第4話 小規模溶解炉と非周期的温度変化加熱魔法熱処理による特殊ミクロ組織を持つ魔導合金の製造依頼について

 この世の理と魔力、魔術の結びつきを一気に頭に流し込んだフィズは、自分の忘却能力には自信があったので、聴いた話と浮かんだ疑問をできる限り紙に書きまとめて眠りについた。そして翌朝、早速組み立てに取り掛かった。

「基本的には分解の際の記録を辿っていけば元通りに組み立てられると思いますが、一つだけアドバイスしておくとすればボルトは締めすぎない方がいいということですね」

「そうなんスか?」

「緩んでしまうのが怖くて可能な限り締め込もうとしてしまいがちですが、実際は適切な力加減というのがあります。」

「適切な加減…」

 フィズがわかりやすくゴクリと音を立てて息を呑むとキリノミヤは笑ってアドバイスを続けた。

「試しに最初のパーツを留めてみましょう。対角線上を意識して順に仮留めしていき、二回目でしっかり締めていきます」

 キリノミヤが指さした順にボルトを締めて確認にドライバーを手渡すと、彼は軽くボルトを回して笑みをこぼした。

「怖がり過ぎです!」

「えぇ…」

 他のボルトも順に3回目の締め付けでやっとOKが出た。

「いい具合ですね。今の手の感覚を覚えておくといいですよ」

「ふむほむ。ちなみに力入れすぎると何がいけないんスか?」

「力任せに締めすぎてはパーツの破損などに繋がります。何もボルトだけに限った話ではありません。力を入れすぎても破損しますし、気後れしすぎても崩壊を招きます。何事にも適切な加減というのがあり、その見極めが重要なんです」

 フィズは紙に追加でボルトの締め方もまとめ、次のパーツ取り付けに取り掛かった。


 組み立てをしていると分解のときとはまた違った発見もいくつかあった。言われるままにそれもメモに残してゆく。気づけばスケッチの周りはメモ書きだらけになっていた。

「最初に気になっていた突出部の理由はわかりましたか?」

「そっスね。魔力リアクタがリング型で、たぶん取り込んだ風を通す必要があるから向きも変えられえないってことっスよね」

 フィズは風の通り道を指さしながら自分の仮説を説明した。

「そうですね。では何故中央前方に配置していると思いますか?」

「うーん…見た目とかっスかね…」

「それも重要ですね」

「というと他にもあるんスね?なんだろ」

 キリノミヤはしばし考えている様子を見てから追加で問いかけをした。

「では、左側面に配置して起動したらどうなるか想像してみてください」

「んー……あぁ!重さのバランスっスね」

「はい。ホバーボードは人を乗せて進む物ですから、重量バランスが悪ければ事故にも繋がります。設計として浮遊するという、道具としての"機能"を果たしていても、その先にある"利用"に適していなければ、それはいい設計とは呼べないんです。魔導具技師が向かい合うのは基本的にアイテムですが、その先にある利用者のことは意識し続ける必要があるんです」

「使う人っスか…」

 フィズは長年使い倒してきたホバーボードを改めて見つめた。ずっと信頼し、身を委ねてきたが、これを設計した人のことなんて、これまで考えたこともなかった。エクストリームスポーツ界隈は過激さを売りにしている。そのせいで、どこか安全性が置き去りにされているイメージがあった。しかし、このホバーボードの設計者は利用する者のことを十分に考えていたのだ。礼を言われるわけでもなく、使っているところが見れるわけでもなく、利用者に存在すら意識されない。それでも使う者のことを大切にし続ける。フィズにはやっと魔導具技師という職業が少しだけわかった気がした。

 

 組み立て開始から数時間して、ホバーボードは無事元通りになった。フィズの大切な相棒が工房へ来た頃と変わらない姿へ戻った一方で、彼女は多くを学び、そして多くの学ぶきっかけを得た。彼女自身もスケッチとメモが書き起こされた大量の紙からそれを実感していた。次は何を分解しようか。そんな考えを巡らせていた折、キリノミヤは一つ別の依頼を出してきた。

「村へ行って鍛冶屋のオーダさんにこれを届けて欲しいんです」

 そう言いいつつキリノミヤが自転車の荷台にくくりつけたのは重そうに運んできた木箱だった。

「これは?」

「魔術製錬した金属です。これらを更に混合溶解させ魔導合金に加工してもらうんです。全部中の紙に書いてあるので私の名前を出して届けるだけで大丈夫ですよ」

 彼は更に鍛冶屋までの行き方のメモを手渡した。

「わかったっス。とりあえず届ければいいんスね」

「ええ。ついでに今後付き合いのある方ですから、酒場にも挨拶しておくといいでしょう。あとそれから、」

 彼は更に更にチェーンロックをタイヤから外して手渡した。

「目を離すときはこれをつけてください。乗ってる間はかごではなくハンドルにかけておくといいでしょう」

「了解っス。んじゃサクッと行ってくるっスね」

「お気をつけて」

 フィズは早速自転車にまたがりペダルをこぎ出した。

「おもっ!」

「懐けば軽くなります!」

 予想以上に重いペダルを踏ん張りつつ力いっぱい進みだした。高い日差しが向かい風にうねる草原をより一層強い緑に輝かせていた。


「ごめんくださーい」

 無事鍛冶屋に到着したフィズはとっくにヘロヘロになっていた。オーダという人がどんな人柄かはわからないが、どうであれ図々しく上がり込んで休ませてもらうことを彼女は決め込んでいた。

「はいはーい。はいよ」

 重い木の扉を空けて顔を出したのは褐色に焼けた肌と非常にガッシリとした体格の男性だった。耐熱エプロンとバンダナ、そして白髪混じでボリュームのあるあごヒゲが印象的である。絵に描いたようなイメージ通りの鍛冶屋が出てきて一瞬眺めてしまっていると、ぽかんとしたあごヒゲが動いた。

「どちらさんで?」

「あ、すみません。えっと、魔導具技師見習いのフィズっス。師匠からお届け物を任されまして。鍛冶屋のオーダさんっスね?」

「いかにも。俺がオーダだ。すげぇ鍛冶屋っぽいだろ?」

 フィズは一瞬言葉を疑った。鍛冶屋っぽいってなんだ。鍛冶屋っぽいが。

「うっス。ぽいっス。そんで、あの木箱がお届け物っス。中の紙に依頼が書いてあるそうっス。確認してもらっていいっスか?」

「おいおい、この木箱はオメーまさか…」

 彼は手速く自転車から木箱を外すと、作業場へ運んでドスンと置いた。すると今度は釘打ちされていた上の板を叩き割り、手で引き剥がし始めた。普通バールとか使うもんじゃないのかと声に出すのを抑えつつフィズはその様子を眺めていた。

「お嬢ちゃん。おめぇさんの師匠ってのはキリノミヤのことかい?」

「あっすみません。伝えそびれてたっスね。そっス」

「こいつはたまげたぜ。アレが弟子を取るたぁな。んでこっちが依頼書ってわけだな。ありがとよ。確かに預かったぜ」

 フィズは少し、キリノミヤという人物が知りたくなった。

「オーダさんは師匠と付き合いが長いんスか?」

「んーまぁそうさなぁ。でもアレにとっちゃそうでもないだろうな。たまにこうして変なもん押し付けてくるぐらいの仲さ」

「変なもん?」

「アレが押し付けてくんのは大抵聴いたこともねぇようなもんばっかでな。この黒焦げの唐揚げみてぇなのだってそうさ。何をどう製錬したんだかさっぱりだぜ」

オーダは木箱から謎の塊を一つ取った。その声色はどこか嬉しそうで、口元も少し緩んでいた。

「それって工房では作れないんスか?」

「あぁ。合金っつってな。色んな種類の金属を溶かして混ぜ合わせるんだが、そのためにアツアツの溶解炉がいるんだ。アレの工房でも細工品焼くぐらいの装置はあるらしいが、まぁそもそも魔導具技師の管轄じゃないわな。うちは年中火を落とさねぇしな」

 フィズは魔導具技師はどんなものでも造れてしまうような気がしていたが、どうやらそうでもないらしい。

「師匠は魔導合金って言ってましたけど、それって出来上がったものに魔法かけるんスか?」

「そうか、おめぇさんまだ見習いだもんな」

 ちらりと依頼書に視線を移した後語りだした。

「合金ってな二つ重要な要素がある。混ぜるもんと作り方だな。混ぜるもんてなぁまぁ使う原料だな。自然界には90以上の元素があるって話だが、そのうち何種類をどんだけの割合で混ぜるかで、できる合金の特性は全然違うもんになっちまう。」

「そんなに変わっちゃうんスか?」

「そうさな。おめぇさん料理はするか?」

「まぁある程度の心得はあるつもりっスね」

「あれだって似たようなもんだ。砂糖を全体の重量の10%にするか20%にするかで別もんができあがるだろ?その使える調味料やら食材やらが90以上あるわけだ」

「とんでもない組み合わせのパターンになるっスね」

 フィズが目を輝かせるとオーダの声色も徐々に嬉しさを増していく。

「もう一つ重要なのが作り方だ。ただ溶かして混ぜるだけと思われがちだが、そうじゃねぇ。時間かけて冷やすか一気に冷やすかの違いだけでも全然違う合金になっちまう。不思議なもんだろ。配合する成分は同じなのに原子の並びやら分布で特性が変わるんだ」

「面白いっスね!」

「だろ!冷やすスピードだけじゃないぜ。混ぜ方もそうだし、どっかのタイミングで再加熱したり、圧力や振動加えたり。そういう製法に魔術を使って金属の組織を整えてやるのが魔導合金ってわけだ。」

「合金の特性って硬さとかっスか?」

「それだけじゃねぇ。硬度、耐熱性、弾性、耐食性、耐摩耗性、導電性、熱膨張率、磁性、毒性、魔導具技師なら原材料の入手性、加工のしやすさも重要だろうな」

「なるほど。なんか思ってた以上に奥深くて面白い世界っスね」

「今鍛冶屋っぽくねぇとか思ったろ?」

「いやいや!最高に鍛冶屋っぽいっス!かっこいいっス!」

 錬金術師っぽいなとは思ったが無粋なことは言わないでおいた。

「そいつは嬉しいが俺にとっちゃあんたら魔導具技師の方がありがてぇ存在よ。」

「そうなんスか?」

「俺が作ってんのはただの材料だからな。道端の石ころと変わんねぇよ。俺の作った材料の個性をしっかり引き出して、役立つようにしてくれんのがおめぇさんみてぇな魔導具技師ってわけだ。」

「材料の個性を引き出す…」

 フィズは自分の師匠が何故ここへお使いに出したのか、おおよそ理解しだしていた。何かアイテムを作る上で、きっと何をどう使うかがとても大切で、そしてそれはどうやら、誰かの努力を実らせることにも繋がっているらしい。

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