俺は、天才ラッパー

仮名

第1話

 目を覚ます。ぼやける視界を拭ってみると、目元が濡れていることに気づいた。頭上にあるカーテンがはためく窓からの陽光はもうすでに、赤みを帯び始めている。

 ベットに沈み込んだ体をどうにか起こす。枕もとにある小説が数ページ折れてしまっていた。どうやら、寝落ちしていたらしい。なんとも自堕落な生活なこと。


 他人のことになると、とやかく文句を言いたくなるものだが、僕も幾分自分には甘い。ベットから本の散らばる床に気を付けながら立ち上がり、大きく伸びをした。肺を通った酸素が全身に駆け巡っているような感覚だ。

 壁にかかってある時計を見ると、すでに時刻は五時を少し回っていた。だからといって、何かしないといけないこともないのだが、それでも少しだけ心が痛くなる。

 パジャマとも部屋着ともいえない、ダボダボのパーカーをとりあえず脱いだ。それだけでも少し罪悪感がぬぐえているような気がした。でも、寒い。

 裸足の足から、床の冷気を感じる。

 箪笥の中から、黒のオーバーサイズのTシャツと、白色のスリムパンツを取り出す。隣にある鏡台の前で着替えてみると、いつかは努力してはいていたそれに、難なく足が通る。また足が細くなったかもしれない。

 鏡の前で、一周してみる。普通にそこら辺を歩いている高校生のように見えた。中身は、ふがいない出不精なのだけれども。


 別に着飾ってみたからといって、どこかに出かける用事もない。でも、窓からの日差しがほとんど消えかかっていることだし、どこかへ出かけてみようか。なんて思いが、頭の中をよぎる。いつもなら絶対、出てこない提案なのだけれど、なぜか今日は気分がよかった。


 棚の奥のほうに置いてあった、財布とスマホを手に取る。普段はカバンに入れているのだけれど、ポケットに入れてみる。なんだか街中になごむ若者のようになれた気がした。でもなんだか、気持ち悪かったので、結局ほこりをかぶった小さなリュックを取り出し、その中にそっと置く。財布の中にお金を入れてあっただろうか。まあそんなことはどうでもよかった。形が大事なのだ。


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