第10話 特殊加工を施した人体臓器を核とする次世代型ハイゴーレムと心因性歩行障害について

 調髪を終えたフィズはまたしても行く宛がないので流れるように酒場に戻ってきていた。これまで多少なりともコバコと会話したが彼女がオートマタとは全く気づくことができなかった。そうと知ればもっと詳しく観察してみたいものだが、相変わらずのコバコの凛とした態度を相手に視線を泳がせるばかりだ。ミカの口ぶり的に特に秘密にされていたわけでもなさそうだし村の住人には周知の事実のようだった。しかしかといってストレートにその話題を投げかけるのは妙に勇気がいる。誰しも触れてほしくない一面の一つや二つがあるということをフィズは知っていた。

 そうしてどこを見るでもなくポケットに手を突っ込んだフィズはそのまま無意識に木の板を取り出した。工房で実験に使おうとしていた端材だ。無言でこの木片を眺め実験のことを思い出していると、正面に座るコバコの方から声をかけてきた。

「その木片は?」

「えっ、あぁ…最近魔導回路の実験やってて、今ものを浮かせる回路考えてるんスよ。ボルトでうまく行かなかったんで、一旦この端材で考えてみたらって、師匠が」

「どのような回路構成で失敗したのですか?」

「えっとー、"放ち"で力を加えて、"保ち"でそれを維持するっていう感じの…でも重心がズレるみたいで」

 自然な流れでコバコから興味を持ってくれるのがそもそも意外だったし、実験の相談に乗ってくるのがフィズは嬉しかった。

「少し貸していただいてもよろしいですか?」

「あっ、勿論っス」

「材質が均一な長方形の板であれば、重心はこのように対角線の交わる点になるのではないでしょうか」

 話しながらコバコは板に対角線を引いてみせた。荒い表面に定規もなしとは思えない綺麗な直線だ。

「あーそっか、なるほど」

 コバコは板をフィズに返すと続けた。

「ではこのペン先にその板を乗せてみてください」

「うん???」

 フィズは重心となるはずの点を覗き込みながらコバコの持つペンの先に板を置こうとした。当然ながら安定しそうでも手を離そうとするとすぐに傾き始めてしまう。何度かトライしたがこんなものは試すまでもない。

「無理っスね」

「はい、ですが点で支えるということはこれと変わりないでしょう」

「う、確かに…」

 何か別のアプローチが必要そうだということは実感した。

「っていうかコバコさんもうわかってるんスね?」

「好きに受け取っていただいて結構です」

 コバコはニヤリともせずに答えた。声色もやはり読み取りづらい。それでもどことなく、歩み寄ってくれたようには感じられた。

「じゃあヒントくれたって受け取っとくっス。ありがとうございます!」

 フィズは礼を告げるためコバコと目を合わせた。キリノミヤと同じダークブラウンの瞳。視線も表情もほとんど動かないし人形のように綺麗な肌と髪だが、それでもとても作り物とは思えない。

「私の顔に何か?」

「あっいや」

 言われて初めてうっかりコバコを凝視してしまっていたことに気付いた。

「コバコさんって師匠の作ったオートマタって聴いて、それでつい」

「いいえ、私はオートマタではありません」

「あれっ???」

「私はマスターに、キリノミヤ様に作られたハイゴーレムです」

「ゴーレム?って、あの……えっ?岩とかの?」

 フィズはこのときばかりは自分の知識不足を呪った。

「はい、伝承の中の泥人形などを指す言葉です。ですがこの肉体は取り入れた有機化合物から代謝を行い、神経伝達により思考を行います」

「ほへー、私も民間委託人材増産事業所で作られたホムンクルスなんスけど、要するにコバコさんも普通に人間ってことっスよね」

「ホムンクルスというのは詳しく知りませんが、"普通に"というと語弊があります。私は失敗作ですから」

「えっ…」

 自分の周りが凍りついたような、そんな感覚を味わった。表情一つ変えず自分のことを失敗作と言い切るコバコを相手に思わず戸惑う。

「どうして、そんな」

「私は歩くことができません」

 意識したことはなかったが確かにコバコがこのカウンターから立ち歩いているのを見たことはなかった。

「それって、師匠でもどうにもできないんスか?」

「筋肉にも神経系にも異常は見つかっていません。心の問題です。一重に、私の精神が至らない結果です」

「心…」

 フィズは言葉に詰まった。何かできないものかという思いと、何もできないだろうという現実とが同時に頭の中を渦巻く。何よりコバコ自身が自分の動作不良と向き合う姿勢を見せている。本人の想いを他所に気を配るのはおこがましいのではないかというのは、オシロの依頼を受けたとき感じたはずだ。それでもどうしてもフィズは、自分のことを失敗作と言うコバコの言葉を受け止め切ることはできなかった。

「フィズ、ちょっと倉庫まで空き瓶運ぶの手伝っておくれよ」

 酒場の勝手口付近からタンクが声をかけてきた。

「えっ、一応私客なんじゃあ…」

「半分スタッフみたいなもんだろう?後でなんかサービスしとくからさ」

「まぁ全然いいっスけど」

 フィズは木の板をポケットに戻して勝手口へついていった。

 外に出るとタンクは空き瓶をまとめながら話しかけてきた。

「…あの子、顔色は変えないけど内心苦しみ続けてるとあたしゃ思うね」

「……っス」

 タンクが会話を聴いていたのは言うまでもなかった。

「たぶんあの子は"自分が失敗作だから工房を追い出された"と思ってる」

「そんな!」

「ま聞きな。キリノミヤにはあいつなりの図らいがあってうちに預けてったのかもしれないけどね、結果だけ見りゃそう捉えても無理ないって話さ。フィズ、あんたの気を悪くさせたくて言うわけじゃないけど、あたしゃコバコの味方だよ。酒場の常連もコバコを孫のように大事に思ってるのが少なくない。そういう意味ではみんなキリノミヤのやつをあんまよく思ってない。あたしもね」

「やっぱ、そうなんスね」

「そうさね。でも…」

 タンクは空き瓶をまとめた木箱をどさっとフィズに前に寄せて目を合わせた。

「でもあんたが来てくれた」

「えっ?」

 フィズはタンクの出した言葉を、その意図を咄嗟に汲み取ることができなかった。

「何も背負い込まないでいいさ。ただコバコと自然に接したげて」

「……っス」

 タンクの声色はいつもと変わりなかった。日頃から思っていることを思っているまま話しているようだった。


 フィズは帰り道の風に吹かれながら気持ちを整理していた。ミカから聞いたキリノミヤのエピソードは知ることができてよかった。歳を取らないというのも聞いたことはないがたぶん嘘ではないのだろう。距離感を測りかねていたコバコと少ないながらも会話ができたのも嬉しかった。やはり気がかりなのは歩けないという部分だ。コバコの"失敗作"という言葉を聞いたときすぐにはわからなかったが、きっととても嫌な気持ちになったのだ。でもその理由が何なのか、まだフィズにはうまく整理ができなかった。尊敬している師匠の作品だからではない。自分と同じ人造人間だから親近感が湧いたわけでもなさそうだ。

 俯き気味でズレてきた色覚補正メガネを無意識に指で戻す。自分だって魔道具がなければ今だって色の見分けがほとんどできない。障害の規模は全然比べ物にならないだろうが、それでも生まれつきのこれが原因で慕ってる人から距離を置かれるとしたらどんな気分だろうか。タンクは酒場の常連含めコバコの味方だと言っていた。でももしコバコの立場だったら、それすら腫れ物扱いされているように感じたりはしないだろうか。自分だったら周りの気持ちすら素直に受け取ることができないかもしれない。

「……自然体で接してって、そういうことだったのかな…」

 小さくつぶやいた疑問も、吹き荒れる風にかき消され草原に消えていった。


 工房へ帰り一通り荷物を下ろすと、改めてフィズはキリノミヤにコバコのことを話してみた。

「確かに彼女は私の心臓を核として制作したハイゴーレムです。ルーツとなる技術体系が違うだけで基本的にはあなた達ホムンクルスとほぼ同じ、人と何ら変わらないと思って大丈夫ですよ」

「それでその、コバコさんは自分のこと失敗作だって…」

「んー、そうですか。コバコはやはりそのように」

 キリノミヤの口ぶりは大凡全容を把握しているようだった。

「まず断言しておきますが、彼女は私の集大成であり最高傑作です」

「ふむ」

「そもそも人間としての複雑な感情や心理を獲得していなければ心因性歩行障害にはなり得ません」

「あっ、それは確かにそうっスね」

 コバコは自分が至らない結果だと言っていた。しかし人としての心の不安定さは誰もが抱えているものだ。そんなものは欠陥でもなんでもない。身体的に悪い部分もないとなれば確かにキリノミヤの最高傑作という認識は間違っていないように聞こえる。でも、そんなのは…。

「ただこれはきっと創り手側の考えでしかないのでしょう」

「うーむ…」

「勿論私の考えはコバコにもタンクさんにも話しました。ですが人の心は理屈だけで折り合いがつけられるものではないようですね」

 確かにそんなことを言われても気休め程度にしか感じないだろう。ミカが話の中で"噂通り不器用な人"と言っていたがきっとこの師匠は村でちょいちょいこういうことをやらかしてきたのだろう。

「コバコさんに人としての感情があるのを疑ってるわけじゃないんスけど、実はコバコさんの声って違和感があって、ほとんどブレないっていうかなかなか読み取りづらくて、それって歩けないことになんか繋がってたりしないっスかね」

「どうでしょう…あなたの持つ特殊な感覚は流石にわかりかねますが、感情を自分で殺してしまっているというのはあるかもしれませんね。彼女は彼女自身の描くハイゴーレムというイメージに囚われてしまっているような気がしますので」

「ハイゴーレムのイメージ、っていうと、それはどういう…」

「彼女、結構形から入る性格ですからね。キリッとした表情とか、硬い話し方とか、パントマイムみたいな身の振る舞いとか。如何にも絵本やフィクション作品に出てくるオートマタみたいでしょう?」

 "オートマタみたい"ってなんだ。鍛冶屋っぽいみたいな話か。

「いやでもあれってなんか、そういうものじゃないんスか?」

「言ったでしょう。人と何ら変わらないと。工房で一緒に暮らしていたときはそういった特徴はありませんでしたよ」

「えっ…えぇぇ…」

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