一章 幼馴染との再会(6)

 その日以降、セレナはローブの下にテオからもらったペンダントを身に着けるようになった。

 疎遠になっていた幼馴染との距離は、少しずつ縮まっていった。子供の頃そのままではないけれど、いまのセレナとテオらしい適度な距離で交流できるようになっていた。

 和やかな会話が交わされ、二人で過ごす時間が増えていく。時にはシャルロも交えて一緒に勉強をしたり、魔術の練習をしたりした。

 十月下旬になると、十月末に学院で開催される祭りの準備に生徒たちが奔走するようになった。

 学院祭とは別の秋の祭りで、クラスで出し物や展示発表をする類のものではないのだが、魔術学院で毎年開催されている祭りは有名なので、率先して参加しようとする生徒も多い。

 クラス単位ではなく有志が集まって出し物の届け出を提出し、屋台で食べ物を売ったり舞台に立ったりする。

 その日は学院は開放されて外部からの客も来場する。学院の外の知り合いや家族と会えることを楽しみにしている者も多いようだ。

 それらの祭りの参加者を取りまとめる実行委員がいるのだが、生徒会の者たちも学院で開催される祭りに無関係なはずはなく、ハインリヒが忙しそうに立ち回っているのをたびたび見かけた。

 食堂でテオと一緒に昼食を食べながら、セレナは提案した。

「わたしたちもお祭りでなにかやらない?」

「祭りの準備の空気に乗せられて、この時期は一年生からの出し物の届け出が殺到するそうだ。倍率も高く、舞台で人の目に触れやすい時間や屋台のいい場所は既に埋まっている。本気で祭りに参加したいなら、十月上旬に届け出を出して準備もはじめないと間に合わないな」

「詳しいわね」

「十月中旬に届け出を出したシャルロが、もっと早いうちならいい場所を取れたと悔しがっていたからな」

「シャルロは屋台をやるの? 混ぜてもらいましょうよ」

「あいつのクラスでの付き合いを邪魔する気はないから」

 そう言われると、それ以上無理を言うこともできなくなった。

「それにしても、本来は死者の霊がこの世に帰って来るという行事だろうに。なぜそれを学院の行事にしているんだろう」

「祭りを開いて飾りつけをして屋台が並ぶのは、この学院に限った話じゃないわ」

 死者の霊が迷わないように、ランタンをあちこちに灯して夜を明るく照らし出す。死者と生きた人間、あの世とこの世の境目が薄くなる日の夜は、すれ違う者が生きた人間ではないかもしれない。そうだとしても驚かずに、温かく見守ってあげよう、という日だ。

 地域によっては魔物や昔話の登場人物の仮装をすることもある。魔物が人の姿を取って街を来訪し、密かに人と交流して去って行く日、とも言われている。

 舞台での出し物では、そうした言い伝えをもとにした劇をやることが多い。そして祭り当日は舞台衣装や祭りのパフォーマンスの衣装で歩き回っている生徒も多く、それに紛れて仮装している者も毎年一定数いるという。

「……いまから集中して作業すれば、二人分の衣装が作れないかしら」

「あと十日もないぞ。やめておけ」

「だってせっかくのお祭りなのよ」

「来年があるだろう。十月頭に届け出を出して、一ヶ月かけて準備すればいい」

「そのときは付き合ってくれる?」

「ああ。……衣装を作る手伝いは期待しないで欲しいが」

「言質を取ったわ。じゃあ、今度契約書を作って来るから署名してね」

「なぜそこまで……」

「来年になって忘れていた、と言われたら突き出すためよ。寮の部屋の目立つところに貼っておくわ」

「まったく……こうと決めたら突き進むのも変わってないな」

「テオも、渋い顔をしながらわたしの思いつきに付き合ってくれるのは、子供の頃と同じね」

 茶を飲んでから、テオは息をついた。

「俺としては一緒に祭りをまわれたらそれで十分だったんだが」

「一緒にまわってくれるの?」

「そこで疑問を挟むのか」

「だって出し物には乗り気じゃなかったみたいだし、こうしたお祭り騒ぎは苦手なのかと」

「いまから届け出を出しても抽選に漏れるだろうし、時間が足りないと言ったんだ」

 そういえばそうだ。

「確かに集団で盛り上がるような催事は苦手だが――セレナと祭りをまわるのも悪くないと思っている」

「テオ……」

 今日の昼食のデザートよりも嬉しい言葉を聞いてしまった。

「じゃあ、契約書は二枚いるわね」

「あと十日もない祭りの日のことはさすがに忘れないから」

 そうした他愛ないやり取りが心地よかった。テオと過ごす学院での日々が、鮮やかに色づいて見えた。

 子供の頃は恋に恋している状態だったかもしれない。だけど、いまははっきりと言える。

 ――わたしはテオが好き。

 この想い、いつか伝えられるだろうか。

 いまの実力では家を継げないのではないかと悩むことも、なくなってきた。家を継ぐ必要がないのなら、家の存続のために選ばれた相手と結婚する必要もないのだから。



 時間は瞬く間に過ぎて、十月末の祭りの日になった。祭りを見るために学院外からも多くの来客が来て、大層賑わっていた。

 学院の校庭に屋台が立ち並び、校舎は飾り付けられ、あちこちでパフォーマンスが行われている。講堂の舞台だけでなく校庭にもステージが作られて、劇やダンスなど様々な演目が発表されていた。

 授業と練習場以外では魔術を使うのは禁じられているが、祭りの舞台では内容が許可されれば、魔術を披露したり、演出に使ったりするのも可能だ。

 三年生による魔術を使ったパフォーマンスに、魔術師ではない来場者だけではなく、一年生も息を呑んで感心していた。

 セレナはテオと待ち合わせをして、一緒に祭りを見てまわった。

「これは確かに参加したくなるわね」

 高揚した気分のまま、セレナは感想を一言でまとめた。

「様々な演目を見て、屋台の食べ物を端から食べて、まだ足りないと?」

「ええ。来年こそは絶対にわたしたちも出し物をやりましょう」

「セレナは具体的になにをやりたいんだ?」

「お祭りをまわっていると、劇もパフォーマンスも屋台も仮装も全部やりたくなるのが困りものね」

「やる気に満ち溢れているようで結構なことだ」

 学院の校舎には大きな時計がついている。セレナはふと、祭り用に飾り付けられた時計を見上げた。

「ところでセレナ、見たい演目の時間が近いのか?」

「え、どうして?」

「さっきからそわそわしているようだから」

「え、ええと……」

 ぎくりとして、咄嗟に言葉に詰まった。

 ――学院の奥のほうに湖があって、祭りの夜にそこで過ごした二人は幸せになれるそうよ。

 祭りまであと数日という頃、先輩のお姉様から聞いた話をブランシュが教えてくれた。学院に伝わる話で、先輩から後輩に語り継がれていくものらしい。

 といっても祭りの夜はみんな忙しい。六時に花火が打ち上がり、花火の終了とともに祭りは終わりだが、そこから先は後夜祭だ。

 校庭の火で祭りで使ったものを燃やし、片付けの手が空いた者はダンスをしたり、それらを遠巻きにして夜空の下で語らったり。

 参加するかどうかは昼の祭りと同じく自由とされているが、気になる相手と近づける機会と捉えている生徒は非常に多い。

 そんな中で校庭から離れた場所にある湖まで行く者は少ないだろう。実際に実行に移せる者が少ないからこそ、伝説のようになっているのかもしれない。

 魔術的な根拠はなにもない、ささやかな言い伝えだ。だけどテオに告白するための勇気がもらえる気がした。

 テオと一緒に行けるだろうか、と数日前から画策していた。しかし自然な流れで湖に誘う言葉は思いついていなかった。

「あ、あれよね、シャルロの屋台! ほら、おいしそうなにおいがここまで」

 屋台の店番に知った顔を見つけて、天の助けとばかりに駆け寄った。

「そんなにクレープが食べたかったのか……」

 追いついてきたテオが呆れた声をかけたが、気にしないことにした。



 夕方になり、空はオレンジから濃い青へと色を変えていく。来場者の数が減っていき、生徒たちも祭りが終わるのを惜しむように残りの時間を精一杯満喫しようとしていた。

「祭りもあと少しで終わりだな。聞いていた以上に盛況だった」

「そうね。テオとまわれてよかったわ」

 にこやかに返事をするセレナだが、内心ではこの時間になってもテオに湖のことを切り出せていなくて焦っていた。

 ――どうしよう。祭りが終わってから言ってみる? 来年は出し物に集中したいから、いまのうちに実行に移したいのに。……告白するかどうかは別にして。

 といったことを延々考えていると、声をかけられた。

「あ、テオ。それにセレナも」

 振り返ると、シャルロが手を振りながら近づいて来るのが見えた。

「セレナ、昼間はクレープ買ってくれてありがとな!」

「どういたしまして。おいしかったわ」

「テオは実にいいところで行き会ったな」

「……その様子だと厄介事だな」

「違ぇよ。ただちょっと荷物運びがオレ一人だときついから、手伝って欲しいだけで」

 シャルロの頼みに、テオは嘆息してから応えた。

「しょうがないな。どこからどこへ運ぶんだ?」

「空き教室から校庭の屋台まで」

「もう祭りも終盤なんだから、材料が尽きたなら終わりにすればいいだろうに」

「オレたちの屋台は最後まで足掻くって決めたんだ。ってなわけで、悪いな。こいつ、しばし借りるぞ」

「いってらっしゃい」

 そうやって送り出したものの、テオはしばらく待っても帰って来なかった。そろそろ花火の時間だ。一緒に見ようと約束したのに、間に合わないかもしれない。

 荷物運びが二人だけでは大変な量なのだろうか。最初から手伝うと言えばよかった。そんな風に思いつつ、祭りのための荷物置き場になっている空き教室へとセレナも向かった。

 校庭の喧騒とは逆に、祭りの会場となっていない校舎内は人の気配がなくて静寂に満ちていた。陽が落ちていく時刻の室内は薄暗く、普段慣れ親しんでいる場所とは趣が異なっていた。

 普段使っている教室と同じ階にある空き教室を、一つずつ覗いていく。一番手前には誰もいなかった。二番目の空き教室は、開ける前に中から物音がした。

「二人とも、大丈夫……?」

 声をかけながら扉を開くと、明かりをつけていない暗い教室で、誰かが振り返った。

 窓の外で花火が上がり、大きな音とともに、光が中の光景を一瞬照らし出す。

 シャルロは手にナイフを持っていて、ナイフから赤黒い液体が滴っていた。

 小柄な少年の足元に、人が倒れていた。胸元が赤く染まっている。床にローブの裾と赤い液体が広がっている。力を失って投げ出された手足。

 ――どうして。なんで。

 倒れている人物が誰か、認識したくないのに――テオだとわかってしまった。

 絶叫は、二発目の花火にかき消された。

 急いで駆け寄り、倒れた少年に手を伸ばす。止血しようとしても止め処なく血が流れてきて、手を赤く染めた。

 何度も名前を呼んだ。それに対して返事はなく、閉じられた目蓋が開くことはなかった。止血しようとして胸に当てた手に、鼓動は伝わって来なかった。

 悪寒が這い上がって来る。胸が重い。自分の鼓動の音がうるさい。身体も心も制御が利かない。うまく呼吸ができない。

 目の前の光景を信じたくないからか、現実を拒絶したからか。視界が真っ黒に染まり、セレナの意識は途切れた。

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