四章 少年の過去(3)

「私塾をやめた後? 決まっている。破壊の魔術式を刻んだ多大な魔力を持つ子供、我が実験の最高傑作であるお前を陛下に捧げ、この国の役に立ってもらうのだ」

 誇らしさを表情に滲ませて、父はそう言った。

 セレナとの会話から数日後の夕食時、父が比較的機嫌がよさそうなときを狙ってこれからのことを訊いてみた答えが、それだった。

「別の子供でも実験しているが、やはり私と妻の――我が一族の正当なる血を引くお前だからこそ、魔術式は定着した。やはり下賤の血を引く者は駄目だな」

 父の言うことは理解できなかったが、自分の未来は親によって決まっていることはわかった。そして破壊の魔術式で役に立てということは――未来が閉ざされているということも。

 破壊の魔術式は、発動させたら広範囲を爆撃により破壊する。その衝撃に肉体が耐えきれるはずがないのだから。

「……僕は、そんなことのために」

「そんなこととはなんだ! 魔術師としてこれ以上なく名誉なことだろう!」

 テーブルに拳を叩きつけて、父は叫んだ。食器が耳障りな音を立て、コップに入った飲み物の飛沫がテーブルに散った。

 母親はなにも言わず、食事を続けている。

「案ずることはない。破壊の魔術式はあと少しで完成する。追加で回復の魔術式も刻み込もう。息の根が止まらない限り、身体を急速に再生させられるように。破壊の魔術式により身体が砕け散っても死ぬことはない。最高の魔術兵器となるだろう」

 悪意すらなさそうな口調で、異端の魔術師は語った。意味のわからない言葉がテオの頭の中で反響した。

「――そうだ。お前は我らが与えたものではない装飾品をつけているようだな」

 反射的に、テオは首から下げて服の中に隠してあるペンダントに手をやった。いつ知られたのだろう。実験の際は外していたはずだが――その際にテオの部屋に入られたのだろうか。

 この家の子供は親の所有物だ。子供の持ち物も親によって勝手に捨てられていた。それが当たり前の家だった。今回、捨てられはしなかったが、母が見つけて父に報告したのだとしたら。

「魔術師にとって、装飾品は大事なものだ。特にこれからは、低俗なものを身に着けられては困る。お前に刻み込んだ魔術式に悪影響があっては困るではないか」

 テーブルの向こう側にいた父が大股で近づいて来たかと思うと、手が伸びてきた。

「……い、嫌だっ!」

「子供が口答えするな!」

 ペンダントをつかまれ、思い切り引っ張られた。首の後ろが摩擦で焼け、鎖が千切れた。

 セレナがくれたペンダント。つながりの証。宝物が――壊された。

 破壊の魔術式の発動方法は聞いていた。まだ未完成で不安定だから、完成するまではその呪文は唱えるな、とも言われていた。

 ――なぜ、こんな人間の言うことを聞かなければいけないのだろう。

 呪文を唱えたからか、それとも不安定な魔術式が暴発したからか。

 轟音と閃光。爆発が巻き起こり、熱に焼かれ、砕けた家具や家の破片が、その部屋にいた者たちの身体に突き刺さった。



 気がついたときには、テオは病院のベッドに寝かされていた。全身に包帯が巻かれていて、痛みが走った。意識が戻ったことが医者に伝わると、様々な処置をされた。

 しばらくして老人が訪ねて来た。

「テオドール。おぬしの両親は即死だった。おぬしはよくぞ生き残った」

 白髪に白い髭の老人は、自分たちは特別だと豪語していた両親よりもずっと立派なローブをまとい、顔のしわを深くする笑みを浮かべた。

「怪我が完全に治るまでしばらくかかりそうだが、退院したらおぬしはわしが引き取ろう」

 そうしてテオの所有権は、親から老人――魔術学院の学院長であるグェンダル・レヴィナスに切り替わることになった。

 セレナと一緒に魔術学院に通うことはないのだと突きつけられた矢先に、その学院長に引き取られる。数奇な巡り合わせだと感じた。

 ――退院したら、セレナに会いに行けるだろうか。

 そう思いながら、テオは療養に励んだ。

 設備が充実していて腕の立つ医者がいるこの病院が、生まれ育った故郷から離れた地にあることは、入院して何ヶ月か経過してから知った。

 怪我が回復していき手や腕が動くようになると、学院長が勉強のための教本や、魔術の基礎の本を持って来た。

「勉強ばかりではなく気分転換も必要か。なにかやりたいことはあるかのう」

 そう問いかけられた。少し考えて、装飾品を作る練習に必要なもの、銀細工の材料と道具を頼んだ。

 久しぶりに細かい作業をしたからというのもあるが、実際にやってみると不格好なものしか作れなかった。

 セレナがくれたものを思い出しながらペンダントトップを作ろうとして、歪んだ銀の板が増えていく。

 家にあったものは、暴発で焼けて壊れて処分したと聞いた。鎖が切れたペンダントも、瓦礫と一緒に処分されたのだろう。

 それに同じものを作れたとしても意味はないのかもしれない。セレナが作ってくれたものだから、大切だったのだから。

 そういえばお返しをしようとして、作っていなかったことを思い出した。もう少し上達したら、渡したいと思えるものを作れるだろうか。



 学院長の別邸は、本家の屋敷及びレヴィナス魔術学院と同じ領地にあるという。この領地は王都の隣にあり、元々住んでいた故郷よりもずっと住人が多くて賑わっている。

 長い療養生活が終わったテオは、学院長に引き取られ、彼の別邸に住むことになった。

 馬車に揺られて向かった先には、いままで住んでいた家よりもずっと大きな屋敷が、広い敷地に建っていた。だがこれでも本家の屋敷より小規模らしい。

 レヴィナス本家の家族のことは教えられたが、会うことはなかった。そのことにテオは安堵していた。異端の魔術師の家で生まれ育った子供が、名門の家の家族に溶け込めるはずもないのだから。

 広い屋敷で生活するのに慣れてきた頃、別邸を訪れた学院長がレヴィナス家の分家の少年を連れて来た。

「こやつはおぬしの助けになるだろう」

 互いのことを紹介してから、あとは子供同士で仲良くやるといい、と学院長は別邸の書庫へ行ってしまった。

 同じ年らしい分家の少年と二人きりにされて、テオはどうしたものか迷った。

 しかしシャルロは初対面の人間に対する人見知りなどまったく発動していない様子で、持ってきた鞄から平たい箱を取り出した。

「これ、お前の家が爆発したときに残ってたもの。貴重品っぽいものだけだけど」

 親が持っていたものだろうか。形見と言われても実感が沸かないな、とテオは蓋を開けた。

 貴金属や宝石がついた装飾品、高性能な魔術道具や魔術式が刻まれた宝玉に紛れて、見覚えがあるものがあった。鎖が切れた、セレナの名前が刻まれた銀の板のペンダントだ。

「これっ……」

 手に取る。鎖は切れたままで、暴発の余波を直接浴びたからか、銀の板も若干ひしゃげているが――セレナが作ってくれたものが、再びテオのもとに戻ってきた。

 ペンダントを見つめていると、涙が滲んだ。零れ落ちる前に、袖で無理やり拭う。

「……助かった。家のものは全部、処分されたと思っていたから」

「いや、うちの倉庫に保管されて忘れられてただけで、もともとテオの家のもんだろ。じいさんもさっさと届けてやりゃあいいのに。病院ではじめて会ったのは大分前だって話じゃん」

 呆れたようにシャルロは言った。

「それに、お前の親の研究成果や一族が受け継いできたもので無事だったやつは、大分じいさんが掠め取っただろうからな」

「……そう」

「それだけかよ。もっと怒れよ」

 親がやってきたことに特に思い入れがない身としては、ここで怒れと言われてもピンと来なかった。

「気をつけろよ。そのうちわかってくると思うけど、あのじいさんは善意だけで子供を引き取るなんてこと、絶対にしねえから」

「……君はそれを俺に教えていいのか?」

「バレなきゃいいんだよ」

 そう言ってシャルロは笑った。

「ところでそのペンダント、テオのなんだな。セレナってお前の恋人?」

「違……いや、その」

「へええええ」

 言い澱んだことで、名前の人物に対してどう思っているのか、かえって相手に見透かされてしまった気がした。

 その後、鎖の金具を取り換えて、ペンダントとして着脱できるように修復した。唯一のセレナとのつながりを、二度と手放したくないと思った。



 学院長に破壊の魔術式について知っていることを訊かれ、完成する前に親が死んだことを伝えると、魔術式について調べられた。

 多くの魔術師が入れ替わり立ち代わりやって来て、テオの身体に刻まれた魔術式を完成させようとし、それが不可能だとわかると暴発しないように安定させようとした。

 住む場所が変わっただけで、他の魔術師の管理下にあるのは同じだと感じた。

 学院長の養子になってからは、魔術の基礎と応用を叩き込まれ、魔術学院の入学試験のための勉強を義務付けられた。

 子供の頃から親に様々な魔術を教わったと思っていたが、親は素人に――未熟な子供に魔術を教える専門家ではなかった。学院長の縁者の魔術師に教わってはじめて、どういう理屈でそうなっているのか理解したことが多々あった。

 それ以外にも家でなにを教わったのか訊かれ、使える者が限られている魔術を伸ばすように言われた。

 転移魔術の適正があるから習得するように言われた。便利な術だと思ったが、街と街の間を魔術で行き来できる学院長ほどの使い手にはなれなかった。

 それから、魔術を使った異端とされている技術も教わった。魔術と薬を併用すれば、他者を意のままに操ることができる。学院長の一族が魔術師の名門として君臨し続けている理由の一端を見た気がした。

 シャルロにはじめて会ったときに忠告されたことが、じわじわと心身に沁み込んでいった。

 命じられたことをこなす毎日に、自由な時間はほとんどなかった。しかし、それは言い訳に過ぎないのかもしれない。

 現在の居住地は故郷の街から遠くなったものの、もとの街からは国の端から端ほど離れているわけでもない。

 別邸から出ることを禁じられていたわけではないし、用事があれば遠方にも連れて行かれた。以前の知り合いに会いたいと言ったら、連れて行ってもらえたかもしれない。

 テオの転移魔術では不可能でも、学院長を頼れば訪ねて行く方法ならいくらでもありそうだった。

 だけど、セレナに会いには行かなかった。

 人を殺した自分が彼女に受け入れられるのか。そう、頭の中で囁く声がする。

 セレナに会いたかった。会いたくて堪らなかった。顔を見たかった。声を聴きたかった。

 ただでさえ突然別れることになってから、年月が経過している。これ以上時間が空くと忘れられるかもしれない、という不安もあった。

 けれど拒絶されるかもしれないという予感があるから、彼女に会いに行くことから目を背けていた。逃げていたのかもしれない。

 十六歳になる年、魔術学院に入学した。セレナが入学する予定だと言っていた学院だ。彼女がいるだろうことは予想していた。

 しかし同じ学院にいるからといって、昔のように気軽に交流する気はなかった。

 破壊の魔術式を身体に刻まれた異端の存在は、セレナとかかわるべきではない。遠ざけておくべきだ。テオが知らないところで、友人や恋人と幸せになってくれたら、それでいい。

 学院に入る前も、入学してからも、そう自分に言い聞かせていた。

 ――それなのに。

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