第8話 戦場跡地から回収された魔導回路モジュール拡張式汎用ギアデバイスの解析と再現実験について

 ひたすらに、ただひたすらにフィズは隕石を探し歩いた。探知機で草を撫でながら、微かな音に意識を集中させながら、ゆっくりと慎重に、決して歩みを止めることなく探し続けた。どうやらマルチ探知機は自分の足音や鼓動まで聞こえなくなる仕様らしい。音以外の感覚はしっかりあるはずなのに、これまで経験したことのない静寂はまるで別世界にはじき出されてしまったような錯覚を与えてくる。フィズは普段より冷たく感じる草原の風に身を引き締め、首から下げた笛を左手で固く握り続けていた。


 捜索を始めてからどれだけの時間が経っただろうか。影はさほど伸びてもいないし、ホバークラフトは走ればすぐ着く距離にある。その向こうにはキリノミヤの姿も見える。それでもフィズは孤独に耐えかね、笛を吹くタイミングを探していた。吹くか否かで悩む段階はとうに通り過ぎていた。最早単調な変化しかない低音への集中はとっくに切れ、周囲への警戒心も薄れ切っていた。頭の中は笛を吹く口実探しで一杯だ。

 そして、フィズはついにそれをみつけた。事前に試したときと同じように探知機が知らせる音は大きく高く変化した。探知機が反応したのは何やら茶色い金属の塊。よく見れば人の手の形をしているそれは、宝石や歯車など細かな装飾が施されていて不気味さはない。フィズは迷わず笛を吹いた。周囲の音を遮断していたせいで全く笛の音はわからなかったが、遠くに見えるキリノミヤはすぐにこちらを見渡し手を掲げてみせた。


「すみません、隕石じゃないんスけどこんなのが落ちてたんで一応。念の為触ったりもしてないっス」

「ふむ」

 しゃがみこんだキリノミヤは特に警戒する様子もなくその金属の手を拾い上げた。雨風にさらされてかなり傷んでいるが崩れ落ちることもなかった。フィズも隣にしゃがみ込む。

「なんスかね」

「……フィズは何だと思いますか」

「鎧の手袋のとこ? アレってなんて言うんスかね」

「ガントレットですね。私もそうだと思います。材質は?」

「灰色にカビてる部分が革で金属のとこはブロンズ? あの蛇口とかでよく見る金属かなと」

「あれは真鍮といいます。いずれも銅の合金ですが、ブロンズにはスズ、真鍮には亜鉛が含まれています。その分野はオーダさんに話を聞いてみても面白いかもしれませんね」

「あー確かにあの人は熱く語ってくれそうっスね」

 まだまだ知らないことがたくさんある自覚は持っていたが、聞き慣れた言葉ですらその意味を知らなかった。きっとこれから先こういう再発見が山程身近に溢れているのだろう。

「折角なのでフィズ、次はこれを修復してみましょう」

「ガントレットを?」

「このガントレットもギアデバイスという類のマジックアイテムです。終戦まで一般的に利用されてきた魔導ギアと呼ばれるものですね」

「ほへー。それってどんなマジックアイテムなんスか?」

「ギアデバイスというのはユーザーが機能をカスタマイズできるのが大きな特徴です」

 キリノミヤは話しながらガントレットの手首内側にあった留め具を外して内部に貯まっていた土を吐かせた。

「モジュールになった魔導回路をスロットに埋め込むことで機能を設定したり拡張したりできるんです。尤も普通はモジュールの自作はできないので職人達が作ったものが市場に出回る形で普及していました」

 ガントレットから乾いた土を優しく払ってをフィズに手渡すと、そのまま立ち上がり軽く体を伸ばしながら続けた。

「わかりやすく言うとチューナーの前身です」

「ふーむ」

 フィズもチューナーを使いこなせているわけではないが、自分に必要な魔術をインストールして行使できることやプリセットの設定値に変更を加えられることは知っていた。

「ところで師匠」

「なんでしょう」

「これってやっぱり、大戦で使われてたマジックアイテムってことなんスかね……」

 戦いの歴史に詳しくはなかったし、自分の生まれるずっと前の話にあまり興味もなかった。しかし人を傷つけるための道具を自分の手で修復するというのは何か引っかかるものがあった。

「ええ。おそらくはそうでしょう。終戦後魔導ギアは使われなくなりましたし、ここはずっと封鎖していましたからね」

「……そっスよね」

 キリノミヤは声色を変えることなく言い切った。それほど明確に抵抗があるわけではないが、フィズは無意識に冷たく重いガントレットを見つめた。

「フィズ。あなたはそれを使って誰かを傷つけたいと思いますか?」

「まさか」

「では悪意ある人に託したいですか?」

「ありえないっス」

「であればきっと心配はいりません。ありきたりな話ですが道具の使い方は使い手に委ねられます。もちろん悪用を避ける工夫はできます。ですがそういった対策技術が発展すれば同時に人のモラルが失われていいかといえばそうではありません。我々作り手はどこかのラインから先で、使い手を信じる必要があるんです」

「使い手を、信じる……」

 フィズはふとホバーボードを分解したときのことを思い出した。あれも設計者については名前すら知らないが、ユーザーの安全性を考慮して作られていた。誰かのために何かを作るということは、言葉をかわす以上に相手との信頼関係が必要なことだったのかもしれない。

「師匠、ありがとうございます」

「いえいえ」

 とりあえずガントレットの修復をしてみたい気持ちはあった。提案してきたからにはきっと何か意図があるのだろうし、この危険そうな道具のことも正確に理解したいと思えた。

「ちなみにその魔導ギアで使える程度の魔術はチューナーで誰でも再現できますよ」

「ええ……」


 結局日が暮れるまで隕石の捜索を続けたが見つかったのはガントレットだけだった。キリノミヤ曰く「こういうものです。また行きましょう」とのこと。どうやら落下直後のものを急いで回収する必要はないらしい。フィズも場に慣れてしまってからは気楽に捜索していたので帰宅後はちょっとしたピクニックに出かけた気分にすらなっていた。たまにはいいかもしれない。ガントレットの修復を始めたのはその翌日からだった。


「さて一晩で大体クリーニングはできましたね」

 キリノミヤは水瓶に浸していたガントレットを軽く拭いて作業台にゴトリと置いた。水瓶の内側は白く塗装されているが液体は無色透明で、見た目からはただの水にしか見えない。液体には別の装置から伸びる電極のようなものが数本差し込んであった。

「真鍮の黒ずみが消えてる、革もなんか茶色になってるっスね」

「材質に合わせて調合したバクテリアを魔術で活性化させて変質前の状態に戻しました。流石にちぎれてしまっていた部分は繋がりませんが人に出すものではないのでこのままで十分でしょう。クリーニングについてもいずれお伝えしますが、今回の本題はこちらですね」

 キリノミヤはフィズに見やすいように作業台の角を挟んで囲うように並んで立ったままガントレットの一番大きな装甲部分を開いた。小さくて複雑なパーツがぎっしりと詰まっているが、中央に五段四列で規則正しく刺さっている板状のパーツが見える。

「これがモジュールです。この魔導ギアは20種類の拡張魔術が扱えるようですが……当時としても少し古い型のデバイスのようですね」

「さ、さっぱりわからないっス……」

「私にもさっぱりです」

「ええ……どの口が言ってるんスか」

「気休めに言っているのではないですよ。私はフィズより少しだけ、ざっくりとした全体像が見えているだけです。言ったでしょう、すべてわかった状態にしてから始める必要はありません。今はモジュールで魔術が追加できることだけを理解していただければ十分です」

 フィズはわかりやすく息を飲み込んだ。いきなりごちゃごちゃしたパーツが見えて気圧されたが確かにモジュールだけと言われると少し気が楽になる。

「そういうわけでモジュール部分を作って色々実験してみましょう。実寸のモジュールを作るのは非常に手間なのでこのボードで試作します」

 そう言ってキリノミヤが取り出したのはまな板のような木製の板だった。

「かなりまな板っスねこれ」

「まな板です。これに木ネジで素子を固定するだけで魔導回路が作れます。試しにこちらの素子をつけてみましょう」

 素子と呼んだ5ミリ程度のそれをフィズに渡すとキリノミヤは鉛筆で直接板に目印の線を書いた。言われるままに木ネジをねじ込んでみると確かに素子の両端から伸びる金属線をがっちり締め付けることができた。同時に挟んだ別の線はまな板の端で一度固定されている。さらにその先はいつの間にかガントレットのスロットに接続されていた。

「このガントレットは外部からの魔力供給が前提だったようなので工房のリアクターを使いましょう。魔術の発動も本来呪文やジェスチャに紐付けられていたようですが実験用にスイッチを作ってみました」

 いつの間に用意したのかわからないがすでに実験の準備ができているようだった。フィズは言われるままにスイッチを入れてみた。

「……ん?」

 特に何も起きない。

「これで手のひらに水を垂らしてみてください」

 キリノミヤは少しだけ嬉しそうな声色でスポイトを手渡した。フィズが恐る恐る水を垂らすと水滴はシュッと地味な音を立てて一瞬で蒸発してしまった。

「こわっ」

 フィズは慌ててスイッチを切った。

「熱ですね。熱エネルギーというのは分子の微細な運動、という話はご存知ですか?」

「一応習ったと思うっス」

「分子の振動、即ち揺らぎの属性です。この素子はざっくり言ってしまうと"揺らぎ属性へ遷移させろ"という記述と同じ役割を持つため、それに応じてガントレットの出力パーツが発熱したということになります。続いてこちらの素子を追加してみましょう」

 フィズは下書きに沿って同じように素子を追加した。

「これは放ち属性への変換素子です。どのような現象になると思いますか?」

「んー熱風が出てきたりとか?」

「試してみましょう」

 スイッチを入れたがさっきと同じように特に何も起きない。とりあえずスポイトで水を垂らそうと手を近づけて変化に気づいた。

「あっつ」

 触れていないはずの手の下側が熱くなり、慌ててスイッチを切った。

「熱線です。赤外線といえば聴いたこともあるかもしれません。本来であればもっと赤熱させなければここまで強い熱線は出ませんが、魔力を放ち属性にも割り当てる命令を加えたのでこのような現象になりました。ですが熱風でもイメージの広げ方としてはとても当たっています」

「えっとつまり、こういう小さい法則の積み重ねで魔術を作っていくってことっスか?」

「そういうことです。元々魔法陣として記述していたものを組み合わせやすく整理して規格を統一したのが魔導回路です。今回のように簡単な属性の調整だけであれば素子の自作もできますが、複雑な機能を持った素子は専用のマジックアイテムで製造する必要があります。こういう場合に同じ素子を量産することで単価を下げることができるのが規格化のメリットですね」

「素子もたくさん種類があるってことっスよね」

「それこそ星の数ほどあります。ですが、細かい数値のバリエーションが豊富なだけでカテゴリとしては十分に把握していける量ですね。それに何よりまずは楽しむことです。これでしばらく一緒に遊んでみましょう」

「なるほど」

 確かに遊び道具と思えばこれだけでずっと遊んでいられそうだった。その上隣には心強い師匠がいてくれる。兵器と思って持ち帰ったときは少し不安もあったが、今は好奇心が上回っていた。

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