四章 少年の過去(4)
テオの話により、十月末の祭りの日にテオが死ぬことになった理由が確定した。概ね予想通りではあったが、会ったことのないテオの両親の所業を彼本人の口から聞かされると、子供の頃に気づけなかった自分の鈍さに憤りを覚えた。
私塾で絡んでくる年上の子から護ってあげようと色々と策を巡らせて無茶もしてきたのに、テオに被害を及ぼす相手は家の中にいた。本来子供を庇護しなければならない親によって、苦痛を強いられていた。
――そんなテオを助けてあげられたらよかったのに。
子供の頃にまでは時間は戻らなかった。だけど十月末の出来事なら、これからでも変えていけるはずだ。
話のきりがついてから、セレナはテオに告げた。
「わたしは破壊の魔術式による被害に巻き込まれなかったわ。テオが転移魔術で学院の外に飛ばしてくれたから」
「それじゃあ……」
テオの顔が明るくなる。だがそれを遮るように、続けた。
「あなたの死がきっかけで、わたしは過去に戻っている。それを三回繰り返したの」
三回も、とテオがつぶやく。
「テオを死なせたくない。あなたと一緒に、繰り返す時間の先に行きたい。だから――協力して」
いままではセレナ一人で奮闘してきた。一ヶ月を繰り返す間に情報を得たり、シャルロがテオを殺すのは阻止できたりと、成果がまったくないわけではなかった。
だがそれでも、祭りの夜のテオの死は止められなかった。
しかしテオ本人の協力があるのなら、なんとかなるかもしれない。二周目とは違い、今回はセレナが過去に戻ってきたことを信じてくれているようだし、テオから隠していたであろう事情を引き出せたのだから。
両親を亡くした後、テオは学院長の養子になった。学院長から破壊の魔術式を制御するすべを教えられたのではないのか。学院長ほどの魔術師なら、人間に刻まれた魔術式をどうにかできるのではないか。
期待を抱きつつセレナがテオの答えを待っていると、テオは念を押すように問いかけてきた。
「三回とも、破壊の魔術式が発動して学院が壊滅したのか?」
「一周目は……テオはシャルロに殺されたの。二周目は自殺だったわ」
「そうか。なら――」
これまで晴れていたカーテン越しの空が、不意に翳った。
「無理だ。どうやっても未来は変わらない」
テオが首を振りながら告げたことを理解するのに、しばしの時を有した。
「……無理って、どうして」
「要は一周目も二周目も、魔術式が発動しそうになったから、その前に命を絶って止めたということだろう」
「シャルロに殺されたのは、そうと決まったわけじゃ――」
「そういうことだ。前々からシャルロには頼んでいた。シャルロも学院長から命じられていた」
嘆息してからテオは続けた。
「そうした役目でもない限り、シャルロが俺とかかわる理由はない」
「そんな……唯一の友達じゃ」
「まさか。あの一族の分家は、本家がやらないような裏の役目をこなすのが生業。あいつのいまの役割は、俺の監視と魔術式が暴走しそうなときの始末だ」
テオに素っ気ない対応をされながらも、人懐こい態度でかかわっていくシャルロの姿に、祭りの夜に血に濡れたナイフを手にしていた姿が重なった。
普段は快活で社交的な仮面を被っているわけではなく、テオを殺した際に狂気に駆られていたわけでもない。あれはどちらもシャルロの本質だったということか。
「刻まれた破壊の魔術式は、未完成で不安定なものだ。本来なら刻まれた人間が発動させるものだが、爆発してもおかしくない状態をずっと抱えてきた。一ヶ月後に暴発するというのなら、それは避けられないのだろう」
テオは淡々と、確定したかのように未来を語った。自分のことなら自分が一番よくわかっていると突きつけるかのように。
だがセレナとしては、そう言われたからといって引くわけにはいかなかった。
「学院長に相談しましょう。わたしたちでは無理でも、学院長ならどうにかできるかも――」
「学院長、か。魔術式が暴発する未来が来るとわかったら、本家の血筋ですらない人間など即切り捨てるだろうな」
「どうして――学院長は破壊の魔術式を刻まれたあなたを保護するために養子にしたんじゃ……」
「保護? 笑わせる」
言葉とは裏腹に、忌々しそうにテオは続けた。
「学院長が俺を引き取ったのは、将来他国に送り込んで破壊の魔術式を発動させるため。軍事利用するためだ」
頭を殴られたかのような衝撃が来た。
「嘘……」
それでは学院長は、テオを利用して死なせるために引き取ったというのか。
「学院長としても想定外だっただろうな。魔術式が不安定なのだから、散々無茶な方法で安定させようとしてきたのに、こんなに早く暴発するんだから」
無茶な方法の内容を訊く気にも、想像する気にもなれなかった。
「魔術師としても使い物になったほうがいいとわざわざこの学院に入れたのに、無駄になったな」
はは、とテオは笑う。なぜこの状況で笑えるのだろう。未来が閉ざされていると気づいたからか。捨て鉢になったからか。セレナを安心させるためだというなら、ここで笑みを見せられても安堵とは正反対の感情しか浮かばなかった。
「そういうわけだから、俺のことは諦めろ。それより――」
「嫌」
窓のほうを向きかけたテオが、ぎこちない動作でセレナを見た。
「絶対に嫌っ! 諦めたくない!」
視界が涙で滲む中、セレナは叫んでいた。
表情はよく見えないが、テオは困惑したような、あるいは気まずそうな雰囲気をまとった。
「……わかった。ひとまず落ち着いて」
「あなたは自分が死ぬかもしれないってときになにを落ち着いているの!?」
一息でそう口にしていた。
テオが抱えていた事情や学院長の本心に、驚きはした。でもそれ以上に、セレナが一番心を砕いていることに対して、当事者があまり関心がなさそうなことに腹が立った。
「適当に宥めようとしないでよ。それよりってなに。テオの死を回避することよりも大事なことがなにかある?」
「あるよ」
即答された。
「時間が戻る原因を取り除いて、君は未来へ行く。その方法を探るほうが、ずっと大事だ」
いつになく穏やかな声は、子供の頃のテオの口調に似ていた。
「だからそのためには、テオが死なないようにすれば――」
「普通、幼馴染が死んだくらいで時間は戻らない」
噛んで含めるように、テオはそう語った。
「魔術式は発動させないと約束する。学院が壊滅することはない。だから君は、その先の時間を有意義に過ごしてくれ」
「どうして、そんな……」
涙が頬をつたった。それではテオは、そのときが来たら絶対に死ぬと言っているようなものだ。
「あと、時間を遡る原因だが。俺の死がきっかけだとしても、他に要因があるんじゃないか」
学院長との会話が蘇った。魔術学院に時を越えるような要素はないと聞いたが、学院長の与り知らぬところで実はなにかあったのだろうか。
涙を拭いつつ、いまからそれを探しに行くのだろうかと思ったが、テオの次の言葉は予想外のものだった。
「ちょっと見せてくれ。人間に刻まれた魔術式なら、わかるかもしれない」
セレナは焦った。
「魔術式って……見るって一体なにを――」
「内側を」
つかつかと近づいて来るテオに壁際に追い詰められ、腕が伸びてきた。まっすぐに見つめる紫の瞳は、嘘や冗談ではなく本気なのだと告げていた。
「いや、やめ――」
肩をつかまれて耳元で呪文を唱える声が聞こえたかと思うと――セレナの意識が落ちていった。
それと同時に、なにかが入って来る感覚を覚えた。
暴かれる。曝け出される。他者に触れられたくないことも、自分ですら思い出さないような記憶も、すべて。
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