらも気にせずに食べさせてもらう。

 自作弁当だから新鮮味はないが、食材が優秀だからこの時間は好きだった。

 それに働いているときは常に急かされているような気分になるので、こうして少しだけでも離れられる時間があるというのは大きい。


「運んでもらう前に俺達も確認をするけど、穴あきとかがないかとかそっちが本格的に見るんだろ?」

「うん、そうだよ」

「そっちも大変だよな」

「どれも楽じゃないよね」


 そのかわりに金を貰えるんだから文句も言っていられない。

 頑張るしかない、いつか辞めるその日まで。


「あ、もう自己紹介をしているけどもう一度させてもらうね。私は――」

「古地みやこ、だろ」

「あ、覚えてくれたんだ」


 覚えたとかそういうことではない……わけではないか。

 努力したわけではないが、分からないということもなかった。

 なんか明るかったからな、最初のインパクトが大きかったというか……。


「お、白平がやっと俺以外の人間といるようになったな」

「そういうのじゃないですよ、彼女が今日は話しかけてくれたというだけです」

「なんだよ、別にそんな言い方をしなくてもいいだろ」

「明日からはまたひとりですよ」


 余裕がないから絶対にその方がいい。

 近づいてきてくれるのはありがたいが、できることなら最低でも三ヶ月ぐらいは待ってほしかった。

 そうしたら今度こそしっかり対応すると約束しよう。

 ま、そのときには根川さんみたいに物好きな人しか来てくれないだろうがな。


「白平、もしかして異性慣れしていないのか?」

「それはそうですね」


 男子校に通っていたとかそういうことでもないのに異性と話せたことはほとんどなかった。

 あるとしても係の仕事だとか委員会の仕事があるときに必要なときだけ。

 被害妄想でなければ嫌そうな顔をされていた気がする。


「って、言っていたようになんでも吐くんだな……」

「人といるのが嫌というわけではないですよ、ただ、いまはとにかく慣れない作業の連続だから余裕がないんです」

「まあ、余裕ぶっこいていられるよりはいいが……」


 いますぐにはどうにもならないことだと考えたのか、根川さんはそのまま古地と会話を始めたからいつも通り落ち着ける時間となった。

 春というのもあって風が冷たくないのも大きい。


「白平君ってすごいね、私なんてちょっと慌てちゃったよ」

「すごいなんてことはない」


 生きていればああいう人は絶対に現れる。

 壁みたいなものを作っていても簡単に突破できてしまうようなそんな人が。

 大門先生も似たようなものだからそれで慣れてしまっているというのもあった。

 普通に受け答えをしていればうざ絡みをされることもないからそうした方がいい。


「あ、早くお弁当を食べちゃわないと」

「だな」


 こっちはもう食べ終えているからゆっくりするだけだ。

 近くに誰かがいても気にならないという点は学生時代から変わらなかった。

 恐れているから余裕がないとか言い訳をして避けているのかもしれない。

 避けている限りは失敗しようがないから、そうし続ければやり勝ちだから。

 そんなことを繰り返していたから誰かといたくないわけではないのにいられなかったんじゃないかという考えが出てきた。

 そういうところを先生は心配してくれていたのかもしれない。

 そうでもなければ担任というわけでもないのにあそこまで来てくれることはないだろう。


「ごちそうさまでした、美味しかったー」

「古地、それって自分が作っているのか?」


 だったら少しずつでも変えていかないとな。

 もう俺なら問題ないって先生に分かってもらいたい。

 世話になったからこそ、迷惑をかけたくないと考えるのは普通……だよな?


「ううん、お母さんが作ってくれているんだ」

「そうか、そういうのってありがたいよな」

「うんっ、本当に感謝しかないよっ」


 長い間、自分で作っているからよく分かる。

 小さな家事でも動かなければならないことには変わらないからな。

 買い物なんかも食材や調味料の数が増えれば重くなるし、よくやってくれていたなとしか言いようがない。

 だからそういうところでの感謝は忘れていなかった。

 当たり前のことではないということをしっかり分かっているつもりだった。




「GWか」


 お盆休みなども存在する会社だからその間、どうやって暇をつぶすか考えるのが仕事、なんてな。

 だが、実際にどうやって時間をつぶせばいいのか分からないから困る。

 一ヶ月だけでも慣れないことの連続で大変だったわけだが、その忙しさがよかったんだと気づいてしまったんだ。


「歩くか」


 ごちゃごちゃ考えているよりもその方が絶対にいい。

 それにだらだらしすぎているとまた出勤した際に辛くなるからこれでいい。

 で、なんとなく先生と遭遇したあそこに行ってみることにした。

 高い場所というわけでもないし、開けた場所というわけでもないからずっといて楽しめるような場所でもないが。


「「あ」」


 別にそのためにここに来たわけではなかった。

 でも、ここで過ごすと言っていたように先生はそこにいた。

 どういう偶然か、連絡をしたというわけでもないのにそこにしっかりと。


「こ、こんにちは」

「こんにちは、ここが好きなんですね」

「はい、朝からずっといても飽きないぐらいには好きなんです」


 って待て、今日はまだ夕方というわけではないぞ。

 まだ全然昼前で、暇をつぶすために出てきているんだから。

 あ、もしかしてあのとき言ったことを聞いてくれたということなんだろうか?


「白平さんもですか?」

「違います、なんとなくここに来ただけなんです」

「え、それって私――」

「まあ、期待はしていませんでしたけどね」


 これ以上連絡がないようなら消すつもりだったから助かった。

 今日のそれで判断すればいいだろう。

 結局、俺が頼んだから形だけは交換することにした、ということなら残しておくのは申し訳ないからそうする。


「ちょっと店にでも行きませんか?」

「え、あっ」

「無理ならいいです」

「わ、分かりましたっ、ちょっと準備をしてきますから待っていてくださいっ」


 こっちから誘っている以上、払うつもりだったんだがな。

 スマホを持ってきていないということもないだろうし、わざわざそんなことをする必要はなかった。

 結局、三十分ぐらい外で待つことになって、あ、時間つぶしはできているなと嬉しくなった。


「じゃ、行きましょうか」

「は、はい」


 先程と違って小さな鞄を持っているというだけなのになににこんな時間を使ったのか、なんて聞く必要はない。

 流石にそこまで空気が読めない人間ではない。


「すみません、まだ余裕があるわけではないのでファミレスで許してください」

「気にしなくて大丈夫ですよ」


 そもそも高い店とかに誘うのは先生のことが気になっている人間だけでいい。

 俺はただ……って、なんのために誘ったんだ?

 時間つぶしのために先生を誘うというのは失礼すぎるだろ。


「でも、遠慮なく注文してください、俺が払うので気にしなくていいです」

「そ、そういうわけには……」

「付き合ってくれているじゃないですか、それに大門先生には世話になりましたし」


 まあいいや、こうなってしまったからにはやり切ってしまおう。

 高校生のときより既に他者と関わっているから変われたのかもしれない。

 そういうのがなかったら挨拶だけをして別れていたことだろうな。

 これは間違いなくいい変化だと言えた。

 利用するようなことにならなければもっとよかったが。


「……白平さんは変わりましたね」

「大門先生がそう言うならそうなんでしょうね。あ、交換してもらった連絡先のことなんですけど、迷惑なら消しますよ」

「迷惑なんてそんなことはないですよ」

「でも、全く使用していませんからね」


 俺の方が気持ちが悪く感じてしまって駄目なんだ。

 異性のだからこそ尚更そう感じるというか、本来なら異性側からこういう風に対応しなければいけない気がする。

 まあでも、言えない人だっているだろうからこちらから切り出したわけで。


「送ってもいいんですか?」

「当たり前じゃないですか、暇なときにでもしてくれれば気づいたときに必ず返しますけど」

「それなら今日から……あっ、面白いこととか言えませんけど……」

「俺の方がそうですからね」


 とりあえず注文してからでも話せるから頼んでもらうことにした。

 腹が減っているわけではないが、俺も一応料理を頼んでおく。

 ひとりだけ食べることになったら気になるだろうし、きっと払わせてもらえなくなるからこうした方がいい。

 それに帰ってからひとりで調理を始めたくないから丁度よかった。


「どうですか? お仕事は大変ですか?」

「大変ですね、だけどみんないい人なのでやりやすいですよ」

「よかったです、人間関係の構築に失敗するとそれはもう酷いことになりますから」

「仮に苦手な人がいても逃げられませんよね? 大門先生――あ、大門さんはそういうときどうしているんですか?」


 今更あんまりよくないかと気づいた。

 先生呼びに慣れすぎていて当たり前になってしまっていた。

 まあ、気にしすぎと言われるかもしれないが、気をつけておくことに越したことはないだろう。


「私は……嫌なことがあったらご飯とかをいっぱい食べてなんとかします。ほら、白平さんが言うように職場からは逃げられませんから、それはつまり……その人から逃げられないということでもありますから」

「なるほど」

「どこに行ってもそういう人はいます、向こうからすれば私だってそういう人間かもしれない。それでも、悪く考えて距離を置こうとはしません、嫌がっているのに気づいておきながら嬉々として近づいたりもしませんけどね」


 礼を言って一旦黙る。

 店内は賑やかだし、なにより注文した料理がそろそろ運ばれてくるはずだからそれでも問題はない。

 というか、休日にそういう話をするなよと後悔しているぐらいだった。

 嫌なことがあったからこそあそこで過ごしている可能性だってあるのに、流石に相手のことを考えなさすぎだ。

 払わせてもらおうとしているのだって自分のため、結局今日のこれで先生のためになるようなことはなにもなかった。


「あ、きましたね」

「はい、食べましょう」


 料理が運ばれてきてからは一瞬だった。

 長居するわけにもいかないから約束通り払わせてもらってから退店。

 これ以上一緒にいてもらうわけにはいかないから感謝の言葉を伝えて別れた。

 あ、もちろんあそこまで送ってからだが。


「なにやってんだ俺……」


 あれではまるで説得力がない。

 全てを見ていた人間がいるなら先生に会うために行って、会えて舞い上がってしまった気持ちが悪い人間にしか見えない。

 断れない人間性を利用してあんなことするなんて最悪だ。

 これはもう黙って消してしまった方がよかっただろうな。

 間違いなくその方が先生的にはよかったんだ。


「ただいま」

「おかえり」


 まだ昼過ぎなのに父がいたから部屋には戻らなかった。

 いまはひとりでいたくないから全てを聞いてもらうことにする。


「へえ、公夜がそんなことをしたのか」

「まあ、世話になったから礼をしたかったのはあるんだよ、だから丁度いいって考えたんだけど……」

「でも、先生が断れないことも分かっていたから複雑になってしまったと、そういうことなのか」


 俺のためにもここではっきり言ってほしかった。

 馬鹿かとか気持ちが悪いとか言ってくれれば動き出せる。

 一方的に謝罪をしてから消すことだってできる気がした。


「俺は嬉しいけどな、それに先生が本当にそう感じているのかは分からないままだ。公夜は慣れないことをして必要以上に不安になっているだけだろ」

「いやでも――」

「そもそも、本当に断れない人なのか?」


 三年間でこちらからなにか頼んだことはないから分からない。

 だが、連絡先の件でそういうところがあるんだというような考えになった。

 決めつけも失礼なことは分かっているが、今日付き合ってくれたのだってそこに繋がっている可能性の方が高いんだ。


「ま、そういうのも人生には必要なことだ」

「父さん……」

「俺は寝てくる、公夜も部屋に戻ってゆっくりしろ」


 仕方がないからベッドに転ぶことにした。

 本当にくるのかどうかも分からないのにスマホを見ていたところで仕方がないから目を閉じた。

 このままGW終了日まで、つまり出勤日まで飛んでほしいぐらいだった。




「京、早くお風呂に入ってしまいなさい」

「ん……眠たいよ」

「どうせお風呂に入れば目が覚めるわよ」


 怒ると凄く怖いからお風呂に入ってしまうことにした。

 またGW初日だからどうしてもだらだらしてしまうのは許してほしい。

 だって終わったらまた働かなければいけないんだし、休めるときに休んでおかなければ損なんだし。


「ふぅ」


 食べることもお風呂に入ることも寝ることも大好きだ。

 だからどうしてもついつい長時間になって結局怒られることになる。

 でも、最後に入るのは嫌だからいつもいっぱい謝ることで対策をしていた。


「あ、そういえば……」


 なんとなく、本当になんとなくなんだけど白平君はどうしているんだろうと気になってしまった。

 とはいえ、高校時代みたいに気軽に「交換しようよっ」なんて言えないから連絡先は知らないままだ。

 うーむ、なんか一度気になってしまうと落ち着かないなあ。

 せっかく幸せな場所にいて幸せな時間を過ごしていたはずなのに、こんなことになってもどうしようもないというのに。


「うーん」

「どうしたのよ?」


 お風呂から上がってソファでゆっくりしていたらちょっと冷たい顔ではあったものの、姉がそう聞いてきてくれた。


「ちょっと同級生の子に会いたくなってね」

「会ってくればいいじゃない、明日だってGWなんだし」

「まあ……そうなんだけどさ」


 どこら辺に住んでいるのかすら分かっていないからどうしようもないんだよ。

 ただ、お休みは早く終わってほしくないというわがままな自分がいた。

 それでもどうせ寝たらすっきりするさと考えて翌日を迎えたんだけど、残念ながらまだどうやって過ごすんだろうと気になってしまっている自分がいる。


「はぁ、少し落ち着こう」


 あの静かな子がお家ではどんな感じなのかが気になっただけだ。

 聞けば普通に教えてくれる気がするからそのときでいいと片付けた。

 そうしたらいつも通りに戻れたからのんびりすることにした。

 楽しまなければ、休まなければ損だからそのために頑張らなければならなかった。

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