一章 幼馴染との再会(3)

 食事を終えて食堂から出たが、まだ昼休みは残っていた。教室に戻る気になれず、どこか落ち着ける場所がないだろうかと食堂周辺を歩いていると、後ろから声をかけられた。

「なぜハインリヒ先輩に決闘を申し込んだ?」

「だから申し込んでません! あちらから申し込まれて……」

 反射的に反論して振り返ると、視線の先にテオがいた。

 セレナは緑の瞳を見開く。勢い込んだ言葉は途中で途切れた。

「……なんで」

「決闘を申し込まれて、それで受けたと? なぜ?」

 視線が冷たい。不機嫌そうに見える。馬鹿な選択をしたと呆れているのだろうか。怖い。昔はこんなきつい言い方はしなかったのに。

「それは……大切なものを取られて」

「返してもらえばいい」

「それができれば苦労しないわ」

「昔は突っかかって来る相手が男だろうが年上だろうが、構わずに向かっていっただろう」

「子供同士の喧嘩とは違うでしょう」

 それに子供同士ならなんとか力で拮抗していても、いまはもう、そうはいかない。そしてそんな一般論よりも、テオの言動に矛盾を感じた。

「……わたしとはかかわらないんじゃなかったの」

「こんな事態になってそんなことを言っている場合か」

 テオにとってはそんなことと切り捨てられるような些末なことで、セレナはここ数日悩んでいたというのだろうか。

「それで勝負方法は?」

「いま考えているところよ」

「いつまでに決めるんだ」

「今日の放課後……」

「あと数時間?」

 午後も授業がある。実質この昼休みと放課後の一時間程しか、考えている暇はなさそうだ。冷静に考えるまでもなく、セレナは追い詰められていた。

「そんな言い方じゃなく、素直に心配してるって言えばいいのに」

 膠着状態になっていた会話に口を挟んできた者がいた。声がしたほうに視線をやると、この年頃の男子にしてはやや小柄な少年が近づいてくるのが目に入った。

 着崩した制服とローブ。オレンジに近い明るい茶髪で、頭の上半分の髪を後頭部でまとめている。好奇心も露な笑顔を浮かべ、琥珀色の瞳がセレナとテオを見ていた。

「あなた……テオとよく一緒にいる、ええと――」

「一年のシャルロ・レヴィナス。そっちはセレナだっけ。テオの幼馴染だよな」

「どうしてそれを……」

「これまでよくテオに話しかけてたじゃん。幼馴染なんだからもっと交流しましょう、とかいう会話が聞こえてきて」

「そこまで聞かれてたの!?」

「いや、オレとしては安心したよ。こいつにも友達がいたんだな、と」

「友達……」

 邪険にされ続けた後は尋問されているような状況だが、それが友達のすることなのだろうか。

「それより、作戦会議をするならもうちょい人がいないところでしようぜ。例の先輩の知り合いに見られて、他のやつから必勝法を吹き込まれた、なんて思われても困るだろ」

 確かにここは食堂の近くで、行き交う生徒が何人かいた。

 提案したシャルロに促されて、セレナは食堂と同じ階にあるひと気のない教室に移動した。意外なことにテオも大人しくついて来た。本当に心配してくれているとでも言うのだろうか。これまで散々避けてきたのに。

 外から見られないようにするためか教室の窓にカーテンをかけるシャルロの後ろ姿に、セレナは問いかけた。

「シャルロ、あなたも協力してくれるの?」

「強者が弱者に絡んでるのはどうかと思うからな」

 カーテンをかけて昼間の陽光が遮断され薄暗くなった教室で、シャルロは振り返った。

「それに、遠い親戚が迷惑かけてるようだし」

「親戚って、もしかしてハインリヒ先輩の? そういえば苗字が同じ……」

「有名人の先輩と違って、オレのことを知ってるやつはあんまいねえか。オレ、レヴィナス家の分家の子供なんだよ」

 そうだったのか。あまり似ていないが、家が分かれたのがずっと昔なら頷ける。

 ふと思った。テオが決闘の話に口を出してきたのも、本家の跡継ぎにいい感情を持っていないからなのだろうか。

「テオも先輩のことが苦手だったり……?」

「別に。住む世界が違う人間だと思っているだけだ」

 名門の魔術師の家の事情には詳しくないが、本家の血を引く跡継ぎと学院長の養子では、そんなに立場が違うのだろうか。



 テオの内心がよくわからないままに、作戦会議がはじまった。シャルロが仕切ってくれるのかと思ったが、意外なことにテオが口火を切った。

「さて。勝負方法は君が決められるんだったな。どうせやるなら衆人環視の中で、徹底的に勝てる方法にしたほうがいい。判定してくれる第三者がいたほうがいいな」

 学院では、授業や練習場や緊急時以外で魔術を使うのは禁止されている。もっとも表向き禁止されているということは、教師に見つからなければいいと解釈して裏で使っている生徒ばかりだが。

 その上で魔術による勝負をしたければ、届け出を出して頼めば、教師が審判をしてくれる。魔術勝負にならないのなら、判定する者はハインリヒの知り合いの上級生辺りだろうか。

 テオの決闘に対する分析は納得できたが、それはそれとして幼馴染に一言言っておきたいことがあった。

「……そこまで言うなら、いっそテオが決闘を受ければいいじゃない。そもそもハインリヒ先輩は、あなたが決闘を受けてくれないからとわたしに突っかかってきたのよ」

「そうだったのか。それはすまない」

 謝罪された。どんな噂を聞いたのか知らないが、昨日の顛末を詳しく知っているわけではないようだ。

「だがいまから俺が名乗り出たところで、君が受けた決闘は開催されるのだろう? 別件扱いされて終わりだ」

「……そうでしょうね」

 決闘で勝負をつけないのなら、不戦敗となってペンダントは取られたままで終わりだ。それでは困るから昨日から頭を悩ませていたわけだが。

「そういえば、取られた大切なものとは?」

 ペンダントに想いを馳せていたら、テオからその話題を出された。

「え、それは……」

「家族の形見といったものなら、決闘などせずに教師を仲介にすれば取り戻せると思うが」

「そこまで重いものでもないわ……というかわたしの両親はまだ存命よ」

 散々壁がある態度を取られた幼馴染に打ち明けるのは躊躇いがあった。

 しかし、ふと思った。子供の頃に作ったペンダントを取り戻そうとしていることを、お揃いのペンダントを持っている幼馴染に馬鹿にされるようなら、諦めもつくのではないか、と。

 大丈夫、もう既に散々邪険にされてきて、耐性はついている。これ以上傷ついた反応なんて、見せてやらない。

 こぶしを握り締め、せいぜいなんでもないことのような顔をして、セレナは告げた。

「子供の頃、わたしが作ったペンダントよ。あなたにあげたものとお揃いのものね」

 失望するような反応が来るだろうと、覚悟して正直に応えた。

 だがテオは、紫の目を見張った。

「……そうか」

 そんなものに執着して、といったことを言われることはなかった。それにテオも、そのペンダントのことを憶えているようだった。

「お揃いのペンダントってあれか? こいつがいつも服の下に身に着けてる……」

 シャルロの指摘に、テオは肩を跳ねさせた。

「……人のことを勝手にべらべらと」

 シャルロのほうを向いて怒るテオの肩を、セレナはつかんだ。

「え」

 驚くテオを無視して襟元のボタンを外した。襟を大きく広げるまでもなく首にかかる鎖が見え、鎖を引き抜く。

「……本当だわ」

 子供の頃に渡して以来、目にしていなかったペンダントが、そこにあった。微妙にひしゃげているが、経年劣化の範疇だろうか。

 まじまじと見ていると、引き剥がされた。手からペンダントが引き抜かれる。顔を上げると、眉をつり上げて顔を赤くしたテオが目に入った。

「……君は、子供の頃に比べて大人しくなったかと思えば。その年で異性に軽々しく触れるな!」

「うるさい馬鹿! わたしのことを散々拒絶した癖に、どうしてわたしがあげたものをずっと持ってるのよ!」

 これまでの鬱憤を吐き出すように、セレナは叫んでいた。

 テオがたじろいだ気配が伝わってきた。

「それは……」

「わたしは、学院であなたと再会できて嬉しかったわ! また子供の頃のように一緒に過ごしたいって思った。クラスは違うけど、同じ学院にいるならそれができるって思ったのに……」

 涙が滲み、無理やり腕で拭った。顔が熱い。きっと目も顔も赤くなり、酷い顔をしているだろう。だけどいまここでやめるわけにはいかなかった。

「どうしてわたしとかかわりたくないの。学院長の家の方針? それとも昔、知らないうちにあなたを傷つけてた? 理由があるなら話してよ!」

 テオの顔は、拒絶ではなく苦渋に満ちているように見えた。

 しばしの沈黙の後、テオは息を吐き出した。

「すまなかった」

「……謝って欲しいわけじゃないわ」

「ああ……」

「わたしのこと、嫌いになった?」

「……そうじゃない」

「わたしに会いたくなかった?」

 首を左右に振られた。その様子は、言葉が出て来ない様子で黙りこくっていた幼い頃のテオに重なった。

 しばらく待ってもなぜセレナとかかわりたくないのか、という問いに対する答えは返って来なかった。

 しかし明確な理由は教えてくれないけれど、テオがかつての幼馴染のことを邪険にしたくてしていたわけではないのは伝わってきた。

 俯いたテオの手を取る。振り払われることはなかった。

「わたしはテオにかかわりたい。学院での日々をともに送りたいわ。それがわたしの幸せよ」

「……俺もだ」

 掠れた声で吐き出された言葉は、嘘とは思えなかった。再会してはじめて、成長して偏屈になったと感じていた幼馴染の本音に触れた気がした。

「そう。なら、理由は言いたくなったときまで待ってあげる」

 微笑んでそう告げると、テオは頷いた。

 テオは顔を上げ、一瞬セレナと視線が合った後、襟元を正しながら気まずそうに視線を逸らした。

「……とにかく考えよう。勝てそうな方法を」

 そういえばそのために、わざわざひと気がない場所まで来たのだった。

「ペンダント、取り返さないとな」

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