【コバルト落選】消しゴムに名前を

落選先生

第1話

「消しゴム貸してくれる?」

 背中をちょんちょんと指で押され、何事かと思い振り向くと後ろの席の中村あいなさんが僕に向かって消しゴムを忘れたため貸して欲しいと言ってきたのだ。

 貸さない、当然そんな理由もないので僕は授業中に無言で消しゴムを渡した。すると中村さんは小さな声で「ありがとう」と言い僕らは授業に再度参加した。

 先生が黒板にパシパシと書き続ける文字を無心でノートに綴る。覚える気はない。だが定期的にノートの提出を求められるので僕は仕方なく黒板に書かれた文字を一字一句、間違えること無くノートに記した。

「キンコーンカンコーン」

 5時間目の授業が終わった。やっと帰れると思いきや教室にいた友達2人に絡まれる。僕の前の席に1人が座り、もう1人は手のひらを机にビッタリと張り付けてその場で立っている。続々とクラスメイトが教室から出ていき、窓際の席である僕は多くの生徒が校門から出ていくのを友達の話を聞きながら眺めていた。こうやって放課後に無駄話をするのも数カ月後には終わると思うと寂しい。

「お前、ちゃんとノート取ってるんだな」

 友達が僕のノートを開き出した。授業が終わっても片付けずにノートと筆記用具を机に放置していたため友達が面白半分で見学し出したのだ。特に美文字ではなければ、汚文字でも無い無垢なシャープペンシルの跡を見て何が面白いのかと思ったが特に止めることはせず、その行為を放置した。

「お、おい!これなんだよ」

 友達の顔を見ると少しニヤけている。何が可笑しいのかと思い、目線を下に向けると消しゴムのカバーを外していた。消しゴムの下半身が真っ白でまるで日焼け跡のように丸裸になっている。

「見てみろよ。あいなって書いてあるぜ」

 何事かと思い、僕も覗き込んだ。すると消しゴムの腹に水性ペンであいなと確かに書かれていた。そんなことした覚えがない、記憶を辿ると5時間目に中村さんに消しゴムを貸したことを思い出した。そして中村の下の名前はあいなだった。

「おいお前、中村のこと好きなのかよ!」

「消しゴムに書くなんてスゲーな!」

 僕をからかっている。鏡を見なくても、僕の顔が赤らんでいることは体の中から浮かび上がる熱っぽさから分かった。すると教室のドアがガラガラと開く。3人が一斉に見るとそこには中村さんがまるで忘れ物を取りに来たかのように現れた。

 友達2人がおかしな行動を取る。

「あいなさん、佐々木が話があるって!」

「中村さん、じゃあーね」

 教室から出ていく彼らの顔は笑顔だった。まるで若いお二人で後はごゆっくりと言わんばかりの顔だった。2人が教室を全力で走り下校する足音が聞こえ、その音は徐々に小さくなっていく。

「佐々木くん、話って何?」

「いやー、それは・・・」

 あいつらは何を考えているんだ?てか、そもそも消しゴムに名前を書いたのは誰だ。中村さんが書いたと思ったが、よくよく考えたらあいつらが書いた可能性もある。机に座って僕を見つめる中村さんに話しかけてみた。

「それより、消しゴムに名前書いたのって、もしかして中村さん?」

 無音が流れる。静寂だ。なぜ黙っているのだろう。真顔で僕を見つめ続ける。するとちょっとずつだが中村さんの口角が上がり、クスクスと笑い声が込み上げていた。。

「キャハキャハ!もしかして友達に見られちゃった?」

「え?じゃあやっぱり中村さんが?」

「うん。貸してもらった時に書いておいたの」

 衝撃の事実だった。ほとんど話したことのない中村さんが僕の消しゴムに自分の名前を書いたのだ。一体なぜそんなことをするのかと聞いても「別に良いじゃん」とよくわからない言葉で返された。

「ねぇ、許してよ」

 中村さんは僕を後ろから抱きついた。肩甲骨に豊かな胸が当たる。左手は右乳首に、右手はおへそに当たっている。今僕は人生で初めて女性と接している。その事実が北斗七星のように乳首は巨門星、おへそは武曲星、そして終着点である破軍星が膨張していた。

「え?なにこれー!勃起してんじゃん」

 恥ずかしかった。女性の口から都市伝説の隠語の勃起という言葉が出るとは思わなかった。勿論僕が女子に抱きつかれたくらいで反応してしまうのもどうかと思うけど。

「ちょっとこっちにきてよ」

 中村さんは僕の手を繋ぎ、窓際まで寄せてきた。すると突然、服の第2ボタンまで外した。僕は驚きのあまり「うぇ」という変な声を出してしまったが中村さんはその格好のまま両手と頬を窓ガラスにくっつけていた。僕もよく夏に暑くなると足を窓ガラスにくっつけて冷たさを欲することはあるけどそれとはまたちょっと違っていた。

「見て、君の友達がいるよ」

 謎の行動をする中村さんの背後から窓を覗き込むと確かにそこには僕の友達が見ていた。友達も僕に気づいたのか僕の方を見ている。

「これ、友達からはどう見えているのかな?」

 その言葉の意味を最初は理解できなかった。しかし俯瞰して見ると衣服の乱れた中村さんとそれを背後から突き上げるように窓を見る僕はまるで教室で如何わしい行為を行っているように見えるというのにすぐ気がついた。

 僕はすぐに後ろに仰け反りかえると中村さんはすごく笑った。童貞で陰キャな僕を少し小馬鹿にするように笑っていたのだ。

「な、何が面白んだよ」

「いや、ちょっとね。あまりにも動揺するからついね」

 この子はからかい上手な悪魔だ。女子中学生じゃない。小学生の頃は比較的、女子と話していたし恥ずかしさみたいなものはなかった。しかし中学生に上がってからは何故か女子と話すのが少し小っ恥ずかしくなって女子と関わるのを辞めた。そんな矢先の中学生3年生の3学期にこんな状況に陥るなんて。

「佐々木くん、って面白いね」

 一体何が面白いのだろう。目尻から涙を流す中村さんを見て僕の中に苛立ちのようなものが醸し出される。笑い疲れたのか中村さんは急に笑うのをやめて、僕の机に座りだした。行儀が悪いなと思う一方で一体何をする気なのだろうという探偵心をくすぐる。

 すると中村さんはいきなり足をM字に開脚し始めたのだ。僕はつい「え?」と言ってしまう。そしてスカートの先端に指でつまみ、ゆっくりと上へ上昇する。

 僕はパンツが見えると思い、自分の手で顔を隠した。しかし隠しながらも、目を開けたら何が見えるのだろうという探究心が徐々に目の筋力を弱ませ、指の間の感覚を広げていく。ぼやけた視界から夕焼けと中村さんのシルエットが見えてくるとスカートの中身はまさかの短パンだった。しかも赤色。そしてサイドには白い線が入っていた。

「って、え?」

「ハハハ!下着だと思った?」

 またからかわれた。2度も。僕は中村さんに迫っていく。すると中村さんは物凄く驚いた顔でこちらを見ていた。僕は中村さんをずっと見続ける。

「え?な、何をするの?」

 僕は片手を上げて振り下ろす。すると中村さんは目を閉じた。しかし何も起こらないことに違和感を持ったのかすぐに目を開けた。

 僕はかばんを肩に掛け帰ろうとしていた。


     *


「ごめんってー」

 中村さんが帰り道を付いてきた。何で付いて来るのかと思ったが、どうやら帰り道が一緒らしい。僕は彼女の言葉には無視して、小走りでひたすら無心で帰る。歩道を歩く僕は少し寒い風を感じながら信号を待つ。すると中村さんが僕の耳元を手で押さえながらこそこそと話し出した。。

「これ誰かに見られたら変な噂立つかもね?」

 僕は周りを見渡す。女子と一緒に2人で帰っていたらまるで付き合っているみたいじゃないか。まさか友達とか見ていないよな?僕らの学校の制服は特注だ。他の学校とはデザインが明らかに違うので他校の生徒に見られたらまずいと思ったが、結局は辺りを見渡しても誰も居なかったので安心した。

 ため息が自然と出た。

「てか、付いてこないでよ。もっと後ろを歩けば良いだろ?なんで隣にいるんだよ」

 中村さんはニヤニヤしながら口を開けた。

「別に良いじゃん。減るもんじゃないし」

 それってそういう使い方じゃないだろう。僕はそう思ったが、わざわざ口に出すとまた喧嘩になりそうだし、なんか面倒くさそうだと思った。わざと帰り道から逸れる。普段とは違う道を、遠回りしてやる。そうすれば当然帰り道が違う中村さんは付いてこないはず。

 しかし何故か中村さんは付いてきた。ひたすら曲がり角を曲がっても、付いてくる。なんでくっついてくるんだよ。いい加減にしてくれ。この町は小さな町だったが、普段行かない道だったため少し迷った。戻ろうとするが道がわからない。きっと中村さんも僕に付いていくばっかりだから、ここがどこだがはちゃんと把握していないはずだ。

「ねぇー、どこにいくの。そっちは違うよ」

「うるさいよ。付いてくるなよ」

 僕は中村さんの方を振り向くとまるでここがどこだか分かっているかのような素振りで発言していた。もしかして分かっていないのは僕だけなのだろうか?

「こっちは、まずいよ~」

 まずい?何がまずいんだろう?

「ここさ」

 僕はあたりを見渡した。すると読めない英語がネオンできらびやかに装飾されている不思議な場所だったが中学生の僕でもここがどこだかはある程度検討が付いた。

「ここさ、ホテル街だよ」

 中学生が2人。しかも男子と女子が。これは勘違いされても仕方ない。今まで僕をイジってきた中村さんも流石にここには僕と一緒にいたくないのか「帰ろう、こっちだよ」と正しいルートを教えてくれた。僕は素直に付いていった。

 見たことのある景色だ。元の場所に戻ってきたらしい。

「君と一緒にいるとろくな事がない」

「えー。そんなこと言わないでよ。さっきはごめんって。そうだジュース奢ってあげるからさ、機嫌直してよ」

 中村さんは近くにあった自動販売機でジュースを買ってくれた。中村さんはコーヒーが飲めるらしいブラックではなかったけど、文字を見たら微糖と書かれていた。僕は当然コーヒーが飲めないのでオレンジジュースを注文する。

 ベンチに腰をかける。何故か中村さんは立ったまま缶コーヒーを傾け飲んでいた。

「なんで僕をからかうの?」

 突然の問いと飲み物を飲んでいたからか、すぐには答えてくれなかった。少し悩んだ様子で目を閉じて顔を傾ける。

「んー。席が前だから?」

「は?なんだよ、それ」

 僕は普段使わないような強い言葉を使う。

「たったそれだけであんなことしたのかよ。最低だな。恥かかせやがって」

 まるで怒っているようだった。いや実際に怒っていたのかも知れない。友達に中村さんが好きだと思われたのはなんか恥ずかしい。別に言い訳なんていくらでもできるし、本当のことを言えばもしかしたら納得してくれるかも知れない。しかし僕の中にある思春期の残り香のようなものが冷たい言葉を生み出す。

 そしてほんの少しだけ間が出来る。

「いやー、でも私があんなことするのは佐々木くんにだけだよ」

 中村さんは少し笑っていた。僕でも分かる。作り笑いだ。なぜ作り笑いをするのか僕には理解できなかったが、上がった口角はまるで作り物のようでどこか冷たさがあった。

 そして風が冷たかった。何もかもが冷たかった。僕は悪くないのに罪悪感に近いものが湧いてきて、2人だけの空間に雪を降らす。

 中村さんの顔が見れなかった。

「じゃあ、帰り道こっちだから」

 中村さんは来た道とは逆の方向へ帰る。後ろ姿だったが少しだけ寂しさのようなものが髪から、全体から溢れ出していた。

 僕は何か悪いことをしたのだろうか?


     *


卒業式が近いというのに体育の授業があるのは何故だろう?しかもバトミントンだ。僕の友達は2人いるが、その2人がペアを組んでしまったため組む当てが無くなった。続々とペアが組まれていく中で僕はあることを思い出す。それはこのクラスの男子と女子が奇数という点だ。つまり誰か1ペアは男女で組まなくてはいけないのだ。

 流石にそれだけは避けないので必死にペアを探すが当然、皆友達同士でペアを組んでいくのでその候補は減り続ける。

そして最後の1人になってしまった。

 となると残るは女子1人とペアを組む。僕は誰と組むのかと辺りを見渡すとなんと中村さんが1人ぼっちでたたずんでいた。

「良かったな佐々木。中村さんとで」

「好きな子と最後にバトミントンってラッキーじゃね?」

 あの出来事以降、友達は僕をからかってくる。未だに僕が中村さんのことが好きだと思いこんでいるのだ。もちろん嫌いなわけじゃないし、クラスの中では比較的美人ではあるけど正直そのからかいが嫌だった。

 僕は中村さんに歩み寄る。

「ペア組むことになっちゃったね」

 中村さんも少し恥ずかしそうに話しかけてきた。僕らはバトミントン用の鉄柱とネットを2人で組み立てる、そしてバトミントンで遊ぶ。正直授業なのに何故バトミントンで遊ばないといけないのかは最後まで拭えない。

「キャハキャハ、佐々木くん下手だね」

 めちゃくちゃ笑われている。僕は運動音痴なのだ。特に球技は苦手で自分の思ったところにボールを運ぶのは苦手だ。バトミントンはよく家族でやるが、2ラリーくらいが限界。

 下手くそなだけでも恥ずかしいのに、女子と一緒にバトミントンで遊んでいるというのをクラス全員に見られながら行うのは苦痛。

 この時間が早く終わって欲しい。

 授業が終わる。先生はチャイムが鳴った後に片付けるようにと命令した。普通こういうのはチャイムが鳴る前に全て終わらせておくべきものなのではないか?なぜせっかくの休み時間を片付けに要さないといけないのか。訳が分からなかった。

 僕が男なので積極的に鉄柱を片付けようとするがネットが上手く外せない。そして体力がないせいか、他の生徒よりも片付けるのが遅くなった。女子同士のペアもいるのに。

 体育館の倉庫には当然、他の生徒はおらず僕たち2人だけとなってしまった。

鉄柱とネットを元の場所に戻す。

「いま2人きりだね?」

 またからかってきた。中村さんは普段は下ネタなど言わない清楚な女の子だと周りからは思われている。なのに周りの目線がなくなるやいなや恥ずかしいセリフを少しニヤつきながら自信満々で発言する。

「そういうのいいから」

僕はさっさと片付けて帰ろうとした。

「ちょっと佐々木くん手伝って」

ネットは少し高い位置にしまうようだ。僕は中村さんが背伸びして乗せようとしているネットを持ち上げて片付けようとした。

しかしその時、僕の足が滑る。

押し倒してしまった。

中村さんを。マットの上に。

変な間が生まれてしまった。

「いいよ。佐々木くんなら」

「え?」

 僕の鼓動が早くなる。このドキドキとした心臓の高鳴りは一体何なんだろうか?そんな事を考えたのはほんの少しだけですぐに立ち上がった。色んな意味で。

「か、からかうのもいい加減にしろよ!」

「ごめんって。冗談だよ」

 僕は体育館倉庫の扉に手をかける。

「もう僕と関わらないでくれ」


     *


それからからかわれることはなかった。

 いつものように授業が進む。ノートに黒板の字を写し、間違った部分は消しゴムで消すだけの日々が続く。僕の日常は戻った。

 卒業式まで1ヶ月が切った。外には桜を咲かせようとしている木々が街路樹のとして、これから卒業する僕たちを歓迎しようとしているかのようだった。

 そんな日々が続く。

 残り20日が過ぎようとしていた時、僕は消しゴムを忘れてしまった。正直ノートの提出はもう無いため間違えたままにしておいても良かったのだが、いつもの癖なのか、妙に間違った文字が気になってしまう。

 仕方ないので後ろを振り向く。

 先生に怪しまれないように僕は中村さんに消しゴムを貸して欲しいと相談する。すると普通に「いいよ」と言われピンク色の匂い付きの使いかけの消しゴムを貸してくれた。

 文字を消し、黒ずんた消しゴムのまま返すのものなんだと思い、ノートの白い部分で消しゴム全体を擦り、黒い部分を削る。

 そんな無駄な、おせっかいのような行為に夢中になっているとチャイムが鳴り授業が終わった。先生が扉を開けて教室を出ていく。僕は後ろを振り向き消しゴムを返そうとする。

「別に良いよ、新品買うからあげるよ」

 中村さんの消しゴムは行き先がなくなった。仕方ないため僕は筆記用具に中村さんの消しゴムを入れる。正直ピンク色の消しゴムを入れるのはなんか恥ずかしいのだが、このままゴミ箱に捨てるのも当然おかしい。

 そのまま僕はかばんにしまい下校した。


     *


 卒業式当日。胸には桜のような花に垂れ幕を装飾して、僕の卒業を祝っている。不思議な空気だった。いつもと同じ学校で同じクラスメイトがそこにいるのに、少しだけ空気が違って、寂しさのようなものが漂っていた。

 体育館で卒業証書を受け取り、恒例の校長先生の挨拶が終わり廊下を歩く。よく好きな子に第2ボタンを貰うという風習があるらしいが僕の学校では無縁の都市伝説だった。

全ての生徒が、いや、違うクラスの人までもがしっかりと全部にボタンが存在し、律儀に第一ボタンまで締めて優等生ぶっている。

 そんな時、僕は友達と教室の扉の前で喋っていた。これが最後の会話となることは全員が理解していたが、誰もその事を口にしない。

「うわ、やべ」

 胸元に空気が入る。何事かと思ったら僕の第2ボタンが取れてしまった。人生でボタンなど取れたことなど無いのに、わざわざ卒業式当日に取れるなんてことがあるのか?

「ちょっと貸して」

 僕の友達が第2ボタンを手に取り、制服にくっつけてくれた。実はこのボタンは糸で縫い合わせているのではなくオスメスで分かれているだけだったので普通にグッと押すだけでカチという音がなりくっつく仕様だったのだ。僕は友だちに初めて感謝した。

「あぶねー。勘違いされるところだったよ」

「俺も一回取れたことあるんだよ」

「あー、なるほどね」

 持つべきものは友と言うが初めてそれを自分の身で体感した。こんな第2ボタンが取れたまま最後のホームルームを受けて、下校するのは流石に恥ずかしいからな。

「え?どういう意味」

 1人だけ理解していなかった。


     *


皆帰ってしまった。最後は一緒に下校するという手もあったが、なぜか少しだけ学校に残りたい気分になった。多分僕は知らずのうちにこの学校が好きだったらしい。

 誰も居ない教室をガラガラと開けると一番右端に少女が座っていた。中村さんだ。

「ん?佐々木くん、どうしたの?」

「いや、なんとなく帰りたくなくて」

 そういえば体育館で関わらないでくれと言ったままだったな。謝るタイミングもなかったからそのままにしていたが、それを残して卒業するのは心残りができそうだ。

「あの時はごめん」

「え?なに?」

「いや体育館でさ、関わらないでくれとか言っちゃったでしょ?あれよく考えたら、最低なことだと思ったからさ」

 僕は謝るのが下手だ。もっと分かりやすく謝れば良いのに、どこが自分の非を全て洗い流そうとする。だから謝罪の言葉がおかしくなり、相手から許してもらえない。

「別に良いよ、怒ってないし」

 許して貰えたのか、呆れられたのか、今の僕にはどっちかは分からなかった。

「あのさ、佐々木くん・・・」

「え?なに?」

「・・・いや何でも無い」

 僕はこの言葉の続きが気になった。しかし後の話ではあるが、大人になっても正直謎のままだった。多分この言葉は一生心の中でモヤモヤとして残り続けるのだと思う。


     *


 僕は進学した。当たり前だけど。選んだ高校は工業高校、つまり男子校だ。中学生まで女子と一緒に授業を受けていたのでクラスに男子しか居ないというのは胸苦しく、男臭さが充満していた。

「〇〇中学出身の佐々木とおるです!よろしくお願いします!」

 最初の自己紹介というのは緊張する。男子校のため、ふざけた挨拶をする奴もいたが僕は普通に挨拶した。何故ならそんなことで高校生デビューを失敗したくないからだ。中学生の頃はあまり友達ができなかった。だから高校生からは明るい学生になろうと思った。


     *


「佐々木くん、よろしくね」

 最初の自己紹介が終わり、休み時間となった。すると前の席の関くんから有り難いことに話しかけてくれたのだ。読書が趣味で小説をよく読むらしい。僕らは好きな小説を言い合った。僕が好きなのはエンタメ小説という大衆向けなのに対して、関くんは純文学が好きらしい。ちょっと意外だったけど同じ小説好きということでちょっと仲良くなった。

 授業が始まる。高校生初めての授業だ。偏差値の低い僕の学校では最初の数学でまさかの3桁の掛け算をした。正直小学生でも解ける問題だったが、周りを見渡すと何人かは解き方が分からないという奴もいて驚いた。

それくらい僕の高校は頭が悪かったらしい。

 昼休みになると今までと違い給食じゃないことに違和感を覚えた。関くんが机を反対に向けてくれたので一緒に食べた。登校初日で友達が出来たのはラッキーだと言えるだろう。

 五時間目が終わり、全授業が終わった。皆が家の方角を言い合い、同じ方向の人同士で帰ろうと話し合っている。関くんに聞いてみると僕の家の方角とは逆らしい。

 続々とクラスメイトが帰っていく。しかし僕たちは早く帰った方が良かったのだが、その後もずっと小説について話し合った。

ノートも筆記用具も片付けずにずっと。

「ん?これなに?」

 関くんが見つけたのは僕の筆記用具にあったピンク色の消しゴムである。あまり詳しくは説明したくなかったので、存在しない妹のお下がりだと言い訳した。

「あれ?なんか?黒いのが」

 関くんが消しゴムの下をグッと押す。すると消しゴムは丸裸となり、日焼けのような跡がどこか懐かしい気分にさせた。

「佐々木くんって律儀だね」

 半笑いで僕のことを見つめる。何のことかと思い、消しゴムをみると消しゴムの腹には「とおる」という文字が水性ペンで書かれていた。

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【コバルト落選】消しゴムに名前を 落選先生 @rakusen-sensei

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