94作品目

Rinora

01話.[特にないですよ]

 微妙な時間帯に微妙な場所を歩いていた。

 誰かを迎えに行っているとか、集合場所に向かっているとか、そういうことではなく、ただただゆっくり歩いている形になる。

 何故かそうしたくなってしまったから仕方がない。


「あれ、白平さん?」

「ん? あ、こんなところでなにをしているんですか?」


 お前が言うなよという話だが、こんな誰もいないような場所で存在していた教師というのも不思議だから聞いてみた。

 学校というわけでもなく、住宅街が近いというわけでもない場所だから余計に異常に見えてしまうわけだ。


「お休みの日の夕方はいつもここで過ごすんです」

「昼にした方がいいんじゃないですか、夕方と言っても夜寄りですし」

「ふふ、白平さんはどうなんですか?」

「俺は男ですからね」


 身長だって高いわけだから道具を使って襲われなければなんとかなる。

 高校生になってから部活はしてないが、まだ高校生だからそのときに得た力で無傷とはいかなくても対処できるだろう。

 でも、教師――先生は違うからこういう時間にはもう帰った方がいい。


「そうだ、ちょっと私の家に寄っていきませんか?」

「休日に会ったとはいえ、俺らは教師と生徒なんですけど」

「ちょっとですから大丈夫ですよ、付いてきてください」


 で、付いて行ってみたら何故か卵をくれた。

 スーパーに売っているそれとはかなり違う物で、なんとなく高い物なのかと考えていたら「お父さんが送ってくれたんです」と。

 もしかしたら先生の父は自分で育てているのかもしれない。

 ちなみに渡してきた理由は多くて食べきれないから、だそうだ。


「もうすぐ卒業ですね」

「あ、まあ、卒業式がくればそうですね」


 たまにこうしたくなるのは社会人になりたくないからなんだろうか?

 それとも、社会人になってからだとこうやってゆっくり歩くこともできなくなるからなんだろうか?

 自分のことでも分かっていないことが多いからどれが正解なのかは分からないままだった。


「寂しいです、白平さんとは結構一緒にいましたからね」

「俺が変なことをしているみたいに言わないでくださいよ」


 裏でこそこそ仲良くしていたとかそういうことはない。

 休日に会って一緒に行動したとかでもない。

 まあでも確かに話した回数は多いかなと、こちらをなんとも言えない顔で見てきている先生を見ながらそんなことを考えた。


「不安とかないですか?」

「特にないですね」


 これまでと同じだ、あくまで決められたことを守っておけばいい。

 怒られたりすることもあるだろうが、別にそれでなにがどうなるというわけではないから。

 俺は俺らしく存在していればいい。

 登校して授業を受けて下校するを繰り返していた学生時代のように作業化してしまえばいいんだ。

 誰かに好かれる必要はない、嫌われなければそれでいい。

 金を得るためだけに働くわけだからそれ以外は言ってしまえばどうでもいいことだと言えた。


「あ、これが悪くなっても嫌なのでもう帰ります」

「はい、それではまた」

「まあ、そうですね」


 明後日が卒業式だからもうこんなやり取りもできなくなる。

 それでも関係ない、薄情な話だが小中高全て踏み台でしかないから。

 それに卒業して会わないことが当たり前になればあっという間に相手の存在というのは内から消えるもの、だから寂しいとかそんなのはいまだけのことでしかないということで。

 可愛げがある人間ではないから先生からすればよかったことだろう。

 担任というわけでもなかったが、近づいて見ていなければならない悪い理由があったというわけだから。

 俺だったらそんな面倒くさい存在が合法的に消えるのであれば喜ぶだろうな。


「ふぅ」


 貰ったそれを冷蔵庫に閉まってソファに座る。

 電気を点けていないから細かく鮮明に見えたりはしなかった。

 でも、結局人生なんてこんなものだろう。

 自分が知らないところで色々なことが起きている。

 人によっては時間も時間だから家族と過ごしているかもしれないし、まだ仕事で頑張っているところかもしれないし、休みということとひとりだということでだらだらしているかもしれない。


「もしもし?」

「よう、元気にしているか?」

「いつも通りだ、父さんはどうなんだ?」

「俺は働きすぎて少し疲れているところだな」


 学校に通っていて疲れたと感じたことは一度もなかった。

 そりゃまあ働いているわけではないから当たり前のことだ。

 あくまで自分のためだけにそうしていたわけなんだから疲れなくて当然だ。


「もう卒業だな」

「そうだな」

「春から社会人か、上手くやれるのか不安になってくるなあ」

「上手くやる必要なんかない」

「おいおい、学生時代と同じようにできるとは限らないだろ、もう少しぐらい考えて行動した方がいいんじゃないのか?」


 人生経験が長い父がそう言うならそうなのかもしれない。

 とはいえ、いまから考えて行動ってどうすればいいんだ?

 なにをすればいいのかが全く分かっていないから練習しようもない。

 ちなみにそれを聞いてみても教えてくれはしなかった。

 変えた方がいいと言った相手に限ってはっきり言ってくれないから困る。

 もう自分で考えて行動しなけりゃいけないということなら仕方がないが。

 つまり、結局まだ自分は学生気分のままでいるということか。

 しっかりしている人間は卒業を迎える前からよく考えて行動していると、後の自分のためになるからと変化を恐れずに努力していると、そういうことなんだろうか?

 もしそうであれば俺はこの時点で終わっているようなもんだ。


「ま、言ってしまえば出社し続けたら勝ちみたいなものだからな」

「迷惑をかけていたりしていてもか?」

「もちろんそんなことにならないのが一番いいがな」


 なんと言われても気にしない自信というのはなかった。

 これまではそういう言葉をぶつけられたことがあまりないからだ。

 もしかしたらあっという間に負けて逃げるかもしれない。

 厳しくされてこなかった人間ほど弱いはずだから。


「どんな綺麗事を並べようと結局金のためにみんな働いているわけだからな。まあでも、別に仕事を好きになるのは悪いことじゃない、どうせなら嫌いなことより好きなことであってくれた方がモチベーションも続くしな」

「父さんはどうなんだ?」

「仕事なんか好きじゃねえよ、金さえあればとっくの昔に辞めて静かな場所でだらだらしていたことだろうな。でも」

「でも?」

「母さんや公夜きみやがいるから頑張れるってもんだ、だから公夜もそういう存在が見つかればもっとよくなるかもな」


 そういうことなら尚更俺は駄目だ。

 いらないとかそういう風に一度も考えたことはないが、一度もそういうこととは縁がなかったから。

 どうしても子どもの顔が見たいということならもうひとり頑張って母に生んでもらうしかない。

 ひとりっ子、そしてそれが俺の時点で諦めてもらうしかなかった。


「っと、呼ばれたから行くわ」

「おう」

「少し早いが卒業おめでとう」

「おう」


 スマホを置いてソファに寝転ぶ。

 地球が滅茶苦茶にならない限り嫌でも前に進むわけだから不安になっても仕方がないと片付けておいた。




「白平さん」

「よかったんですか」

「はい、少しお話したかっただけなので」


 そのために残っていたわけだから早くなったのはいい話だ。

 まだ学校敷地内にいるからあんまりいいことでもないしな。

 まあでも今日からもう通わないわけだから悪く捉える人間はいないかと片付ける。


「あの……」


 体感的に五分ぐらいが経過した頃「頑張ってくださいね」と言って先生は歩いて行ってしまった。

 頑張らなければならないことには変わらないからその背にはいと返して帰路に就くことに。

 わざわざそれを言うために来るなんて物好きな人だ。

 なんとなく途中にあったコンビニで菓子と飲み物を買った。

 そのまま家には帰らずに公園に寄ってゆっくりする。

 まだ昼前だから誰かが利用しているということもない静かな公園で、ひとりむしゃむしゃと菓子を食べていると不思議な気持ちになる。

 一年後の俺はどうしているだろうか。

 こうしてふとした衝動にかられてどこかでのんびりしているんだろうか。

 そんなことを考えている内に夕方になってそろそろ帰ろうかと立ち上がったときのことだった、「あの!」とばかでかい声が聞こえてきたのは。


「し、白平さんにお願いしたいことがあったんです」

「お願いしたいこと? 自分にできることならしますけど」


 だが、また黙ってしまったという……。

 教師として言ってはならないことなんだろうか。


「こ、これに名前を書いてほしいんです」


 別になんてことはないただの紙だった。

 裏を見てみてもなにもなかったからメモ帳かなんかだと判断した。

 なにか損するというわけでもないから名字及び名前を書いておく。


「ありがとうございます」


 なんでこんなことでそんな顔をするんだ?

 三年間で関わった時間も多いのにまるで分からなかった。

 下手をしたら引っかかり続けてしまう可能性がある気がした。

 いつもならどうでもいいことだと片付けるんだが、もしかしたら卒業ということで自分も少し違ったのかもしれない。


「俺もひとついいですか」

「はい」

「大門先生の連絡先を教えてください」

「え」


 無理なら無理で構わなかった。

 でも、そうしたら俺を困らせることになると分かった方がいい、なんてな。

 どうせ時間も経てば色々なものと一緒に片付けるだろう。


「い、いいですよ」

「無理してませんか」

「無理なんてしていません、でも、もしやり取りをするんだとしても四月からですけどね」


 四月になるまでは○○生、というのを守ろうとしているのか。

 で、自分で言っておきながらあれだが連絡先を入手してしまった。

 他人から勝手に聞いたとかではなく、あくまで本人から許可を得て登録したわけだからそこが違う。


「それでは」

「はい」


 先程と違って『大門由貴ゆき』というアカウントが登録されているわけだが、先生の連絡先を入手してどうするんだよとツッコミたくなった。

 まあ、もうこうなってしまったのは仕方がないと片付けて帰路に就く。

 家に着いたらなにかを食べる気にもなれなかったからさっさとベッドに転んで朝までゆっくり寝た。


「あ」


 平日なのに学校に行かなくていいというのは違和感しかなかった。




「ふぅ」


 作業内容自体は単調だが、一定の速度でやりきらなければならないというのはそれなりに疲れる。

 また、工場というのもあって会話もしづらいというのが学校とは違うところだ。

 だが、この春で入った俺達以外は全員三十歳を超えているというのは大きい。

 正直、同級生とかより分かりやすく歳の差があった方が話しやすいからだ。


「おいおい、いちいち外で過ごさなくてもいいだろ?」

「ここだと楽なんですよ」

「そうかあ? これだって座っていたらケツが痛えだろ」

「根川さんは早く食堂に行った方がいいですよ」

「それがこれ以上食えねんだよ。給料から引かれるのは当たり前だが、繰り返していると結構痛いからさ」


 きょろきょろしてから「ここ、給料がやっすいからなー」と根川さんは言う。


「それより一緒に入ってきた男や女の子とはどうなんだ?」

「話すことはないですね、だって担当している機械や場所が違いますし」

「終わる時間は一緒なんだから積極的に話しかけてみたらいいだろ?」

「俺、そういうの苦手なんですよ、根川さんと話せているのは根川さんが話しかけてくれるからですね」

「おいおい……」


 まだ余裕があるとは言えないから余計なことで時間を使いたくない。

 一年とか時間が経過してからならまだいいが、まだ一ヶ月も経過していないから俺には早い。

 ただ、いまのところは特に怒られたりすることもなくできているのはよかった。

 新人だからこそかもしれない、根川さんだって抑えているだけなのかもしれない。

 それでもいちいち悪く考える必要はない。

 出しゃばらない程度に一生懸命やっておけば大丈夫なはずだ。


「白平、例えば俺がなにかに誘ったらどうする?」

「根川さんが誘ってくれたのなら行かせてもらいますよ」

「あ、一応付き合おうとはするのか」


 なんでも拒絶するわけではなく無難にやろうとする。

 他者を拒絶してきたとかそういうことではないからだ。


「早く酒を飲ませて本音を吐かせたいもんだ」

「素面でもはっきり言いますよ、その中で根川さんとならと考えているだけです」

「ははは、信用してもらえているのは嬉しいがな」


 こちらの頭を叩いてから「頑張ってくれよ」と言って歩いていった。

 根川さんは特定の機械だけを担当しているというわけではなかった。

 色々な機械を扱えるし、修理だってできる人だ。

 いまの目標はとにかく自分が担当している機械に慣れるということだった。

 イレギュラーが起きても慌てずに対応できるようになりたい。

 昼休憩が終わってまた再開となった。

 ここには前々から担当していた人もいるから協力してやる感じだ。

 恐らく俺がひとりでできるようになったらこの人は夜担当になると思う。


「ちょっと滑るから気をつけろよ」

「はい」


 熱いし、ナイフで手を切りそうになるし、ゆっくりしていると形成されたそれにも悪影響が出るから油断できない。

 それに仕方がない話ではあるが、新人である俺用に合わせた速度だから本来ならこれ以上速いわけで、その点も少し引っかかるところではあった。

 とにかく、目の前のことに集中しているだけであっという間に十七時になるからちゃんと身についているのかが分かっていないままだ。


「お先に失礼します」

「おう」


 帰路に就けるとほっとする。

 自宅のソファに座れたときは勝手にふぅと言葉が漏れる。

 多分、このまま上手くはいかないという考えも出てくる。

 まだ本当の意味であの工場で働く一員になれているわけではないんだ。

 でも、不安になるのは正直に言えばほとんどなかったことなので、なんか生きている感じがしてよかった。

 怒られることも必要だろう。

 理不尽なそれではなく、正当な理由からくるそれであれば必要なんだ。

 明日も元気よく働くために調理を始めた。

 流石に学生時代と違ってなにも食べずに行くなんてことはできない。

 昼もそうだ、作らないで行くことはできない。

 適当な時間に寝るということもできないから大変なことばかりだ。

 だが、これも同じで俺にとってはいいことだった。

 特別合わせようとしなくてもなんだかんだやれてしまう学生時代は少し退屈とも言えたから。


「あ」


 自分が笑っていることに反射したそれで分かって慌てて戻した。

 流石にこれは気持ちが悪い、別に天才すぎて飽きてしまったとかそういうことでもないのになにをしているのか。

 恥ずかしいからさっさと作って、ささっと食べた。

 それからは風呂に入ったり洗濯をしたりして部屋に戻ってきた。


「結局、なにもないな」


 せめてと先生なりの優しさを見せてくれただけなんだろうか?

 あの人のことだから断ると悲しませてしまいそうだからなんて考えて要求を受け入れてしまいそうだ。

 まあ、やり取りをできたところでなにがどうなるというわけではないからそれでいいが……。


「よう」

「は? え、なんで家にいるんだ?」

「なんでって、それはここが俺の家でもあるからだろ」

「そうか、おかえり」

「おう、今日からまたここで過ごすからよろしくな」


「会社まで距離があって面倒くせえ」そう言って出ていったのが父なのに本当になにがあるかなんて分からないもんだな。


「で、母さんは?」

「母さんは戻ってくれなかったよ……」

「はは、母さんらしいな」


 無駄が嫌いな人だから違和感はなかった。

 一途な人でもあるから浮気とかの心配もない。

 それにいま戻ってこられても困るから父には悪いが助かった形となる。


「ご飯は食べたか?」

「さっき作って食べた」

「そうか」


 疲れたからもう寝てしまおう。

 起きていてもなにができるというわけではないからそれでよかった。

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